第3話 王子との密約
事の成り行きを聞いたアレスは、頭が痛くてたまらなかった。
「それで、君の妹はどうしたんだい?」
頭を抱えたまま、カレンに化けたゼリアを見る。すると、ゼリアは思いっきり顔を背けてため息をつきながらこう言った。
「妹のグミは、カレン様に同行していまして、カレン様の髪の毛などの変装道具に化けています。私たちアサシンスライムは分体を作れますし、足音をかき消す事もできますから、こっそりと移動するにはもってこいなんですよ」
ゼリアの顔がどんどんやさぐれていく。その様子を見て、アレスも事情を察したようだった。
「そうか、それで誰もカレンに気付かなかったのか。すまないな、お転婆が過ぎる妹のせいで……」
最初はカレンに化けていた事に怒っていたアレスだったが、事情を聴くにつれて同情を向けるようになっていった。それくらいにカレンには手を焼いていたのだ。
「お転婆が過ぎるってレベルじゃないですよ。私たちスライムを素手で圧倒するんですよ? 物理攻撃をほぼ無効化する私たちを、素手で気絶寸前まで持っていけるって本当に人間なんですか、あの姫様は!」
両手を震わせながら、ゼリアは恐怖に震えている。さすがにアレスも、これには言葉を失った。
しばらく硬直していたアレスが、ゼリアの頭に手を置く。すると、ゼリアの体がびくりとする。
「君の態度を見ていると嘘を言ってるようには思えないし、カレンによっぽど酷い目に遭わされた事はよく分かる。なら、その兄である私にも震えて当然か」
突然の優しい声に、ゼリアはアレスの顔をゆっくりと見上げる。そこには、優しく微笑むアレスの顔があった。
「ところで、当のカレンがどこに居るか分かるかい?」
目が合ったところで、アレスから質問をぶつけられたゼリア。一瞬戸惑ったが、
「妹のグミとは特殊なパスでつながってますので、おおよその位置は把握できます。私たち魔物だけの特殊な能力ですので、カレン様には気付かれていないとは思いますが……」
わずかに震えながらゼリアは質問に答えた。あの規格外の王女カレンの事なのだ。絶対にないとは言い切れないのである。それが、ゼリアが身を震わせた理由なのである。
「そうか。なら無理はさせない方がいいな」
アレスは額に手を当てて、盛大にため息を吐いた。
「それにしても、見た目だけなら本当にカレンそのものだな」
アレスはその姿勢のまま、視線だけをゼリアに向けながら話す。
「はい。カレン様から髪の毛一本だけ頂きまして、それを元に再現してみました。スライムの中でもミミックスライムとアサシンスライムだけが行える、解析再現というスキルです。性格などは、ご本人からなるべくお淑やかにしてくれと言われましたので、私どもの持つ一般的な王女のイメージに基づいて行動させて頂いてます」
ばれてしまったという事もあって、ゼリアは隠す事なくアレスに全部を話している。
それにしても不思議なものである。妹の命を狙った魔物だというのに、フルボッコで返り討ちにされた上に妹を人質に身代わりまで要求されているゼリアに、どういうわけかアレスは同情してしまっていた。それくらいにカレンは規格外のお転婆姫なのである。気が付けば、アレスはゼリアの頭に手を乗せていた。
「分かった。こうなれば妹を連れ戻すのは困難だろう。周りには適当な理由を付けてごまかしておこう」
「私は……、ここに居ていいのですね」
ゼリアは顔の前に両手を上げて、震えながら言う。
「ああ。カレンはすぐに戻るような奴じゃないからな。きっとずっと城を出たくて仕方なかったはずだ。なら、しばらく放っておいて飽きて戻って来るのを待った方がいい」
アレスはゼリアの頭に手を置いたまま、顔をゼリアの前に持ってくる。
「お前の強さも相当なものなのだろう? そうだったら、かえって都合がいい。ただ、父上や母上など、一部の人間には伝えておかねばならんがな」
そう話しているアレスに見つめられたゼリアは、どういうわけかドキッとした気がした。
「そういうわけだ。ゼリア、私からもお前に命じる。カレンの身代わりを見事務めてみせろ。そうすれば、お前の身の安全は私たちが保証する」
アレスにこう告げられて、きゅっとゼリアは顔を引き締めた。
「畏まりました、アレス様。こうなったのも何かの縁。見事カレン様の身代わりを務めあげてみせましょう」
こうして、ゼリアのビボーナ王女としての生活が始まったのだった。
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