第2話 悪魔のような王女
「ビボーナ王国の王女カレンを抹殺しろ」
ゼリアが魔王にそう告げられたのは、つい10日前の事だった。この時、ゼリアは理由を尋ねたが、魔族にとって脅威となるからだと教えられた。魔王は別に人間と争うつもりはないと言っていたのに、その魔王が恐れるとは一体どんな人間なのかと思った。
こうしてゼリアは、妹分のアサシンスライムであるグミを伴ってビボーナ王国を目指したのだ。
ゼリアとグミの種族であるアサシンスライムは、名の通り人知れず近付いて対象を丸呑みにして葬り去る事に特化したスライムだ。スライムなので足音はない上に、魔力や気配も消して対象に近付くので、よっぽどでない限り対処が不可能な厄介な相手である。しかもスライムなので物理攻撃が効きにくい。魔族の間でも常に嫌われ者ランキング上位に居座る魔物である。
そして、ゼリアとグミはビボーナ王城に到着して、すぐさま能力を活かして王女の暗殺を実行するために王城へ潜り込んだ。
極力音を出さないために飛び跳ねるような事はせず、兵士に化けたり装備品などに化けたりして事前に調べた王女のへと一直線に向かう。
時間は真夜中。夜警を行う兵士以外はぐっすり眠っている時間だ。だが、ゼリアもグミも決して油断はせず、音も気配も魔力も消して王女の部屋へと忍び込んだ。スライムなので、わずかな隙間でもあればそこから侵入できるのだ。
すやすやと眠る王女に近付き、いざ丸呑みにしようとしたその刹那。
「!?」
べちゃっという音を立てて、ゼリアは壁に叩きつけられていた。
「乙女の寝室に侵入とは、相当な命知らずね」
王女カレンがベッドの上で立ち上がっていた。よく見れば右のこぶしを血管が見えるくらいに力一杯握りしめていた。
その立ち上がったカレンに、今度はグミが襲い掛かるが、
「!!」
今度は裏拳で吹き飛ばされていた。
「スライムごときが、このカレン様の命を狙うとは、大した度胸ね」
真っ暗の部屋の中、すべての感覚を断ち切って近付いたにもかかわらず、ゼリアとグミはカレンの一撃で吹き飛ばされた。ゼリアたちはまったく状況が飲み込めなかった。
しかし、目の前には悪魔のような形相をしたカレンが、両手のこぶしをボキボキと言わせながらゼリアに近付いてくる。この王女を殺せば任務達成なのだが、ゼリアは言い知れぬ恐怖に体が動かなかった。
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。い、命だけはお助けを」
気が付けば全力で謝っていた。
「なんだ、スライムなのに喋れるのね」
ひれ伏すような言葉を話すゼリアに、カレンは驚いていた。
「お姉ちゃんに手を出さないで!」
裏拳で吹き飛ばされてたグミが、再びカレンに襲い掛かる。
「うるさい」
「うぎゃっ!」
グミの攻撃を躱し、肘鉄で床に叩き落とすカレン。物理攻撃の効かないスライムが悲鳴を上げるくらい強烈な一撃だったようだ。
「さて、何の用で私を襲ったのかしら。説明次第じゃ殺すわよ」
鋭い視線が、ゼリアに向けられる。一国の姫とは思えない表情とセリフである。
「ひぃぃ、魔王様が恐れるのも納得がいくわ……」
「ん? 魔王?」
魔王という言葉に反応するカレン。その視線にゼリアは体が縮こまった。
「魔王がどうしたっていうの?」
カレンが凄んで、エリアは更に震え上がる。
「せ、説明しますから、殺さないで!」
ゼリアは叫んで、カレンに襲った理由を説明した。すると、カレンは激しくブチ切れた様子だった。
「へぇ、魔王は穏健派ってわけか。でも、魔族が人間を襲ってるのは事実よ。その延長線上で自分の命が危ないから、あんたたちに暗殺を依頼したってわけね」
睨みつけるカレン。ゼリアは体を縦に震わせて肯定する。すると、カレンは警戒態勢を解いた。
「分かったわ。魔王はスルーして、人間を襲う魔族だけぶっ倒せばいいわけね」
ゼリアは再び体を縦に震わせる。その様子を見たカレンは、うなじ辺りの髪をかき上げて首筋を掻く。そして、足元でうずくまっているグミを拾い上げる。
「じゃあ、その面倒な魔族をぶっ倒しに行くから、あんたが私の身代わりになってちょうだい」
「はあ?!」
突拍子もないカレンの申し出に、ゼリアは驚いて大声を上げた。
「逆らうって言うなら、あんたの可愛い妹を再生できないくらいに粉々にするわよ?」
「ちょっ! あなたそれでも人間?!」
まさかのカレンの脅しに、ゼリアは驚愕した。
「人の寝込みを襲って殺そうとしておいて、その態度はどうなのかしらね」
暗闇で見づらいとはいえ、間違いなくカレンはすごく睨みつけている。ゼリアはそれが感じ取れるので、とても震えていた。
「とりあえず、あなたには拒否権はないわ。四の五の言わず、私の影武者になりなさい」
あまりにも強く言われてしまっては、ゼリアに抵抗する気持ちはすでに残っていなかった。
「……分かったわ。アサシンスライムのゼリア、カレン王女の影武者になりましょう」
「ふぅん、ゼリアっていうのね。ただのスライムだと思ってたけど、名持ちだったんだ」
「ええ、そっちは妹分のグミよ。とりあえず放してちょうだい」
カレンはゼリアとグミを数回見て、
「魔物にもそういう感情あるのね。魔王が穏健派っていう事にも信ぴょう性が出るわね。……はい、解放したわよ」
何か納得したような表情をして、グミを床に置いて解放した。
「さーて、今は夜中。ちょうどいいわ、さっさと準備しちゃいましょう」
にやりと笑うカレンの姿に、ゼリアは忘れられない恐怖を覚えたのだった。
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