ペスカトーレ⑥

 シンとブリュンヒルデの頂上決戦は開始直後、いきなり動きがあった。


 先に動いたのは大方の予想に反して、シンである。


 自軍の左翼をいきなり前進させたと思ったら、九十度回頭させた。

 そして、シンの左翼艦隊は睨み合う両軍のど真ん中を横断し始める。


「えっ、なにこれ?」


 理華はこんな戦術を知らない。


「シンが用意していたとっておきの戦術なの? でも、横断中は敵に対して、艦隊の無防備な側面を晒すわ。けど、これは露骨な罠、乗っちゃ駄目?」


 理華は考えを巡らす。


 しかし、シンの意図が分からなかった。


 左翼艦隊は両軍の間を悠然と進み続ける。


「…………! まさか…………!?」


 この大舞台でそんなことを出来るなんて、と理華は思った。


 ブリュンヒルデが罠だと疑って動かない。

 シンはそれを確信して、艦隊を横断させたのである。


 もし、ブリュンヒルデが攻撃を行っていれば、横断していた艦隊は壊滅的な被害を受けて、この戦いは決していたに違いない。


「でも、分かっていても動けないわ。そんな大博打をしてくるなんて思わないもの。これは心理学の範疇よね」


 シンは大規模な戦力の再配置は成功した。


 機先を制し、自軍の右翼へ戦力を集中させる。


 そして、シンは斜線陣のような形でブリュンヒルデの左翼艦隊を強襲する。


「私なら自軍の左翼は防御に回すわね。そして、その間に中央から戦力を送って、戦線を立て直す。でも、そんなことをしている間にシンは絶対に次の手を打ってくるわね。私じゃ、この状態から挽回する手立てが無い」


 ほとんどのプレイヤーならこの奇策が決まられた時点で負けていた。


 しかし、ブリュンヒルデは違う。


 ブリュンヒルデは左翼に対して援軍を送ろうとしなかった。

 左翼艦隊を切り捨てる選択をする。


 逆に自軍の右翼へ中央の戦力を集め始めた。


「えっ? あっ! そうか!」


 それは超攻撃型のブリュンヒルデらしい選択肢だった。


 守るのではなく、シンの手薄になっている左翼を攻めることを選択する。


 お互いに両翼を攻めた結果、陣形は楕円形へとなっていった。


「お互いの頭が相手の尻尾に喰らい付いているみたい。まるでウロボロスね。でも、このままだと……」


 先手を取った分、シンの方が消耗率を抑えている。


 このまま戦いが終われば、シンの勝ちだ。


「でも、ブリュンヒルデがこのまま終わるなんて思えないわ」


 理華の予想は当たっていた。


 ブリュンヒルデは戦いの中で、ミサイル艦部隊を再編する。


 逆転を狙って、楕円形になっていた陣形から二千隻ほどが飛び出して、最後の攻勢に出た。


 これが決まっていれば、ブリュンヒルデらしい劇的な勝利になっていただろう。


 しかし、そうはならなかった。


「さすが、シン……」


 シンはブリュンヒルデの最後の攻勢を読んでいた。

 

 空母艦隊の『小型近接戦闘機』による迎撃を行う。

『強襲近接戦闘機』とは、戦闘継続時間が短い代わりに火力と速度を備えている。


 ミサイル艦は攻撃力が高いが、防御力が低い。 


 空母艦隊はミサイル艦部隊の天敵である。


 この最後の攻勢が失敗し、ブリュンヒルデは攻め手を失った。


 そのまま、時間切れとなって、戦いは決する。


 優勝したのはシンだった。


「見たことのない戦いだった。私には出来ない戦いだった。一年前、村井一佐が一般人も銀河連邦と戦う候補に入れる、と言われた時は驚いたけれど、これを見たら、軍人よりも優れた戦術眼を持つ人はいるのだと思い知らされたわ」


 全ての軍人は敗退し、頂上決戦を演じたのは一般人だった。


「選考には落ちたけど、これからも何かしらの形で地球防衛軍に関われるのかしら? もう用済みってことで記憶を消されたりしないわよね?」


 理華はそんなことを思いながら、ベッドで横になる。

 興奮して寝れないと思ったが、疲れ果てていた理華はすぐに眠ってしまった。



「んっ?」


 次の日、理香はスマホの着信音で目を覚ました。


「えっ!?」


 相手は村井一佐だ。


 理華は一瞬で覚醒し、電話に出る。


「はい」


「一年間、ご苦労様だった。これにて、全ての日程が終了だ。まずはそうだな。おめでとう」


「えっ?」


 村井一佐の言葉の意味が分からなかった。


 皮肉や冗談を言うような人じゃない。


 だとしたら、「おめでとう」とは一体どういうことだろうか?


「君の戦い方、そして、優勝したシンに善戦したことが評価され、銀河連邦と戦う艦隊の一個分艦隊を指揮してもらうことになった」


「分艦隊、ですか? そんな話、聞いていませんよね?」


 理華はこのイベントで一位なら、宇宙艦隊の司令長官、としか聞いていなかった。


「言っていない。初めから一位以外を目指すようなことになったら、困るからだ。君とそれから二位のブリュンヒルデには分艦隊を率いてもらう。ブリュンヒルデが我々のオファーを受けるかまだ分からないがな。それに関してはシンも一緒か」


 村井一佐は心配そうに言う。


(あの二人と一緒に戦える?)


 それを聞いたら、理華は人類の存亡がかかっているはずなのに楽しみに思えてしまった。


 それと同時にある可能性に気付く。


「もしも二人が断ったら、どうなるんですか?」


「その場合は君が繰り上がりだ」


(私が宇宙艦隊の司令長官?)


 理華は一年前なら喜んでいたかもしれない。


 しかし、二人に凄い戦いを見せられ、自分が司令長官では駄目だと思った。


「私じゃ、あの二人に及ばない……」


「何か言ったか?」


「い、いえ、何でもありません」


「そうか。まぁ、別にいい。今、シンとブリュンヒルデのプロフィールを送ったから、確認してくれ」


 村井一佐が言うと同時に理華の元へメッセージが届く。


(これって個人情報ですよね? など指摘するべきじゃないでしょうね。私の生活だって、筒抜けかもしれないし…………)


 理華は村井一佐との電話が終わった後、送られて来た二人のプロフィールを開いた。

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