ペスカトーレ⑤

 さらに三カ月が経過した。

 

『銀河大戦』がリリースされて九ヶ月。

 このタイミングで公式から一周年を記念した大規模なイベントが告知される。


 参加資格者は階級が元帥のプレイヤー。

 優勝者には賞金一億円、大々的に告知されたので世間では話題になった。


「一般人には一億円の賞金でやる気を出させるってわけね」


 理華は呟く。

 イベントが告知される前日、村井一佐から通達があった。


 この大規模なイベントの正体は銀河連邦と戦う者の最終選考である。


 理華は来たる決戦に向け、全ての戦術、艦隊運用を研磨する日々を送った。



 三カ月があっという間に過ぎて、イベントが始まる。


 今回のイベントは三日間の予選と一日の本戦で構成されていた。


 予選は勝敗によってポイントが上下し、本戦はトーナメント戦。


 予選のスコア上位64名で本戦を行う。


 本戦はスコアに応じてシードが存在するが、予選の成績はリセットされる。


 そして、戦いが行われるのは『ラグナロック星域』というイベント専用の星域に固定されている。


 この『ラグナロック星域』は現実世界で銀河連邦と戦うことになる星域を忠実に再現していた。


 理華は順調に勝ちを重ねていき、三日目の途中まで無敗だった。


 しかし、三日目に負けてしまう。


 相手は『ブリュンヒルデ』だ。


 今までの対戦成績は理華の方に分があった。


 しかし、今回は完全に意表を突かれてしまう。


 ブリュンヒルデは見たことも無い柔軟で攻撃に特化した艦隊運用を行った。


 ブリュンヒルデは『銀河大戦』で有名なプレイヤーになっており、超攻撃型の戦術、艦隊運用を多用し、ネットでの人気も高い。


 ブリュンヒルデに辛勝は無く、大勝。惜敗は無く、大敗。


 そんな風に言われるほどダイナミックな戦い方をする。

 

 理華も警戒はしていたし、ブリュンヒルデが使用してくる戦術は頭に入れていた。

 しかし、その上を行かれてしまった。


「悔しがっても仕方ないわ。気を取り直しましょう」


 理華はそれからも戦い続ける。


 しかし、それでもブリュンヒルデから受けた一敗が響き、最終的なスコアは三位だった。


 トーナメント表を確認すると準決勝はスコア一位で予選を通過した『シン』と戦うことになってしまった。


「さすがね、シン……」


 シンがトップなのは今回のイベントだけではない。


 普段のランクマッチでも全世界のプレイヤー頂点に立っていた。

 名実ともに最強のプレイヤーである。


「シンの戦い方って未だに掴めないのよね……」


 ブリュンヒルデのように攻撃タイプというわけじゃない。

 かといって、防御が得意というわけでもない。


 データを見ても本当に平均的で強みが不明である。


 それなのに『シン』というプレイヤーはいつの間にか勝ってしまう。


 相手を圧倒するようなことはしない。


 理華は常に一歩だけ前に行かれるようなイメージを持っていた。


「だとしても、勝つしかないわ。それにシンを意識し過ぎて、その前で負けるわけにいかない」


 

 次の日、理華はトーナメントを勝ち進んでいく。


 簡単に勝てる相手は一人もいなかった。


 紙一重で勝ち、いよいよ準決勝までやって来た。


 対戦相手は予想通り、シンだ。


「勝つしかないわよ」


 理華は自分に言い聞かせる。




 戦いが始まった。


 序盤から中盤にかけてはほぼ互角。


 お互いに相手の思惑を理解し、対応する。


 千日手の様相を見せたが、戦いには制限時間がある。


「いつ仕掛けてくるのかしら?」


 理華は色々なことを考えながら、シンの動きを凝視する。


 しかし、シンは動かない。


「もしかして、私の方が消耗率で負けているのかしら…………」


 もしも制限時間内に勝負が決しなければ、消耗率の少ないプレイヤーの勝ちになる。


 戦いの最中は相手の消耗率を確認できない。


 しかし、何か理由があって自軍の消耗率が少ないと確信できるなら、時間稼ぎをするのはセオリーだ。


「そう考えるとシンの動きは時間を稼いでいるように見えて来たわ……」


 理華は攻勢に転ずる決断をする。


「えっ?」


 理華が僅かに艦隊を動かした隙をシンは見逃さなかった。


 間隙に対して、集中砲火を浴びせられてしまう。


「もしかして初めからこの展開を狙って…………!?」


 理華は自分が罠に嵌められたことに気付く。


 でも、すぐに深呼吸をして、心を落ち着かせた。


「…………止まっている時間はないわ」


 理華は即座に艦隊を立て直し、攻勢を開始する。


 しかし、手遅れだった。


 時間切れとなって、消耗率で負けが確定する。


「根拠があって、動かなったんじゃなかったってことね。あれは焦った私が先に動くのを待っていたんだわ」


 理華は正直、悔しかった。


 でも、シンというプレイヤーに対して、卑怯だとかという感情は無い。


「シンに初めから気圧されていたわ。そして、私は見事に嵌められた」


 私は勝利を祝うチャットをシンへ送る。


 返信など期待していなかったが、すぐに返事が来た。


「ギリギリの賭けでした。普段のランク戦のあなたの戦い方を見て、勝つにはこれくらいしか思いつきませんでした。ペスカトーレさんは本当に強かったです」


 その返信を見て、私は笑っていた。


 この人に認識されていたんだ。


 それにここまでしないと勝てない相手と思われていたなんて……


「って、何を喜んでいるのかしら。相手は年齢も性別も分からないのに…………」


 理華の戦いは終わった。

 優勝は出来なかった。


 しかし、全てを出し切ったのだから、悔いはない。


 逆ブロックの勝ち上がりを確認する。


「やっぱりブリュンヒルデね。さてと、頂上決戦を見学でもしようかしら」


 理華は一度、席を立ってシャワーを浴びる。


 コーヒーを入れ直して、戻ってくると頂上決戦が始まる十五分前だった。


 ネットで調べたら、観客たちもかなり白熱していた。


 戦いが始まる前から色々と論議がされている。


 その内、多数派は「先手を取るのはブリュンヒルデ」というものだった。


 それには私も同感だ。


 ブリュンヒルデは超攻撃型の戦い方で、華があり、人気も高い。


 対して、シンの評価は地味である。


〝どうして、あいつがランキング一位なのか、分からない〟


 そんな評価をする人もいる。


「そんなことを思う人はシンの凄さを分かっていないわ」


 理華は何となくだが、この頂上決戦に勝つのはシンだと思っていた。


 そして、ついに頂上決戦が始まる。


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