第34話 大いなる才を担う者

「なっ!?」

「サキっ!!」


 ラトゥに戦う才能は無い。その認識を共有した私とサキが違う意見になる筈がないと思っていた。

 しかしサキの意見は違った。私と同じくラトゥに戦士の才が無いと見抜いていたはずのサキがだ。

 批判的な視線を送る私達夫婦を意にも介さず、ひたすらに資料をめくって目を通していく。その瞳にはかつて子供時代に宿っていた怪しい輝きが戻ってきていた。


「なるほど、ここまで考えているのならあの動きができることも納得できる。それにこの考察を調べるためには次男本人が戦える方が都合がいい。この分析の通りに動ける戦士を最前線から離れさせるわけにもいかないし、これから育てる世代には次男程正確にこの動きはできないだろう。この資料が形になればどれだけ戦いが楽になるか」

「ふざけないで、検証の為に上位貴族の子ラトゥを戦わせろと?そんなこと絶対にさせないわ」


 ついに対話をする気が無いのか独り言を続けるサキ、それに我慢ならなかったのかラメトが席を立って静かに話しかけながら距離を詰める。


「じゃあ、姉さんは見切れるの?」


 資料から全く目線を外さずにそう告げるサキ。

 あと半歩ほど、ラメトの手がサキの肩を掴む寸前でその動きが止まる。

 いつの間に抜身の短刀を手にしていたのか、それをラメトの頬にうっすらと触れている。たったそれだけで赤い線が浮かび上がり、その切れ味の良さを伺わせる。

 その血の雫が床に落ちるまで、一体何が起こったのか私達には分からなかった。


「あの水鯨族すいげいぞくの少女の突きはこれよりも速かった」


 まさか刃を向けられるとは、まさか血を流させるとは。そんな思いがあったのは間違いない。それでも一番の驚きは、手を抜いたであろうサキの攻撃に全く気が付けなかったという事だった。

 かつて戦士として魔物相手に磨いた力量は家を継ぐ時に戦場に置いてきたのだと理解し、いまだに戦士として最前線を見据えて研鑽を続けるサキとは戦いに関する視点が違うのだと思い知らされた。


「そしてこの資料ではその突きを完全に避けたとき、掠った時、食らった時と大きく分類し、しかも掠り方まで細かく試すべきと書いてある。こういった情報を全戦士、全魔物を相手にして行うとも、しかも後半に書いてあるのは魔族ね」


 一気に会話の流れを握ったサキは短刀をしまい資料について解説する。

 資料を一気に最後までめくれば、見たことのない二足歩行の生き物が描かれていた。その生物の特徴には『複数の属性を使う』や『魔物との連携の可能性』、『種族としての共通点が不明』と書かれていた。


「集めた情報を数値化するのは血統技能の“生体内図解せいたいないずかい”、又はそれを元に改良を試している新技能のはずね。この書き方からするに、あえて攻撃を食らいながら何回食らうと死にそうかを確かめて、技の威力などの詳しい数値も割り出すつもりね」


 愕然とする私とラメト。

 サキの解説を受けて改めて資料に目を通すと、さっきまでとはまるで違う見え方がした。

 口をはさむ隙のない私たちに構うことないサキはエバンスに向けて手を突き出した。


「出しなさい執事長。今日の手合わせの分析資料、あるんでしょ?」

「こちらでございます」


 淀みなく返答し、懐から数枚の紙を取り出したエバンスの行動にもう何も言えなくなった。

 立っていることも出来なくなったのかソファに倒れこもうとするラメトを慌てて支え、ゆっくりと座らせてサキとエバンスを見る。


「……凄いわね。確認するけど、ラトゥの直筆?」


 手渡された紙にさらりと目を通して満足げに頷く。

 次男、ではなくラトゥと呼んだ。完全にラトゥを一人の人間として、人類六種族の役に立つ人物だと判断したのだろう。


「いいえ。そちらの資料を含めて皆様にお渡ししていますのは、私が坊ちゃまの許可をいただいて書き写したものになります。ですが、絵図の位置や文言、端に書かれたメモ書きなども含めて、一つの差異なく記したものでございます」

「そう、ならいいわ。機会を作って直接見せてもらうわね。それで兄さんと姉さんはどうするの?」


 見たいもの、知りたいことをあらかた確認したのか普段の様子に戻ったサキがそう問いかける。


「今までのはあくまで私の意見。親である二人が反対するならこれ以上食い下がるつもりはないけれど」

「……やっぱり私はラトゥが危ない目に合うのは嫌よ。当主は無理だけれど、“癒”のカルヘルバック家として技を磨いてくれる方が安心だわ」


 ラメトも衝撃から立ち直ったのか自身の心情を吐露する。

 私は……決めきれずにいた。


「さすがに次男に魔物の攻撃を食らえとは言わないわ、それは犯罪奴隷にでもやらせればいい。でもラトゥはこの資料の項目を必ず実行すると思うわ、その時の為に徹底的に鍛えないとむしろ危ないと私は思うの」


 そうだ、ラトゥは必ずやり遂げるだろう。その実行力が息子にはある。

 だからこそそれを完遂できる力を身に着けさせるのが本人の為だとは理解している、理解しているんだ。


「ラトゥの身体はボロボロなんだ、治る見込みもない。そんな状態で今日の様に激しい訓練をすれば、長生きできないかもしれないだろ」


 ラトゥの患う若壊病じゃくかいびょうの患者の平均寿命は二十五歳。

 それが早まる原因も永らえる原因もわかっておらず、日々神に祈りながらあらゆる文献をあさることしかできない。そんな状態で体に負荷を与えるなど、癒し手として認められない。


「坊ちゃまは、癒し手としてこの世界を救う手を考えているのではないでしょうか」

「ラトゥが?」

「はい。かつて坊ちゃまは仰りました、誰にも死んでほしくないと」

「っ!そんなっ!」


 果たしてその誰にもに、ラトゥ自身を数えているのか。

 ああ、健気で可哀そうなラトゥ。生まれながらこんなにも苦しみを背負っているというのに、他人をここまで思いやるのか。

 自分の苦しみに向き合いつつ、周囲を助けようとする気概まで持ち行動する。それを実現できる力があることが誇らしくもあり、悲しくもある。

 程々の才であれば、自分の事だけを考えられただろうに。


「……それを実現する才能と気持ちが、本当にラトゥにあるならば」


 認め、それを手助けするべきなのかもしれない。


「ラメト、いいか?」

「……ラトゥにも話は聞きますからね」


 涙をこらえているのか、目をつぶったまま力強く頷く。

 今夜、はきっと疲れているだろうから明日以降だな。私達も一度時間を空けて聞き方を考えたほうがいいな、些か感情的になりすぎた。


「ああ、私も聞きたいからな。エバンス、何があっても目を離すなよ」

「命に代えましても」

「それと、サキが言っていたようにいずれ犯罪奴隷が要る。今のうちから数名確保に動け」

「その件ですが、事前に具申した者がおります。私も確認いたしましたが、一考の余地はあるかと」

「ほう、誰からだ?」

「坊ちゃまの専属メイドでございます」


 ラトゥの、確かシェリカとか言ったか。ふむ。


「ラトゥからの要望をその者が代弁した可能性は?」

「ございません。この者が自分で坊ちゃまの為に必要になると判断したようです」

「そうか」


 まさか、こうなることを予想していた?

 いや、そんな高度な読みを発揮する使用人など我が家にはエバンスしかいない。となるとたまたまかみ合ったという事か?


「その意見、聞かせろ」


 少なくとも私達夫婦より先に、その望みを叶える為になることを考えたメイドだ。

 普段から近い位置にいるものの意見を聞くことで見えてくることもあるだろう。

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