第33話 大人会議

「その話は後だ。まずは確認させろ、子供たちは?」

「は。大変仲睦まじく、食事も会話も堪能しておりました」


 提出された資料に途中まで目を通しながら、食堂の様子を確認したエバンスのその報告に胸をなでおろす。

 これで今夜の話し合いに集中できるようになる、一度資料を机に置き、気を取り直してエバンスにお茶の用意を頼んだ。


「打ち解けるのが早いな」


 ほとんど初対面の子供達だけで食事などどうなることかと心配していたが杞憂だったようだ。

 ラトゥは辛さや苦しさを人一倍味わってきた分他人を傷つけるような子ではないし、今日私と手合わせしたキゼルも軽い態度をとることがあるもののしっかりと物事を考える思慮深さがあるとわかった。

 サキの娘であるリテにも初めて会ったが大人しい印象を抱いたわりに物怖じせずに行動するタイプらしいし、ソファトという平民の少女もその年と身分でありながら貴族に対する礼儀や訓練に対するストイックさも垣間見え好感が持てる。

 四人とも性格は違うが、互いにいい影響を与え合えると確信できた。


「ラキールの時は最初から相手を意識しすぎていましたけど、ラトゥ達は最初から仲良くできてよかったわ」

「長男達は殺伐としていたものね。強いライバル意識で互いを高め合い、負かし負かされる中で敬意を持つようになって絆を深めていたけれど」


 ラメトはとても嬉しそうに話すが、サキは冷静に前回との違いを分析している。


「今回は最初の障害が少ない分、仲が良くなりすぎてぬるい修練になってしまわなければいいわね」

「サキ貴女、自分の娘も居るのだからもっと信頼してあげたら?」

「ある意味では信頼しているからこその言葉よ」


 すました顔でそう言い放ったサキはエバンスが淹れたお茶に口をつけて唇を濡らした。

 そのままソーサーごとカップを持って深く座り直し、今度は面倒くさそうな顔をしながら口を開いた。


「娘は次男に興味津々のようだわ」


 興味がある。その言葉だけ聞けば自慢の息子に良き出会いがあったと喜べる、何の問題もないだろう。

 しかし我々はサキの表情を見たときから嫌な予感がしており、その言葉以上の意味が含まれていることを容易に想像できた。


「リテは十歳だったか?」

「ええ。人間的な興味を恋愛とはき違えても仕方ないわ」

「でも二人は夕食まで関わっていないでしょう?一体何に興味を持ったというの?」

「初見で槍術を捌ききったあの手合わせよ。だから聞かせて欲しいの、あの力の正体を。次男のあの立ち回りはハッキリ言って異常よ」

「異常って……」


 我が子が異常と言われた妻は戸惑う。そんな妻の不安を拭うより、あんまりな言い草に怒りを覚えるより前に、どこか納得してしまった私は父親失格だろうか。

 今日の手合わせの話を聞き、ラトゥの異様さには気が付いていた。

 生まれつきのハンデに向き合い始めたばかりで、たかだか一年ほどしか鍛錬しておらず激しい手合わせも経験したことがない。そんな子供が初見の相手に大した痛手も受けずに勝利したのだ。

 それをやり遂げられた秘訣は病床で蓄えた知識だというのも信じられない、まだ天賦の才が開花したと言われた方が理解できる。

 だがラトゥには戦いの才能が無いのだ。少なくとも私が戦場で共に戦った戦士に感じたような才能は。


「言っておくけれど、戦闘の才能は皆無だと思うわ」

「だろうな、それは同意見だ。だからこそ私は、ラトゥが我々には計り知れないような才に目覚めたのだと思っている」


 確かに戦いの、戦士の才能はラトゥには無いかもしれない。

 それでも、この世界の命が無残に散らされないように、魔物や戦士の強さを明確化させる手段を思案していたのを知っている。

 今まで誰も歯が立たなかった若壊病じゃくかいびょうに抗う手段を思いつき、それが形になりかけているのを知っている。


「ラトゥは、俺達の子は決して異常なんかじゃないさ。少なくとも親である俺が、ちゃんと理解しないうちに決めつけたくは無い」

「トエル……」

「だからサキもそんなに急がずに、じっくり見極めてくれないか?」


 きっとサキも娘のリテの将来のことを思って確認したがったのだろうし、親としては子供が他種族に想いを寄せることを不憫に思ってしまうのもわかる。

 特に上位貴族である限り、その想いがちゃんとした形で叶うことは絶対にないのだ。これまでも、そしてこれからも。

 それが叡智の輪創設時に決められたことなのだから。


「はぁ……確かにすぐどうこうなるわけじゃないわね」


 ラトゥの力の秘密を探るにも、リテの興味を他に逸らさせるにも時期尚早だ。

 子供は私たちが思っているより自立しているのだから、本人の意思に反して行動や思考を誘導するのは悪手だろう。

 サキもそれはわかっているのか、ため息とともに身体の力を抜き少し困ったような笑みを浮かべた。子供時代から変わらないそんな笑顔に、私も当時を思い出してつい気の抜けた笑顔が浮かんだ。


「ラトゥ本人にもわからないことがある、気長に頼むよ」

「それならサキもしばらく泊まる?」

「そうね、考えておくわ」

「それは大歓迎だ、久々に親交を深めるのも悪くない。修練当時と変わっていないところもある、あの時と同じように第二の我が家と思ってゆっくりしてくれ」


 そう告げればラメトとサキの二人は一度顔を見合わせ、にんまりと笑うと口を開いた。


「一番変わったのは兄さんだと思うけど?ねぇ姉さん」

「そうかしら?昔から女心はわからないし鈍感だしバカ真面目だし、そんなに変わってないわよ」

「……聞かなかったことにする」


 クスクスと楽しそうに笑う女子二名からわずかでも距離を取るように背もたれへと身体を預け天井を仰ぐ。思い返せば、子供時代ではこの二人に散々いいように言われ続けていたと今更になって思い出した。

 サキの滞在許可を出したのは早計だったか?ここぞとばかりに結託し始めたぞ。


「旦那様、お茶のお代わりをお持ちいたしました」


 丁度気持ちを切り替えようとカップに向かって手を伸ばそうとしたタイミングで、エバンスから淹れたてのお茶を差し出される。


「はぁ、貰おう」


 お茶を渡し無言で頭を下げた後もエバンスはしばらく視界に入るような位置に立ち、私の口から彼の望む言葉が出てくるのを待つ。

 まぁ確かに私達も会話に花を咲かせすぎたかと思いつつ、執事長とはいえ使用人ごときに思考を乱された事実に内心苛立ちを覚える。


「それで執事長、何をそんなに焦る?」


 言葉に棘があることは認めよう、必要以上に不遜な態度であることも。

 だがそれも無理はないとわかって欲しい。何故ならエバンス《コイツ》はラトゥを厳しく鍛えようと提案してきたのだから。

 ラトゥに戦士の才能は無いと言っても引かなかったのだ、今もその許可が出るのをじっと待っている。


「ラトゥ様は戦場を望まれております、それもおそらく魔族との闘いの最前線を」


 魔族。叡智の輪が生み出されるきっかけとなった強大な種族。

 複数の属性を操ることができその脅威的な個の力で六種族を排斥しようと企んだ過去を持つ。その力に対抗するために叡智の輪を創設し、六種族で力を合わせてこのエイオラ大陸の北端、魔物の森の向こう側まで追い詰めることが出来た。

 現在はその数を減らしたせいか、森の魔物を手なずけて戦力を増やしているという話だ。


「直接聞いたわけではないのだろう?お前の思い込みだ」

「確かに直接お聞きしたわけではございません。ですが、こちらを見ていただければ旦那様にも納得していただけるかと」


 この話し合いが始まる前、エバンスから渡された資料と同じものが全員に配られ、改めて手に取り目を通す。

 そこにはかつてラトゥが考えていた戦士や魔物の強さを数値化し、戦いにある程度の指針を作るという取り組みがより細かく書かれ多くの考察がされていた。

 種による体の構造やそれに伴う行動予測や弱点になりうる部位の選定、成長による個体差の想定から生息域や食性による亜種の分析まで、“癒”を司る我が家ならではの視点で生物の構造を丸裸にせんと大量の書き込みがされている。

 かつてのモノより量、質共にかなり高いレベルでまとめられたそれには私でも知らないような魔物の情報もあり、初めて目を通したサキは驚愕の表情を浮かべている。


「見たぞ、これのどこにそう思う根拠が?」

「そうよエバンス、むしろこの資料があればラトゥを戦場から遠ざけることが出来ると思うわ」

「旦那様、奥様のご意見はもっともでございます。ですがサキ様、イナシスリ家から見てどう思われますか?」


 親として、私たちの意見はおおむね同じだ。ラトゥを戦場になど行かせたくない。


「……兄さん、姉さん。次男は確かに最前線を望んでいるわ、そして私も彼をそこで生き抜けるように鍛えることに賛成する」

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