第35話 火熱を操る資格

 本格的な寄家修練きかしゅうれん開始日となった今日。

 修練同期最初の夕食会から一夜明け、朝食を共にした後すぐに資料室にてエバンスの手解きを受ける。

 火属性の制御度合を測るため、一人ずつ順番に用意された複数の素材でできた板の前に立ち温度上昇や着火速度を調べていた。

 今は最後の一人であるソファトが実践しており額に汗を滲ませながらだいぶ苦戦していて、紙束を持ったエバンスの助言を受けながらなんとか制御しようとしている。


「それじゃあリテのお母さん、サキさんと父上は昔この屋敷で出会ってたんだ」

「はい!十歳の時に寄家修練でこの屋敷に来て、学園入学前のトエルさんと出会ったと聞きました。ラメトさんとは学園に入ってからの付き合いで、先輩として慕っていたとか!」


 その間、僕らは食事の時に話しきれなかった話題について話しており、特に興味深かった僕とリテの両親のエピソードついて聞かされていた。

 どうやら、学園に通っていた当時に多くの時間を共にしていたようで、日常や戦場を経て信頼関係を築き上げて兄や姉、そして妹の様に接していたという。


「じゃあ父上は十一歳の時には寄家修練を終えていたのか。大体八歳ぐらいで修練に赴いたってことは優秀だったんだな」

「違うよ?ラトゥと同じ十歳の時にツェタット家に来て、三年かかるはずだった修練を一年でやり遂げたんだって。父様とうさまトエルアイツは天才だって言ってたよ」

「えぇ……」


 キゼルから告げられる衝撃の事実。父上すごいな、全然知らなかったぞ。

 そうなると父上ってツェタット家の現当主と修練同期で、イナシスリ家の女師範と義兄妹ってことか。叡智の輪のおかげで六種族が争うことは無くなり、こういった縁というのはどの貴族の位にも同じようにあるんだろうな

 今まで他家との繋がりなんて考えていなかったけど、将来僕も大きくなればキゼル達とこの世代を担っていかなくちゃいけないわけか。


「それならラトゥさんも負けてないじゃないですかっ!トエルさんが天才なら、ラトゥさんは大天才です!!ねっ!?」

「えぇ……」


 何とも圧が強い。

 昨日の夕食、そして今朝の朝食でリテの質問に丁寧に答えたせいか、だいぶ彼女のツボを刺激してしまったらしい。

 特に今朝話したこの世界で戦いに生きる生物の強さを数字によって表す、ステータス化の話は大変お気に召したようで、お褒めの言葉を連呼したテンションは現在も高まり続けている。


「戦闘のための修練なんてしなくてもいいくらいです!!」

「アタシはラトゥと一緒に森に行きたいし、戦闘の才能をしっかり伸ばして欲しいんだけどなぁ~」

「僕はどっちかじゃなくて、どっちもちゃんとするつもりだからね?」


 どっちつかずと捉えられたのか不服そうな表情の二人に苦笑する。

 リテの賛辞も嬉しいけど、僕としてはやはり戦えるようになるのが先だと思ってる。

 それは将来ステータス化を早めに実現させるのもそうだし、友達としてキゼルと約束した森での野営をしたいからだ。

 それに戦闘力の向上とステータス化の二つは、切っても切れない関係だしね。


「ほら、ソファトも終わったみたいだしおしゃべりはこの位にしようよ」

「ホントだ、お疲れ様ソファト!」

「お待たせしてすみませんでした……」

「大丈夫ですか?だいぶ汗をかいていますし」

「大丈夫です、お気になさらず……」


 僕らの元へと戻ってきたソファトは結構消耗した様子で、呼吸も整えきれていなかった。

 彼女が今まで研鑽してきた水属性と違い、今日初めて細かい制御を行った火属性は予想外に神経を使ったことだろう。


「こちらをお飲みくださいソファト様、一息入れましょう。その間に皆様の制御率を元に導き出した課題をお伝えしようと思います」


 壁際に控えていたメイドの一人からコップ一杯の水を受け取ったエバンスが僕らの元に歩いてきてその水をソファトに手渡した。

 黙ってそれを受け取った彼女がそれに口をつけるのを確認すると持っていた紙束を読み上げ始める。


「まず、キゼル様」

「うん」

「熱制御はまだ甘いところがございますが火制御は現時点で十分でございます。ですので課題は火の物質化及び維持となります。それを達成すれば自然と、寄家修練の目的でもある“火蔦かちょう”の習得は叶うでしょう」

「物質化って?火は存在してるじゃない」

「実例でご覧に入れましょう、“火球かきゅう”」


 紙を持っていない手の平を上に向け技能を口にするエバンス。

 それをおもむろにこちらに差し出し、取り上げてみろと無理難題をいう。


「当然制御を上書きすることが出来れば奪うことはできますが、今回は趣旨が違いますので。では次です、“火球かきゅう”」


 魔力の供給を切り火の玉を消した後、同じ技能を発動させて生み出された“火球かきゅう”の上に持っていた紙束を乗せてみせた。

 そのまま五秒、十秒と経っても紙が燃えることはなく僕たちを驚愕させた。


「この火は燃やすという現象としての特徴を排した物、どうぞ」

「う、うん。わ、ホントに燃えない」


 手渡された火の玉を受け取ったキゼルは最初こそ慎重だったものの、一度触れてしまえば恐れも知らずに縦に横にと引っ張り始めた。

 まるでスライムの様に柔軟で不定形、しかししっかりと元の形に戻ろうとする、何とも不思議な光景だ。


「最終的に、これに燃やす力を付与したものが“火蔦かちょう”の原型となります」

「わかった、まずはこれを作るところからやるね」

「よろしくお願いいたします。次段階の訓練支持も旦那様から出ておりますので、順次取り組んでいただきます」

「はいは~い、それじゃあ火球コレちょっと借りるね」

「かしこまりました。では次にソファト様」

「はい」

「水属性の制御は極めて高いレベルですので、火属性への応用を考えていきましょう。分からないことがあればいつでもお力になります」

「……はい、よろしくお願いします」


 ソファトは火属性の基本的な制御を言い渡され、悔しそうに顔をゆがめている。

 リテも心配そうに見つめているし、僕もコツを教えたりして手伝いたいけど本人があまり頼りたがらないみたいだしなぁ。

 水と火って相性悪いように思えるけど、性質が正反対な分コツさえ掴めれば一気に伸びると思うんだけど。


「遠慮なくお申し付けください。訓練に際してはあまり硬くなり過ぎずに、肩の力を抜いて臨まれる方が良いかと存じます」

「……わかりました」


 平民出身とはいえ、ソファトは我が家のお客様だ。

 エバンス達使用人に手寧な言葉を使う必要はないと遠回しに告げたのだろうが、それを聞いた彼女は顔から表情を消し、真顔で一礼すると少し距離を取った。


「リテ様に関しては──」

「私はラトゥさんと一緒に修練します!」

「え?僕と?」


 エバンスの言葉を断ち切り、元気よく手を上げながら宣言する狐っ娘。

 その目は迷いなく見開かれ、そこには有無を言わせない強い思いが垣間見えた。

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