第22話 同期と打ち解ける為に

「本格的な修練は明日からだけど、皆はこの後どうしたい?」


 顔合わせと贈り物、寄家修練きかしゅうれん開始に伴う公式の場は一応終了し、夕食までの時間を親睦会として使うことができる。主催家としてお茶の用意もしているし、屋敷の案内を行ってもいい。


「あ、アタシはこの後ラトゥのお父さんに一度手合わせしてもらう予定なんだ」


 すっかり上位貴族の仮面を脱ぎ去ったキゼルが軽い調子でそう告げる。


「さっき渡した父様とうさまからの手紙にそうして欲しいって書いてあったみたい。普段多忙で付きっきりで見られないだろうから、今日のうちに修練の方向性を決めて、時間のある時に成果を見たり進度によって修正したりするんだってさ」

「それじゃあキゼルは夕食まで別行動か、頑張ってね」

「そうなるかな。ごめんね皆、夕食の時にいっぱいおしゃべりしようね!」


 残念だが仕方ない、父上は仕事で忙しいしキゼルにも寄家修練に励める時間は決まっている。時間は有効活用しないといけないもんね。

 眉を力なく八の字にしながら、本当に残念そうな仕草で僕たち三人に手を振りながら歩き始めたキゼルは、動きやすい服に着替える為に足早に部屋へと帰っていった。


「二人はこの後予定は──あれ?」


 大広間の扉が閉まるその瞬間まで名残惜しそうに手を振っていたキゼルをしっかりと見送り、残り二人にも予定があるか確認しようと視線を移したが、その場には水鯨族すいげいぞくのソファトしかいなかった。


「あの、リテさんならあそこに」


 そういってとある場所を指すソファトの綺麗な指。おずおずと控えめに示すその方向に目を向けると、話をしている大人たちの中に一際小さい人影が、これまた小さく飛び跳ねている様子が見て取れた。


「父上と母上、それからあの女性ひとは……」


 興奮気味に抱き着いているリテをとても慣れた様子であやしている雷獣族らいじゅうぞくの女性。父上や母上相手にもへりくだっている様子もなければ、並んでいて見劣りしない、そうなると自然と答えは出るようなものだが少し意外に感じられる。


「リテさんの母親ですか?」

「多分そうじゃないかな」

「寄家修練って、親が付添えるんですね。知りませんでした」

「僕もだよ」


 基本的に付添い人は必要最少人数の使用人くらいで、当然血縁者は同行しないものと思っていた。それは修練に励む子供の逃げ道や、あるいはプレッシャーにならないようにとの考慮で、この年代の子供相手にはある程度きつめの旅をさせるためだと。


「まぁあれは今日だけの様子見だと思うよ」


 本格的に修練が始まる前であるなら子供の決意を揺るがす心配はない、ともとれる。

 そうすれば、普段気軽に会えない上位貴族同士の貴重な面会の場を設けることができるし、子供を最後まで見送ることもできて一石二鳥か。リテもさっきまでと違って自然体でいられるみたいだし、僕から受け取った贈り物をしきりに母親に見せている姿はとてもほっこりする。

 僕たち相手ではないものの、リテの素顔が見られたのはこれからの接し方に大きく関わってくるだろう。この屋敷で過ごす間もあの笑顔を浮かべてもらえるように、できる限り打ち解けられるようにしよう。


「─────」

「え?」


 本当に微かな音。鼓膜をわずかに震わす程度の音量でソファトの口から発せられたその音の存在を、僕の耳は聞き逃さなかった。

 しかし、言葉として認識できるほどはっきりと聞き取れたわけではなく、あくまで彼女が何か言葉を紡いだという事しかわからず、何と言ったのかまではわからなかった。


「何か言った?」

「……いえ。何でもありません」


 僕の問いかけに対し最初無言で目線だけをこちらに向けてきたソファトは、その目線を今度は僕と反対の床に向けた後に短く返答した。

 そのままほんの数十秒程度、会話も無かったので無言でリテを見ていると、今度はソファトの方から口を開いた。


「もしよろしければ、私も何度か手合わせをお願いしたいのですが」

「やる気だね」


 僕の目を真正面から見つめて告げられたその要望に、彼女の強い意志が感じられる。平民の身で上位貴族の寄家修練に参加するぐらいだ、いろんなしがらみや障害を度外視してでも掴みたい大きな目標でもあるのだろうか。


「軽い慣らし程度でいいです。まだ地上での動きに慣れていないので」

「わかった、相手の希望はある?」

「特に無いですが、ラトゥさんの実力は知っておきたいです」

「じゃあ一度準備しようか。三十分後にここに集合して、合流したら庭に出よう」

「お待ちください、ラトゥ様」


 ソファトの返事が返ってくる前に、エバンスが会話を遮りながらこちらに歩いてくる。その表情はいつも仕事中に見せているものではあるものの、若干緊張感を纏っているようで、なんなら焦っているようにも見える。

 その様子に少し身構えているのか、ソファトも緊張感を漂わせる。


「ソファト様、ただいまお茶会の準備を進めております。本日は皆さま親睦を深めていただいて、お手合わせは明日以降になさってはいかがでしょうか」


 同じ平民出身とはいえ、上位貴族の屋敷で執事長を務める人物にそう言われてはそうそう反論できない。しかもそれが、好意からのお誘いに感じられてしまえば断るのも憚られるだろう。ソファトは先程の強い意志を引っ込めさせ、お茶会に応じる雰囲気になってしまった。

 エバンスの本当の狙いには気づかずに。


「せっかくだけど僕たちは遠慮するよエバンス」


 エバンスの眉がピクリと動く。


「もともと四人でやるはずだったお茶会でしょ?キゼルはいないし、リテは誘えば参加するだろうけど、せっかく母親と居るのに邪魔したくない。お茶会はまたの機会でいいよ」

「しかし」

「今日用意したお茶とお菓子はリテ達に振舞ってあげてよ、ソファトもそれでいいでしょ?」

「は、はい。どうせなら皆でそろったお茶会がいいですし」

「そういう事で、あとはよろしくねエバンス」


 これ以上口を出せないように、ソファトと共に大広間から出ていく。ソファトは落ち着きなく何度か後ろを振り返っていたが、僕がそれを無視して進めば大人しくついてきた。


「あの、本当に良かったんですか?」


 ついに大広間から退出し、それぞれの部屋へと続く廊下を進んでいく途中でそう尋ねられる。


「いいのいいの。正直お茶会より手合わせの方が気が楽でしょ?」

「それはまぁ……平民ですし、お茶会なんて初めてですから」

「人生で初めてのお茶会なら、とびっきり楽しいものでなくちゃ!そのためには多少打ち解けたほうがいいと思うし、やっぱり同期四人が揃った時が一番だよ!」

「そう、ですね」


 屋敷でのお茶会なんてまるでおとぎ話のお姫様みたいだからね、特に平民出身の彼女には特別のものにして欲しい。彼女もそう思ったかは知らないが、先程よりはお茶会を断ったことに前向きになってくれたようだ。

 それに。


「ここまで来たらいい加減、過保護はやめて欲しいしね」

「何か仰いました?」

「いいや、僕にとっても初めてのお茶会が楽しみだなってさ」

「え?ラトゥさんもですか?」

「うん!だって一緒に励む友達とのお茶会なんて僕も初めてだからね!」

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