第23話 手合わせ準備

 ソファトと別れ、自室で公式の場で着る赤を基調とした軍服のようなピシッとした礼服を脱ぎベッドへと放る。いつも着ている鍛錬に適した何の飾り気もない動きやすい服へと着替え、ついでに軽く体を動かしていつも通りの身体の重さに苦笑する。まぁ、こればかりはどうしようもないと割り切り、脱いだ礼服を持って裸足で自室を出れば、専属メイドのシェリカが扉の前で待ち構えていた。


「丁度良かった、礼服これの手入れよろしくね」

「はい、かしこまりました」


 返事は淀みないものの、その表情は心配しているせいか酷く強張っている。


「そんなに心配しないでよ、ただの慣らしなんだから」

「ですが、坊ちゃまはまだあまり手合わせの回数が多くないですし」


 そう、僕がこの世界に生まれ変わってから一年と数か月。心配性で過保護なうちの使用人たちは特に鍛錬に関する安全確保に余念がなく、こちらがどれだけ頼んでも積極的に手合わせをしてくれることがなかった。やれ昨日の雨で足場が悪いだの、室内は人や物が多いのでやめましょうだの、挙句の果てには自室で座学にしましょうと言い出す始末。

 大切にされているのはわかってるけど、試す前から可能性を狭められるとどうも息苦しく感じてしまう。前世と違って今は色んな事ができるのだから、可能な限り多くに挑戦したい。強くなることもその一つだ。


「そうだけど、一度も怪我したことはないでしょ?」

「それは手加減されていたからです」

「そうだね、おかげで程よい鍛錬・・・・・だったよ」

「坊ちゃま……」


 僕も屋敷の皆も、誰も僕の限界を知らない。

 それが皆を過保護にさせているんだろうけど、僕にとっては優しさで出来た束縛にしか思えない。ここで僕の限界がある程度わかれば、そこからようやく僕の鍛錬が始まるんだ。


「何も真剣でやり合うわけじゃないんだから、平気だって」

「はぁ、わかりました」

「ありがとうシェリカ」


 そこからは特に会話もなく、僕の素足が廊下の石材を踏む音と彼女の革靴が鳴らす無機質な音だけが続いた。



──────────



「ソファトは、まだ戻ってないか」


 大広間に戻って周りを見渡してみると、まだ多くの人が残っていたが父上の姿が消えていた。おそらくキゼルとの手合わせに向かったのだろう。母上とリテの母親は二人で何やら話しこんでいるようで、その二人から少し離れた場所ではお茶の用意が進められている三人掛けのテーブルがあった。

 その一席に座って、お茶の準備をする使用人を観察しているリテに目が行きソファトを待つ間様子を見ていた。


「外見や素の態度は幼く見えるけど、貴族の振る舞いはある程度覚えていたし。せいぜい一、二歳下ってところかな」


 テーブルに次々に展開されていくお茶菓子や食器などを飽きることなく見つめているリテはそれはもう興味津々といった様子で、耳や尻尾の動きが忙しない。すでにうちの使用人も数人その愛らしい姿に胸を打たれた者が出てきているようだ。


「お待たせしました」


 そうこうしているうちにソファトも大広間に入ってきて、その扉の音に気が付いた数人がこちらに視線を送ってくる。


「来たね、じゃあさっそく外に行こう」

「そうですね」


 約束の三十分まではまだ五分ほどあるが、ソファトの方も準備万端のようなので少しくらい早まっても問題ない。


「そういえばソファトって年上だよね?いくつなの?」

「十三です。二年後には学園に入るので、今のうちに寄家修練きかしゅうれんに参加しました」

「それで上位貴族の屋敷にねぇ、よっぽど大きな目標があるんだ」

「なりふり構っていられません。今のままでは到底叶えられませんから」

「そっか。お互い頑張ろうね」

「……そうですね」


 あまり会話は弾まなかったが、一応返事はしてくれる。そんな風に淡々とした会話を繰り広げながら外へと続く廊下を進んでいき、外が近づくにつれ鼓動が高鳴っていくのを感じていた。


「それじゃあ始めるけど、ルールはどうする?」

「お任せします」

「じゃあ、手合わせ回数は三回。最初二回の勝敗は寸止めで決めるとして、最後の一回だけは相手の気絶か降参させた方の勝ちにしよう」

「時間制限は無しですか?」

「うん。じっくり様子見するも良し、速攻で勝負をつけるも良し」

「なるほど」

「それじゃあ早速……エバンス、開始の合図と審判よろしくね」

「かしこまりました」


 僕とソファトの二人でルールを決め終わり、いつもの構えを取りながらそれまで隠れて見ていたエバンスを呼びつける。ソファトは突然出てきたエバンスにかなり驚いたようだが、手合わせする以上判定をする第三者は絶対必要だし、彼なら申し分ないはず。

 そこに思い至ったのだろうソファトも気を取り直して持っていた槍を構えると、そこでふと気が付いたのか疑問を投げかけてくる。


「ラトゥさんは武器を使わないのですか?」

「僕は素手での訓練が長いからこのままでいくよ」

「そうですか……」


 呆れか警戒か、その心情は測りかねるが何かしら思うところはあったのだろう、彼女の槍を握る手の力が少々強くなったようだ。

 それに合わせて僕の方も全身に巡らせている体温上昇の技能を高め、臨戦態勢を完成させる。


「それでは……はじめぇ!!」


 エバンスが声を張り上げるのと同時に、僕とソファトは地面を蹴りつけた。

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