第21話 修練同期、集結

 自室での昼食中、顔合わせの準備中。終始緩んだ表情で生暖かい目を向けてきていたエバンスに居心地の悪さを感じ、耐えきれずにどうしたのかと尋ねれば何でもないの一点張り。それでも表情を引き締める気配はなく、そんな状態の彼に顔合わせ前の最終チェックを頼んでいいものかと心配してしまう。


「よし、こんなもんか。どうかなエバン──」

「坊ちゃま、襟はもう少々お詰めください」


 つい先ほどまで目尻をこれでもかと下げながら壁際に立っていたはずのエバンスが、いつも通りの真剣な表情で僕の目の前にいた。

 そのまま驚いて声を失っている僕の返事を待たずに、丁寧な仕草でシャツの襟を首の上の方まできっちりと上げ、満足げに頷いた。


「んっ……ちょっと息苦しいよ」

「すぐに慣れますから」


 流石に窮屈に感じた僕が首元にスペースを作ろうと指を掛けた右手を、エバンスが両手で優しく包みながらやんわりと制止の言葉を告げる。


「子供同士の顔合わせとはいえ正式な場ですので、どうかこのままで」


 しばらく無言で視線を交わしているうちに、なんとなく意味を理解していく。これも貴族としての矜持か、と納得したところで大人しく手の力を緩めて目を伏せた。


「ありがとうございます、坊ちゃま」

「いいよ。でも、どうせばれるのに」

「それでもです」

「それでもかぁ」


 寄家修練きかしゅうれんの主催としてふさわしい格好に仕立ててもらい、会場に向かうためエバンスを伴って自室を後にする。



──────────



「本日より我がカルヘルバック家での修練の日々が始まる。年や種族は違えど、共に高め合う友であり、互いが互いの師である。顔合わせの後、諸君は皆等しい立場になると肝に銘じ、一心に修練に励むように」


 我が家にある大広間で始まった寄家修練の顔合わせ。そこで僕、キゼル、そしてもう二人の少女が、大きな演説台の上に立つ父上、カルヘルバック家当主の言葉を静かにその身に受ける。その口から発されるのは僕ら四人が等しく修練を積む仲間であり、それ以外の立場は関係がないとというものだ。それは主催側としてこの場に立っている僕が特別扱いを受けることも無ければ、四人の中に一人だけいる平民の少女が僕たち貴族家の三人を貴族として敬う必要もないということ。


「ではこれより、寄家修練を始める。ラトゥ」

「はい」


 父上の口上が終わり、今この瞬間から僕たち四人は対等となる。とはいえ、僕にはまだ主催家の子供としての役目が残っている。


「まず最初に自己紹介を。僕はラトゥ・カルヘルバック、気軽にラトゥと呼んでください。主催家の一員として皆さんを歓迎させていただきます」


 僕がキゼル達に向き直り自己紹介を始めたのとほぼ同時、大広間の脇に待機していたエバンスやシェリカ達屋敷の使用人が台車を押して僕の元へとやってくる。それらが到着し、厳重な入れ物の蓋を開けた微かに聞こえる音を頼りにタイミングを見計らって話を進める。


「僕から贈り物を用意させていただきました。これから修練に励む身であり煌びやか、とはいきませんが、友好の証としてぜひお受け取り下さい」


 エバンスから贈り物がそれぞれ三つの入れ物に入れた状態で乗せられたトレイを受けとり、キゼル達三人の少女の前に差し出す。

 右から順に『甲護の頸飾こうごのくびかざり』『雷来廻絡轆炉らいらいかいらくろくろ』『地掻じかき』、顔合わせが多少早まったところで全く問題なくすべての品を揃えていたシアギン商会のジェニスは、すでに凄腕の商人として人類六種族を股にかけて活躍している。我が家のお抱えでいるには成長しすぎたジェニスだが、それでもまだ優先的に対応してくれている。今日も他の用事を一時放置してこの屋敷で待機してくれている、なんとも義理堅い人物だ。


「まぁ、素敵な頸飾。ありがとうございます」


 そんなことを考えながら三人の動きを待っていたが、最初に動いてくれたのはやはり彼女だった。


「改めまして、私の名はキゼル・ツェタット、キゼルと呼んでください。これからどうぞよろしくお願いしますね、ラトゥ」


 普段の活発さを完全に抑え込み、とても上品で物静かな雰囲気を纏ったキゼルが頸飾の入った入れ物を受け取り、丁寧に自己紹介をする。たった数時間とはいえ唯一僕と面識がある彼女が率先して動いてくれることで流れを作ってくれた。

 その気品あふれる姿につい見惚れてしまい言葉を返せなかったが、無言で微笑むことでなんとか返事をした。キゼルは返答がないことを少し不思議そうにしていたが、僕の笑顔の意味は理解した彼女もまた笑みを浮かべながら少し横に移動した。


「リテは……じゃなかった、私はリテ・イナシスリです!よ、よろしくお願いします!」


 少し緊張した様子でハキハキと自己紹介したイナシスリ家の少女は、そこまで高身長ではない僕ですら明るい白髪を短く切りそろえているその頭頂部、ピコピコと小刻みに動く狐耳の付け根が見えてしまいそうなほど小柄だったが、その身に纏う生命力というか武の気配みたいなものはその小さな体躯には似合わないほど大きく感じられ、それを象徴するように衣服から覗く素肌はしなやかな筋肉がうっすらと見て取れる。さすが武を極めんとする雷獣族らいじゅうぞくの上位貴族の血を引く子だ。


「贈り物大事にします!この、えっと……鈴?ですか?」

「少々見た目を工夫させていただきました。装飾としてお好きな場所に身に着けていただければ、雷属性を制御しやすくなりますよ」

「そうなんですね。こんなに小さいのに」


 リテという雷獣族らいじゅうぞくの少女に贈った『雷来廻絡轆炉らいらいかいらくろくろ』は、本来くすんだ黄色の無骨な回転機構の塊なのだが、いくら実用性が高いと言っても同年代の少女に贈るにははばかられる。なので、ジェニスに頼んで金属光沢のある黄色い鈴のような形で作ってもらえるように依頼していた。

 その甲斐あってリテにも気に入ってもらえたようだ、手に取ってじっくりと観察するその瞳は贈り物自体の光沢以外でも輝いているように見える。


「さぁ、貴女もぜひ受け取ってください」


 最後の一人、どこか居心地悪そうにしている水鯨族すいげいぞくの少女にも贈り物を受け取ってもらえるように声を掛ける。僕たち四人の中で一番背が高く、おそらく最年長だろう彼女は、濃紺のロングヘアーを後ろで一つにまとめ上げておりかなり大人っぽく見える。体はリテに比べると鍛えた筋肉というよりは日常でよく使う部位が発達しているような感じではあるものの、病弱な僕よりは断然健康的だ。


「まさか私にまでいただけるとは思いませんでした、ありがとうございます」


 声を掛けた瞬間は少し体がこわばったようだったが、できる限り安心させるように心掛けながら微笑むと多少安心したのか贈り物を手に取って軽く頭を下げた。


「私は平民で家名がありません、ソファトと呼んでください。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 ソファトと名乗った少女は上位貴族の屋敷に居ることがかなりストレスに感じているようで、まだ少しぎこちない態度で言葉も最低限だがそのうち慣れるだろう。修練が始まってしまえばそんなこと気にする余裕はないだろうしね。


「それじゃあ、主催としての歓迎はここまで。改めて、修練同期としてこれからよろしく」

「よろしくねラトゥ!リテ!ソファト!」

「え!?は、はい!よろしくです!」

「よ、よろしく……お願いします」


 僕とキゼルの急な態度の変化に驚いているリテとソファトには悪いけど、早く打ち解けるためにも僕たち二人はもう堅苦しい態度はやめさせてもらった。

 決して堅苦しいのが嫌いだからではない、あくまで立場が対等であることを示すためだ。うん。

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