第20話 友達との帰宅

「じゃあ、キゼルはいつも森で過ごしてるんだ」

「そう!森はいろんなことを教えてくれるから、つい入り浸っちゃって。ここに来る少し前なんか、気づいたら一週間も家に戻らなくて、父様とうさまにすごく怒られちゃった」

「ほ、ほどほどにしないとね。でも憧れるな、森での生活」

「興味あるなら教えてあげるよ!修練が休みの時とか!」

「キゼルが一緒なら頼もしいし、お願いしようかな」

「まっかせなさい!」

「よぉし。その時に足を引っ張らないように、しっかり修練がんばるぞ!」

「おー!!」


 家への帰路、友達との他愛もない会話、約束。たったこれだけで、僕の心が満たされていくのを感じる。

 両親との会話で感じる優しく包み込んでくれるような安心感とも、シェリカやエバンスみたいに信頼できる屋敷の人達に感じる安心感も違う。けれどとても居心地のいい感覚。


「なんだか、いつもより頑張れる気がする」

「ふふふ、こうやって夢を増やしていけばいいんだよ。増えれば増えるほど毎日が楽しくなるよ、きっと」

「そっか、さっそく効果があったみたい」

「でしょ~?」


 そう得意げに言いながら僕の腕を指でつつき始めたキゼルはとても楽しそうで、可愛らしくじゃれてくる子供っぽい仕草に反して、その顔に浮かべる笑みはなんだか少しだけ大人っぽく綺麗に見えた。

 そんな風に彼女との会話を楽しみながら、正午前で人通りの落ち着いた帰路を辿っていく。その終着である我が家の門が見える距離まで近づいたとき、見覚えのない馬車が停まっているのに気が付いた。そこに描かれる家紋は我がカルヘルバック家のものでも、横に居るキゼルのツェタット家のものでもない。


雪狐せっこの横顔が描かれた家紋、こっちも今日着いたのか」

「イナシスリ家?珍しいね、雷獣族らいじゅうぞくが早く来るなんて。ぎりぎりまで自家で鍛えてそうなのに」


 雷獣族らいじゅうぞくの上位貴族は全て戦闘に関する“血統技能”を認められた家で固められており、人類六種族の戦闘術指南を担っていると言って過言じゃない。

 年間を通して常に寄家修練きかしゅうれんを受け入れているし、魔物の討伐数も全六種族で断トツだ。当然我が子の訓練にも相当力を入れているわけで、雷獣族らいじゅうぞくが他家で寄家修練きかしゅうれんを行う際は最低限の短い期間で済ませることが多いのだが、今回やってきたイナシスリ家は少し違うらしい。


「おかえりなさいませラトゥ様、キゼル様」


 そうして馬車の荷物を運び出している雷獣族らいじゅうぞくの使用人らしき人達の邪魔をしないように脇を抜けた僕たちは、屋敷の玄関でエバンスに出迎えられた。


「ただいま。キゼルに紹介するね、我が家の執事長のエバンスだ。何でも知ってるから困ったら彼を探すといいよ」

「よろしくねエバンス」

「はい、何なりとお申し付け下さい」


 他家のキゼルの前だからいつもよりお堅い会話になっているけど、まあしょうがない。最初の顔合わせが終わるまでの辛抱だ。


「表にイナシスリ家の馬車が停まっているけど、顔合わせは何時頃になるかな?」

「昼食後、少々時間を空けて行われる予定でございます」

「じゃあとりあえずこの後は昼食か、キゼルはそれで平気?」

「うん、先に食べておけば顔合わせの時にお腹が鳴らずに済むし」


 時間的に食事の前に顔合わせするのは難しいもんな。当初の予定だと顔合わせの後に、親睦を深める為に食事を取るはずだったが、まぁ予定は予定だ。当然ズレることもあるか。

 そうなるとどこで食事を取るかだな。できればキゼルと一緒に食べたいところだけど、イナシスリ家が居る今キゼルとだけ親睦を深めるのは少々外聞が悪い。それに男の僕に比べて色々準備に時間がかかるだろうキゼルにはできるだけ自由な時間があった方がよさそうだ。


「そうだね。お互い準備もあるだろうし、食事はそれぞれで取ろうか」

「さっすがラトゥ!アタシもそうしたいと思ってた。一緒に食べるのは夕食まで我慢だね」

「堅苦しいのは先に全部終わらせないとね。エバンス、昼食は僕とキゼルそれぞれの部屋に運んで」

「かしこまりました。それではキゼル様、お部屋までこちらの者がご案内させていただきます」

「よろしくね。それじゃあラトゥ、また後で!」

「うん、また後で!」


 互いに小さく手を振り合った後、キゼルが案内役である我が家のメイドの一人に向き直る。メイドはそれを合図にキゼルを先導するように歩き出し、後をついていく彼女は先程までの活発な姿を引っ込め、上位貴族の風格を纏いながら静かについていった。


「市場見学はいかがでしたか、坊ちゃま」

「とっても楽しかったよ、キゼルも退屈してなかったと思う」

「それはようございました」

「ローチェも色々教えてくれてありがと」

「あ、なんだ私のこと覚えてたんですね」

「何言ってるの、帰ってくるまでずっと一緒だったでしょ」


 市場見学が終わってから屋敷に帰るまでの間、全くと言っていいほど喋らなかったローチェにもちゃんとお礼を言っておく。今日で市場全部を見ることはできなかったし、また機会があれば彼に案内を頼みたい。


「坊ちゃまとキゼル嬢があまりに仲いいもんで後半は空気でしたよ」

「ほぅ?そんなに仲が深まりましたか、それはいいことですな」

「あ~、まぁ、確かにちょっと浮かれてた自覚はあるんだけど……」


 それからローチェは昼食の仕上げを終える為に厨房へと向かい、部屋に帰る僕の後を付いてきたエバンスは終始ニコニコと笑っており、なんだかむず痒くて恥ずかしい気分になった。

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