第19話 活発世話焼き少女キゼル

「楽しかったね!とっても賑やかで皆笑顔だったし」

「そうだね、僕も初めて行ったけどすぐにでもまた行きたいよ」


 市場でヒロインと突然の出会い。

 このシチュエーションに喜ぶな、なんて無理な相談だろう。自分の愛した世界の好きなキャラ、しかもその人の幼い時の姿なんて願ったって拝めるものじゃないし、僕にとっては人生二週して初めてできる友達かもしれないんだ。嬉しいことに違いは無いけど、何とかいつも通りを装うことでいっぱいいっぱいになってしまう。


「それはわかるけど、あんまり無理しない方がいいよ?今は辛くない?」


 それでも正直に言えば、喜びや緊張やその他諸々で平常心を保てなかった僕は仕切りなおす為にキゼルと一度距離を置きたかった。時期的にそろそろ来ることは父上から伝えられていたが、それでも予定を繰り上げて今しがた来たと言う彼女は、これから生活する屋敷で色々と準備することがあるはずなんだ。

 僕はまだまだ市場見学をしたかったし、さりげなく彼女を屋敷に向かわせるように誘導してみたのだが駄目だった。


「お迎え呼んだ方がいいよ、倒れちゃったら大変だもん」

「心配かけてごめんね、でもこれくらいなら大丈夫だよ」

「そう?もしきつくなったらアタシが背負ってあげるからね?」

「ありがとう!」


 僕の身体が弱いことを察したキゼルは、初対面とは思えないほど甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてきたのだ。

 心配してくれる彼女の気持ちはありがたかったし、あまり強くも言えなかったので結局最後まで一緒に市場見学をしたし仕入れ先への用事にも付き合わせてしまった。


「屋敷に帰ったらやることあるだろうし、僕でよければ手伝うよ」

「ほんと!?なら屋敷の案内してほしいな!」


 そんなことでお礼になるならお安い御用だ。屋敷の事ならいくらでも話すことがあるから会話に困ることもないし、今みたいに必死で話題を探す必要がなくなればいくらか気が楽だ。

 食堂や浴場、怪我した時の為に診察室も案内しよう。キゼルは芽兎族がとぞくだから、きっと庭も気に入ってくれるだろうからそこも案内してあげて、あとは身体を動かすのも好きだと思うから訓練場も欠かせないし、資料室の場所も知っておけばいつでも調べ物ができる。


「ねぇ、ラトゥはずっとそんな身体なの?」


 屋敷のことを思い浮かべながら口数少なく歩いていた僕に、キゼルがそんな疑問を投げかけてくる。その質問に同情も嘲りも感じなかったのは、ただ事実を確認する為だけの問いかけだったからだろう。

 ゲームでの彼女も、生きているものは全て同列に扱っていると感じていたし、例えどんなハンデを背負っていたとしてもそれを理由に接し方を変えるような人物ではなかった。そういった面で感情的にならない彼女の態度は一見すると冷たく感じてしまうかもしれないが、僕はそれが平等に接していると感じられて好きだった。

 出来る出来ないの線引きを相手に委ね、手伝えることは自分から呼びかけ、手伝って欲しいと言われれば全力で応える。そんな『世話焼き少女』が僕は好きだ。

 まぁ、今の彼女はちょっと過保護気味に感じるけれど。


「うん、こんな風に歩けるようになってまだ1年と少し経ったくらいかな。それまではずっと部屋から出られなかった」

「治ったわけじゃないんでしょ?」

「まだ治療法が分かってないからね。でもその代わりに、こうやって歩けるように努力したんだ」

「じゃあ、1つ夢が叶ったんだ」

「夢が1つ……」


 今まで僕の抱いていた夢は1つだった。それはゲームで語られなかった、この世界の終わりの先を見ること。そのために頑張ることは苦じゃなかったし、こうして自分の足で自由に歩き回れるようになっても満足することは無かった。


「おっきな夢もいいけどさ、夢は沢山あった方がきっと楽しいよ!」


 けど、よく考えれば自分の足で歩くことは前世からの念願だったし、この世界に来られたことも夢が叶ったと言って過言じゃない。最初からの夢が大きすぎたせいで、他の事に達成感を感じることを忘れていた。


「初対面なのに、キゼルにはなんでもわかっちゃうんだね。これも勘なの?」

「え?違うよ?ラトゥが分かりやすいだけだと思う」

「ほ、ほんと?」

「だって生まれてから今日までずっと外出できなかったんでしょ?なのに全然はしゃいでないみたいだから、きっともっっっと大きな目標があるんだろうなって思ったの。アタシだったらきっともっとはしゃいじゃうから」

「そっか、そうかも」

「でしょ?」


 いたずらっぽう笑うキゼルはとても可憐で、画面越しで見た笑顔の面影があった。改めて、この笑顔を直接この目で見ることができるのも夢が1つ叶ったのだと気づかされた。


「僕もキゼルを見習うよ」

「見習わなくていいよ、ちゃんと教えてあげるから。だから、ラトゥはアタシにおっきな夢の追いかけ方を教えてよ」

「え、どうして」

「お互いに教え合うほうが絶対いいよ!友達なんだから!」

「友、達?」

「でしょ?」


 なんてことない、そんな風にその言葉を口にしたキゼルは僕に手を差し出した。

 ゲームでの彼女は、気が付いたら友達を作っているようなキャラクターだった。それでも唯一勇者にだけは、仲間になろうと言葉で伝えていた。それは彼女にとって、その関係に明確な名前を付けるという意思表示。


「……うん」

「改めてよろしくね!ラトゥ!」

「うん!よろしくキゼル!」


 僕の夢がまた1つ叶った。

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