第15話 寄り道で巨石に躓く

「エバンス、父上と母上は?」

「これは坊ちゃま。旦那様は往診に行かれました、奥様は『寄家修練きかしゅうれん』の準備の為に商人とこちらのお部屋で面会中でございます」


 先程の体調不良がばれないようにしっかり休んでから屋敷を歩き回る。そうしてすれ違う使用人たちとあいさつを交わしながらエバンスを探し、父上と母上の所在を確認する。


「そっか、夕食には帰ってくるかな?」

「はい、特別な患者は見ないと仰っていましたので。奥様は昼食後であればお時間がありそうでしたが」


 父上には“血統技能”について、もし母上が一緒にいれば上位貴族の次男としての立ち回りについて聞いておきたかったのだが、さすがに2人とも忙しくて今すぐ話すわけにはいかないか。


「わかった。それなら後で母上に──」

「あらラトゥ、こんな所に来ていたのね」


 話を切り上げようとした僕を母上が呼び止める。

 声の方を振り向くと母上が応接室から出てきたところで、その表情はいつもの母親らしい優しい顔ではなく、上位貴族の妻としての振る舞いをしていた。母上の後ろにいる若い男に気が付き、僕もできる限り貴族の態度をとろうと背筋を伸ばした。


「はい、エバンスを探すついでに屋敷を散歩しておりました。そちらは……」

「お初にお目にかかりますラトゥ様。私、六王様より中位貴族を賜っております、シアギン家のジェニスと申します」

「初めまして、ジェニス殿。トエル・カルヘルバックが次男、ラトゥ・カルヘルバックです。シアギン家の皆様の献身には、かねてよりお礼申し上げたいと思っておりました」


 火猿族かえんぞくの中位貴族、シアギン家は人類六種族を股にかける大商人の家系だ。ゲーム中でも聞いたその家名は、幅広い商品を取り扱うことで勇者のサポートを完璧に務め上げる最高の裏方だ。

 しかも、利益や採算を度外視して消費者に品物を届けるその献身性は代々続いており、心から人類の役に立つためだけに動く聖人だ。

 その功績から上位貴族でもいいぐらいなのだが、そうすると火猿族かえんぞくの領土から出るのに面倒な手順を踏まなければいけないため、その手順を必要としない中位貴族の位置にあえてとどまり、他領へと身軽に行き来できるようにしている。そうやって他領まで僕の為に薬を調達してくれたことも何度かあったはずだ。


「会えて光栄です」

「ラトゥ様にそこまで仰っていただけて、感謝に堪えません。誠にありがとうございます」


 今目の前で僕に丁寧な礼をする20歳ほどの男性、ジェニスはゲームで何度も見てきた顔なので特に緊張することなく挨拶することができた。

 彼は将来シアギン家の当主となり、勇者やその仲間達の為に、最高の品を各地から集めてくれるようになるだろう。それは人類の為に戦う勇者を全力で支援することで、人類の勝利に貢献できるからだ。まぁ勇者がその名を轟かせるそれ以前から勇者の人柄に惹かれて協力するわけだけど。


「そして、こうしてお元気そうなお姿を拝することができて、大変感激しております。心よりお喜び申し上げます」

「ジェニス様のお力添えのおかげですね」

「この矮小な私の力が、ほんの少しでも役立てていたのであれば、それ以上の喜びはありません」

「はい、とても助かりました。ありがとうございます」


 まずいなぁ、ちょっとこの口調で話すのきついぞ。

 ジェニスはゲームでもそうだったが、誰に対してもどんな時もこんな風にすごく丁寧に話す。僕は普段から屋敷の使用人たちにも堅苦しすぎない対応をお願いしていたから、正しい話し方ができているかどうかすごく不安だ。

 こういう時はさっさと話題を切り替えるに限る!


「母上、お話はもう終わったのですか?」

「もう少しですね、丁度あなたに声をかけるところでした」

「私にですか?」

「ええ、ご令嬢方への贈り物を選びなさい。特に接点が多くなり年齢も近いのはあなたなのです、それなのにあなた以外が選んだ贈り物なんて意味がありません。贈り物からはそれを選んだ人の気持ちが滲み出るものなのですから」


 なるほど荷が重いな。

 プレゼントなんて選んだことないぞ?しかも家族に送るよりも先に、初対面の少女たちの為に選ぶって?一体どんな基準で選べばいいんだよ!


「かしこまりました、用意できる品のリストはございますか?」

「いいえありません。その代わりのリストは渡します」


 なんで!?

 ジェニスが横から静かに渡してきた1枚の紙。そこにはたった数行の文字が書かれているだけで、余白の目立つ紙だった。

 除外品の数が少なすぎる!ここに書かれたもの以外、この世界の何でも用意できるってこと!?そんなお任せくださいみたいなキメ顔しないでよジェニス!!


「すぐに選べとは言いません、時間はあげましょう。適当なものを贈るわけにもいきませんから」

「ありがとうございます」


 そりゃそうだよね!なんて言ったって、この世界のありとあらゆるものから『これだ!』というものを3つ見つけなくてはいけないんだ。上位貴族として恥ずかしくないものを選ぶためにも、前世の知識もフルに使って1週間くらいは欲しいところだ。


「3日間じっくり選びなさい」


 たった3日だと!?冗談ですよね母上!?


「選んだ品を用意する時間を考えるとこれが限界です、ご令嬢方が来るまであまり時間はありませんよ?」


 有無を言わせぬ雰囲気を纏う母上はまるで別人のようで、微笑んでいるのに謎の迫力があった。その姿は、前世の看護師のお姉さんが誕生日プレゼントを自分で選ばされたと怒っていた時を思い出させる。

 ほんの軽い気持ちで母上を探したさっきまでの自分を恨みたくなった。

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