第14話 新たな課題

「よし、ようやく訓練の時間だ」


 シェリカに相談して、やがて来るだろう『寄家修練きかしゅうれん』の3人娘への対応方法は決まった。その方法は、『いつも通りの僕でいること』だ。

 朝は日課の瞑想をして、昼間は訓練や調べものをし、夜はその日の出来事を整理したり明日の予定を立てる。その姿を見せればそうそう嫌われることも無く、自然と訓練の話題で会話ができるだろうとのことだった。

 僕は知らなかったが、ラキール兄さんがまだ屋敷にいたときも何度か受け入れていたらしく、その時も訓練を目的とした泊まり込みだったので切磋琢磨するうちに絆や仲間意識が芽生えていったらしい。


「ヒロインのキゼル以外の2人は名前も顔も覚えがないしきっとモブだ、あまり気張らずいつも通りを心がけなくちゃ」


 そうと決まれば、次は自分の訓練を進めていかないと。

 ヒロインとの予想外の出会いは嬉しいが、今訓練の時間を削って、最終的に戦力外扱いされて勇者に協力できなきゃしょうがないからね。


「さて……ふぅ。やっぱりを解除する瞬間は一気にだるくなるなぁ」


 訓練の始まりはいつもこのだるさと向き合うことから始まる。

 色々なことを試すうえで、すでに”技能”を使っていると正確な情報が取れなくなったり正常に発動できなかったりしてしまう。だからまずはこの体を支えている体温上昇と電気刺激を止めなくちゃいけない。


「うっぷ。うん、とりあえず慣れるまでは座りながらできることをしようかな」


 今日試したいのは、我が家の”血統技能:生体内図解せいたいないずかい”と他の”技能”の組み合わせの模索と同時使用の訓練。僕の体のことも詳しく調べることができるこの”血統技能”を上手く使えれば、より効率的に体温の調整を行ったり部分的な電気刺激の伝達を正確に実行できるようになるんじゃないかと思っている。

 それから僕の体を蝕む元凶、『若壊病じゃくかいびょう』の原因究明の可能性も捨ててはいない。間違いなくこの世界で一番優れた診断方法だしね。


「早速試そう、血統技能“生体内図解せいたいないずかい”」


 自身の胸に手を当てて体の状態を探っていく。

 目を閉じていても、読み取った情報は直接頭の中に流れ込んできて、脳内で僕の体のミニチュア空洞模型を形成していく。

 そうして胸元から順番に出来上がっていく透明な僕の体は次第に色付けされていき、最終的に全身が赤色に染まった。


「いつも通りの結果だ、父上の見えてるものと変わりない」


 “生体内図解”で見える体の情報は色分けで表現される。健康部分は緑色、外傷などは赤色、病気は青色だ。僕の体を満たす赤色は外傷を示していて、しかし原因の解明がひどく困難だった。

 父上や母上の扱う“技能”である“癒し”を使っても一時的に緑色になるだけで、一晩も経てばすぐに赤色に戻ってしまう。

 僕自身、“癒し”の効果がどのように上書きされているのか調べようとして、一晩中“血統技能”で観察したことがあった。変色が始まる部分が分かれば、そこに原因があると突き止められると思ったからだ。しかし結果は、ある部分から徐々に赤色になるわけでもなく、全身ほぼ同時に赤色に変わっていった。


「次だ、発動を維持しながら色々試してみよう」


 まずは“火属性”で体温を上げる。全身に施そうとすると脳のキャパを超えてグロッキーになるかもしれないので、左腕を中心に少しずつ上げていく。

 頭の中の僕の体は相変わらず全身赤色一色だが、体温の上昇に合わせて左腕だけオレンジ色になっていく。


「今がいつも維持してる体温だ、これ以上は熱感でふらついちゃうから別方向から試してみよう」


 続いて“雷属性”で左腕にだけ電気を流す。一瞬で通過してしまうのを抑えるために、常に骨から電気を発生させることで途切れないようにする。

 左腕の色は黄色くなっていき、左腕だけ調子がいいという不思議な感覚になる。


「うぇ……同時に使うとちょっとしんどい。ん?あれ?」


  “血統技能”、“火属性”、“雷属性”の3つを同時に制御するとさすがにつらくなってくる。今は左腕だけに絞っているおかげで倒れることは無いが、どんどん集中力が奪われていくのを感じる。

 そんな状態だが、ほんの小さな違和感を僕は見逃さなかった。


「ところどころ、一瞬だけだけど健康緑色になってる?」


 黄色に染まった左腕に、針の穴ほどの小さな緑色が一瞬顔を出しては埋もれていく。目の錯覚だと言われれるかもしれないが、僕はそのわずかな変化を確実に捉えていた。


「父上にも見えてるのか?違うなら、どうして僕だけ?ゔぉぇ──んん!」


 胃からせりあがってくる内容物を、外に出さないよう必死に手で抑え込みながら“火属性”以外の使用を中断する。

 思考を全て中断し、体調を整えることだけに全神経を集中する。のどを流れるマグマの様に熱い流動体を理性で胃へと押し戻し、すこしでも体調を万全にするために細心の注意を払いながら魔力を操作する。


「うぉ、はぁ!はっ!はっ……」


 声が出るようになった時には自然と涙が溢れ、僕の意思で止めることのできない浅く荒い呼吸が繰り返された。

 そうやって本能に従って落ちつくのを待つ。


「すぅ、ふぅ。よし、セーフ」


 しっかり呼吸ができるようになり、意識して深呼吸を繰り返す。

 繰り返すたびに思考もクリアになっていき、先程手放した疑問をもう一度手繰り寄せて考える。


「一度、父上に見てもらおう」


 そして確かめなくちゃならない。この違いが、僕がであるからなのかを。

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