第七章(2) 『目が覚めたら女騎士になってイケメン魔導士たちといっしょに世界を救っちゃったけど魔王から求婚を申し込まれちゃったぜ☆』
「きょ、今日は本当にありがとうございました! あなた達のお陰でこの薬も手に入りましたし、ゴブリンさんとは仲良くなれるし最高の一日でした!」
「どう見てもゴブリンていうよりネズミだったけど……まあ、お役に立てたのなら何より。 それよりお城へ私たちも入らせてもらえるかな?」
「もちろんです! 早速ご案内しますね!」
マーシャの案内で、二人は町の奥にある城へと行く。
道中困っていそうな人や事件などに出くわすが、そんなのに構っていたら時間がいくらあっても足りない。 城への一本道を、三人はただひたすら歩いた。
「ここです! レオナルドキャッスル城です!」
城の目の前でマーシャは手を広げながら説明した。 外壁は白く、とても豪華な作りになっている。
「キャッスル城って……ギャグ?」
メガネはつくづくげんなりした表情をする。
「レオナルド・キャッスルという方が王様なので、仕方がないんです!」
ライカは二人の話を聞きながら――異世界でも英語通じるのか……でもそもそも私たち普通に喋ってるけど、何で文化も違えば世界も違う人たちと会話できてるんだろう――等と考えだしたらキリがないし怖くなってきたので思考をシャットダウンする。
正面からホール内に入る。
ホールはそれはそれは立派な光景だった。 煌びやかなシャンデリア、高そうなソファにテーブル。 まるでおとぎの話に出てきそうな雰囲気だった。
ホールの一角には恐らくマーシャが歌うであろう舞台も設置されている。
「控え室があります! そちらで待っていてください! 上の者に、あなた達の事を伝えてきますね」
「ありがとうマーシャ」
二人は控え室に入る。
広めの室内に、これまた高そうなソファとテーブル。 テーブルの上にはご自由にお食べください的なお菓子が置いてあった。
「ふぅ~」
メガネはおっさんのような声を上げながらソファへ深々と座る。
「アイちゃんどうしたの? めちゃくちゃ疲れた顔して」
ライカが心配して聞くと、メガネは虚ろな目をして答える。
「この異世界つまらん! 私あんまりファンタジー系とか好きじゃないんですよ~」
「まだ言ってるぅ」
そもそもつまらない面白いとか言ってる場合ではないだろうとも思ったが、あえて口には出さなかった。
「なら、さっさと研究員さん見つけてここから退散しないとね?」
ライカはメガネの肩を叩いて言う。
≪おいおいメガネ≫
突然イヤホンからCATの声がした。
≪そっちの世界でそういう感情はご法度だ≫
「キャット? ……どう思おうが私の勝手でしょ」
≪そうじゃない。 この世界は良い、この世界は悪いという感情を持つと、次はもっと自分好みの世界を欲してしまうようになる。 人間の欲は底知れないからな≫
そこまで言うと、今度は音声が蘭になった。
≪つまり、僕たちのように異世界に魅了されて引きずりこまれるって事です。 平常心ですよ、メガネさん≫
それを聞き、少し怖くなったメガネは顔を両手でぱんぱんと叩く。
「そ、そうだね……危ない危ない。 これが例の症状か……」
「ミイラ取りがミイラになるなんて、笑えないからねアイちゃん。 ちなみに私は大丈夫だよ? どこの異世界にも興味はない! 常にリアルを生きてるからね!」
{メガネちゃんしっかりして} {安定の田中さんw} {マーシャちゃんはよ}
メガネはコメントを確認すると、森田に連絡を取る。 配信中だと一瞬だけ忘れていた。
「森田くん聞こえる? 今視聴者数は何人?」
≪あ、メガネさんお疲れ様です。 すごいですよ! 今八十万人が観てます! SNSでもかなり話題になっていて、続々増えてますよ!≫
「みんなどんな反応してる?」
≪とりあえず悪いのは無いですね。 オカルト雑誌の企画でまさかのドラマ始まった~みたいな、みんな面白がってますよ!≫
やはり、みんなこの事態を信じて観てる者はいないだろう。 全員これは何かの仕込みで、エンターテインメントだと思って楽しんでいる。
「これを観ている皆さん」
メガネはドローンへ顔を向けて配信を観ている視聴者に呼びかける。
「こんな事が起きて混乱していると思いますが、大丈夫です。 私も混乱してます。 この映像を観て中々信じられないところもあると思いますが、私たちは実際にこれを体験しています。 どうか、私たちが無事に屋敷から出られる事を祈っていてください」
{はーい} {がんばれ!} {最後どうなるのこれ?} {高度なプロモーション}
まあ……それでも誰も信じていないだろう。
「それにしても」
ライカが思い出したように言う。
「ライブ配信で八十万人とかヤバくないぃ? 私でもライブは最高でも二万人くらいだよ? コメント欄に荒らしとかも居ないみたいで、いい子が多いねぇ!」
のほほんと言うライカを見て、メガネの張り詰めていた緊張感は少し解れた。
「ライカさん、そろそろまたアレ、やってほしいです」
アレとは、ライカのお決まりの詠唱の事だ。 気分転換に聞きたくなったのでお願いしてみた。
「あら? そうね。 じゃあ皆さんも一緒にやりましょうか!」
ライカはいつものように両人差し指を左右のこめかみに当てる。
{あすてりタイム} {田中さんお願いします} {なにが始まるの?} {田中って誰?}
「街の聖霊……守護霊様……どうかどうかお守りください……アステ――」
「ライカさん、メガネさん~!?」
言い終わらぬ内にマーシャが扉を勢いよく開けて控え室に入ってきた。 相当慌てている様子だ。
「マーシャ? あんたちょっとは落ち着けないの?」
酷く狼狽しているマーシャにメガネは言った。 この子いつもこうなのか?
「ごごご、ごめんなさい! でも、勇者様たちがもう町へ帰ってきていて、あと三十分くらいでこの城に入ってくるらしいんですぅうう!」
「良かったじゃん」
「ヤバいヤバいヤバいですぅうう! こここ、こうなったら……!」
マーシャは手に持っている瓶を見つめる。 はぐれゴブリンから貰った薬だ。 マーシャはしばらく考えた末、その瓶の蓋を開けて一気に飲む!
「ちょちょちょ!? マーシャちゃん!? ソレそんな飲み方して大丈夫なの!? 薬だよね!?」
ライカの心配の声を無視し、マーシャは瓶の中の薬を飲み干した。
「う、う、ううううううううう!」
マーシャは奇声を発して痙攣しながらその場に倒れた!
「マーシャちゃん!?」
「マーシャ!?」
メガネとライカは倒れたマーシャに駆け寄る!
{マーシャたん!?} {バカなの!?} {なにしてんの!w}
「う、うううう……!」
「マーシャちゃん大丈夫!? なんでこんな馬鹿なマネ!」
ライカが抱きかかえると、マーシャはパッと目を開けた。
「ら、大丈夫れす……」
舌足らずにそうひとこと言うと、マーシャはムクッと起き上がった。
「これ……」
メガネが空になった瓶の中の匂いを嗅ぎながら、恐る恐る言う。
「お酒……?」
瓶の中からは非常に強いアルコール臭がした。 ウォッカ?
「うぃっく! ぷぷぷ……これれ、いつでも歌えましゅぅ……」
既に千鳥足状態のマーシャが笑いながら言う。
「あがり症を直す薬って、お酒のことだったのぉ!?」
城のホールは豪華な衣装に身を包んだ貴族たちで溢れかえっていた。
「もうじき勇者様が来る!」 「楽しみだなあ!」
皆、勇者の到着を今か今かと待ちわびている様子だ。
「皆よッ!」
ホールにある特設舞台の上から、貫禄のある声が聞こえた。 周りの来賓客たちは一斉にその声の主を見る。
「我、第四代レオナルド・キャッスルが六十年の人生で初めて訪れる安息の世界ッ! 魔王に蹂躙された世界を見事取り戻し、憎き魔王を地獄へと葬った若き勇敢な者が今日! この町ブランソワールへと帰ってきたッ!」
ホールは歓声で包まれる。 王様、レオナルドは涙を流している。
レオナルドの長い挨拶の一方、同じく特設舞台の傍らにはマーシャとメガネ、ライカの姿があった。
「マーシャ! アホガキ! しっかりしなさい!」
酔いまくって眠そうなマーシャへ容赦なくビンタするメガネ。
「んー痛いよママぁ~」
「な~に言ってんの!? あんたこの後歌うんでしょ!? しっかりしなさい! なんかあったらただじゃすまないんだから!」
王の前で、そして世界を救った勇者たちの大事なパーティで失礼な事をしたらどんな罰があるか分からない。 メガネは気が気ではなかった。
二人は地べたに座り込んだマーシャを無理やり立たせると、急いでマイクの前に移動させる。
「大丈夫マーシャ?」
舞台に居る楽器団員の女の子が心配そうに近づいてきた。
「もしかしてマーシャの知り合い?」
メガネが女の子に聞く。
「はい! マーシャは私たちの楽団の歌姫なんです! ……ありゃりゃ、今日は随分と飲んだみたいですね……」
「どうしよう! この状態じゃ歌えなくない!?」
「心配いりませんよ! いつものことです」
「はい?」
女の子は再び定位置に戻ると、楽器の準備を始める。
「さて! 話が長くなった諸君! 勇者たちは既にこの扉の前に居る! 歌姫の歌唱と共に、盛大に迎えようではないかッ!」
王様の合図と共に、楽団員は音楽を奏でる。
ピッポッピ、ピポピポピポ……。
盛大なオーケストラが始まるかと思ったら、イントロからバリバリの電子音が鳴り響き、軽快なリズムで演奏が開始された。 これは……テクノ?
「ブランソワールへ勇者見参ッ! びゃ! びゃ! びゃ!」
赤ら顔のマーシャはいつの間にかマイクを手に持ち歌いだす。 軽快な歌いだしだった。
「Yeah! Yeah! 城へようこそ! 勇者たちの検討を称えて豪華パーティ豪華絢爛! みんな待ってる勇者のその姿に胸のハートがビートを刻むッ!」
舌足らずでところどころ噛む部分もあるが、非常に軽快なラップで曲調と合わさった歌いだしだった。
「マーシャ?」
メガネとライカは開いた口が塞がらない。
城の扉がゆっくりと開かれ、中へ勇者たちが入ってくる。
「今! ここで始まるヒロイックファンタジッ! 王国再建ぼくは冒険! みんなの期待を○△※♯○□!」
マーシャが盛大に噛んだ所でホールに歓声が響く。 ミラーボールが回り、ホールは正にクラブのような雰囲気に包まれた。 横を見ると王様も踊っていた……。
「アイちゃん! アレが勇者?」
レッドカーペットをスポットライトを浴びた三人の人間が歩いてくる。
「ユウ……シャ?」
勇者といえば甲冑を着こんでいるのかと思っていたが、三人は何というか……中世のファンタジーというよりは、非常に現代的な出で立ちだった。 真ん中を歩いているのは女で、両側に居る二人は男のようだ。
着ているものは白と黒のストライプ柄のビジネススーツ? 何故かスーツにくっついているフード。 申し訳程度のアーマープレート。 腰や背中にぶら下げている不釣り合いな長剣。
メイクをばっちり決めており、さながら歌舞伎町に居てもおかしくない雰囲気だ。
「ホ……ホスト?」
歌もサビに入る。 サビは非常に早口だったが、奇跡的にマーシャは噛まずに歌えている!
がんばれマーシャ! いつの間にか、メガネはマーシャを全力で応援していた。
サビを歌い切り、今度は曲が転調してしっとりとした曲調になる。
「それ~でもぉ、あなたを待っているぅ~。 世界の黒が消えてその光が満ちるときぃ~、ノクターンのはるぅか~かなたへ~ノォクタァァンの遥かかなたへぇ~!」
そしてそこから一気に壮大なオーケストラ調へと変化した。
「ココロはぁ~! いつも燃~えて~るッ! どんなに~辛いこと~乗り越え~て~もッ! その切っ先~その眼差し~その勇気で~打ち払~うんだッ! my hero! my hero!」
歌声とピアノ、バイオリン、フルート、シンバル……奏でる楽器すべてに息吹を感じる。
メガネが横を見ると、ライカが号泣していた。
世界を救った勇者への、これ以上ない祝福の歌だった。 メガネもここに至るまでのストーリーを想像すると、目から熱いものがあふれ出さずにはいられなかった。
≪メガネ、聞こえるか?≫
イヤホンからCATの呼びかけが聞こえた。
「キャットなにこんな時に? 今いいところなんだけど」
≪目的を忘れるな。 その今入ってきた勇者たちの中に、二人目の研究員である伊集院五月(いじゅういんさつき)が居る。 真ん中の女だ≫
「あぁ、マジか」
しかし今はさすがに声を掛けられる状況ではない。 メガネはライカにも状況を伝えると、パーティの行く末を見守った。
その後歌が終わり、王の挨拶や関係者から勇者に向けて感謝の言葉を皆がそれぞれ舞台に上がり述べている。
そしてそれはマーシャの番になり、非常に呂律の回らない口調だったが何とか感謝の意を伝えられていた。
「んてなわけでぇ……勇者しゃんまたちに歌をお届けできてほんろぅによかったれすぅ……」
今にも眠りだしそうな感じだったが、無事に話し終えてホッとするメガネとライカ。
「んでもって、わたひが歌をうたえらのもこの二人のお陰なんれすぅ!」
右手を大きく掲げてメガネとライカの方へ差し出すマーシャ。
「!?」
「さあ、ライカしゃん、メガネしゃん、こちらへ~」
メガネはマーシャへ首と手を振って拒否するが、ホールに響く拍手と喝采でそんな要望はかき消えた……。
二人はいきなり大勢の前で挨拶をする流れになり、完全に頭が真っ白になる。
「ライカさん、こういうのは得意ですよね? お願いします!」
「ままま、待って! こんないきなり私喋れないよぉ!?」
「何か適当に言ってからいつものアレで誤魔化しゃいいんですよ! お願いします!」
壇上へ歩きながら小声で作戦会議するが、心の準備がまだ整わない内に到着してしまう。
「……」
シンッ……と静まり返るホール。
めちゃくちゃ緊張する……! いつの間にか舞台から降りたマーシャは二人を見ているかと思いきや立ったまま寝ていた。
「あぁ……皆さん、今日はお集りいただいてありがとうございます……転生来花と申します」
最初に口を開いたのはライカだった。
「女鐘愛です」
続いてひとことだけメガネも自分の名前を言う。 ライカが引き続き話す。
「魔王を倒し、無事に帰ってきた勇者様たちに今一度拍手を!」
皆が勇者へ向けて拍手をする。
「今日はマーシャちゃんの素敵な歌も聴けてよかったです! す、素敵なお歌でしたね! 私たちも一応お手伝いしたところもあったんですが、あのお歌はマーシャちゃんが居てこそだと思います! あ、あとそれから後ろの楽団の方たちもですね! 今一度、拍手!」
今度はマーシャや演奏した楽団へ拍手が贈られた。 マーシャは完全に寝ていた。
「……」
そして、ライカは頭が真っ白になった。
{ライカちゃん頑張れ!} {田中がんば} {メガネなんか言えw}
メガネがライカを小突く。 ライカはハッとして再び話し始める。
「実は私ですね、スピリチュアリストっていうのをやらせていただいているんですけど、この世界の平和を祝して、そしてこれからの平和な世界を祈って、ここで魔法の言葉を唱えたいと思います。 私に続いてみんなもやってほしいんですけど、いいですか?」
{ここであすてり} {まさかのあすてり?} {ここでw} {あすてり準備!}
「こうやって、両手の人差し指を左右のこめかみに当てて……いいですか? 私が合図したら続けてくださいね? 行きますよ?」
ライカはいつもやるポーズをする。 ホールに居るみんなも同じようなポーズをする。
「城の守り神……守護霊様よ……どうかどうか、この世界に希望の光を……勇者様たちに祝福を……アステリ……アステリ……皆さんもご一緒に!」
ライカが促すと、皆が一斉に『アステリ』を唱和した。
「「アステリ……アステリ……」」
城のホールに響くアステリ……。
「――待て! その呪文は……!?」
勇者の研究員、五月がいきなり驚いたように声を上げた!
「え……?」
ライカは何故急に止められたのか分からない。 それはメガネも同じだった。
「お前たちその呪文をどこで覚えた!? それは……魔王の復活の呪文だぞ!?」
――その時! 城中のガラスがバリンッ! と一斉に割れ、屋内だというのに台風のような突風が吹いて様々な家具や物が吹っ飛ぶ!
人々の悲鳴と共に天井から漆黒の影が現れたかと思うと、中から人影が現れた!
「よくぞ復活させてくれた人間! 我こそが魔王……! 今ここに復活ッ!」
上空から響く不気味な声……!
「何という事だ……!?」
王が絶望の声で言う。
「魔王が、復活してしまったッ!」
「あぁ……ライカさん、やってしまったっすね」
メガネは冷静な顔で見ている。
「な、なんでやねぇえええん!?」
叫ぶライカ。 ちなみにマーシャは風で吹っ飛ばされながら寝ていた。
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