第七章(1) 『目が覚めたら女騎士になってイケメン魔導士たちといっしょに世界を救っちゃったけど魔王から求婚を申し込まれちゃったぜ☆』



「なにこのラノベみたいなタイトル……」

 メガネは日記帳を見ながら頭を抱える。


 『ドア』をくぐった先は町だった。

町の中は大勢の人々で賑わっており、建物は木造が多く景観はさながら中世のヨーロッパのようで町の人々が着ている服も中世チックだ。

遠くにはお城も見える。


「ラノベってなぁに?」

 ライカが能天気に聞いてきた。

「ライトノベルってジャンルの小説ですよ。 略してラノベ。 最近は紙媒体が減ってて電子ブックでの試し読みが主流だから、一昔前の『表紙買い』ってのも少なくなってるんです。 だからこんなごてごてのラノベ系のタイトルを付けるのなんてアマチュア投稿サイトぐらいしかないと思ってたんですけど……」

「それってどういうジャンルなのぉ?」

「いや、今言ったようにラノベってジャンルです……。 ええっと……学園ラブコメとか、転生モノとか? ほら、深夜のアニメでよくやってるじゃないですか。 ああいうポップで気軽に観れる感じの原作小説の事を、ラノベって言います」

「ああ! わかったぁ! 私好きだよ! 転生モノ!」

「私はあんまり好きじゃないです」

「なんでぇ?」

「だってどの作品も大体似たような流れじゃないですか。 何か普通の子が事故にあったりして異世界に飛ばされて、そこから何故か何の脈絡もないチート能力発動して何故かモテモテになって……」

 話している最中、メガネの拳は固く握られていた。

「この間観たアニメはそんな感じじゃなかったけどなぁ?」

「そりゃ中には周りと一味違う作品もありますけど、そんなの森の中でアリんこ一匹見つけるぐらいの途方もない作業ですよ! 人間考える事はみんな同じなので、集中しているジャンルを狙えば必然的に似たようなジャンルしか出来上がらないんです! あぁ……新人賞の下読みさんの苦しみが痛いほどよく伝わります!」

 握った拳をプルプル震わせながらメガネは天を仰ぐ。


 ――その時、遠くから白いローブに身を包んだ女が走ってくる!

 女は急いでいるのか、こちらの存在に気づかない! 

メガネはその女を避けようとしたが、何故か避けた先に方向を変えて突進してきた!


 バーン!


 メガネとその女は正面からぶつかって地面へと転んでしまう!

「う、うーん……」

 目を開ける。 ……ローブの女がうつ伏せでメガネに覆い被さっていた。

「ちょ、大丈夫二人とも?」

 ライカが心配して二人に聞く。

「わわわッ!?」

 ローブの女がハッとしておどおどしながら顔を上げる。 髪は金髪で、目は青く、どことなく幼い顔立ちに子供のような声。

「すすす、すみませんお姉さんッ!」

 女はメガネの上から離れると、ぺこりと頭を下げた。

「ととと、とっても慌てていたもので! 前を見てませんでしたッ!」

「いや私避けたけど、けっこうホーミング力あったよねキミ?」

 慌てる女にメガネは冷静に対応する。 見た目と態度がメガネの嫌いなキャラだった。


 ローブの女は遠くに見えるお城を指さす。

「じじじ、実は……お城の方で勇者様たちの凱旋パーティがあって、私そそそ、そのお城でお歌を披露することになってて――」

「いや聞いてないから、てかキミだれ?」

 メガネは死んだ魚のような目になりながら聞いた。

「わわわ、私ったら自分のことばかり! ごめんなさい!」

「いや、いいから質問に答えてくれる?」

「アイちゃん……顔怖いよぉ?」

 ローブの女は泣きそうな顔になるが、必死に涙を我慢する。

「私の名前、マーシャっていいます!」

「はい、マーシャさん。 別に怒ってないから、もう行っていいよ?」

「じじじ、実は、ここであったのも何かの縁! 頼みたいことがあるんです!」

「断ります」

 即答だった。

「まぁまぁアイちゃん、話だけでも聞いてあげようよ! 彼女、困ってるみたいだしさぁ」

 ライカはマーシャに向き直ると、笑顔で言う。

「マーシャちゃん、何を困ってるの?」

 ライカの優しい問いかけに、マーシャはパァっと笑顔になった。

「はい! 実は私、とってもあがり症で、ある薬を飲まないと緊張して歌えないんです……魔王を倒した勇者様たちの大切な凱旋パーティで歌えなくなったら大変です! でも薬は特別な薬草を用いて製法されてて、その薬草は町を出てすぐの丘に居るはぐれゴブリンしか持ってなくて、そいつを倒さないと手に入らないんです……」

 マーシャは俯きながらこちらをチラチラ見ながら続ける。

「それで……はぐれゴブリン……一緒に倒してもらえませんか!?」

「断ります」

 メガネは即答する。


「あのね、私たちやらなくちゃいけない事があってさ。 時間が無いわけよ」

 無慈悲なメガネの言葉に、マーシャは涙目になる。

今にも泣きだしそうなマーシャを見て、ライカが間に入る。

「アイちゃん! この章のサブタイトル思い出して? もしかしたら勇者の中に研究員が居るかもしれないじゃない? お城って言ったらたぶん一般人は入れないと思うの。 この子お城に入れるぐらいの結構重要なポジションぽいから、お城に入る条件に一つ協力してあげない?」

 意外にも頭の回転が速いライカに、メガネは驚く。 確かに、その手もあるな。

「はは、はい! お城に入りたいのでしたら、私が協力できます! ですから、どうか!」

 マーシャはもう一度ペコリと頭を下げた。 メガネは渋々了承する。

「……わかった。 んで、そのはぐれゴブリンとやらはどこに居るの?」

 マーシャはパァっと人懐っこい笑顔を見せると、「こちらです!」と言って案内を始めた。




 町の外へ出てからしばらく歩き、丘の上まで来る。

 辺りは大草原が広がり、遠くの景色は山ばかりだ。 生活不便なんだろうな……とメガネは思った。

「考えたんだけど、私たち武器無いんだよな……」

 ここまで来て自分たちが手ぶらである事に気づく。

「大丈夫です! はぐれゴブリンは弱いです! 激弱です! ぶっちゃけ私一人でも倒せるぐらいです!」

 じゃあ最初から一人で倒せばいいんじゃないか? ……と、メガネは思ったが面倒くさいのでいちいち言わない。


「ほら! この穴を見てください!」

 マーシャが地面に空いている小さい穴を指さす。

「この穴の中にはぐれゴブリンが住んでいます! この穴の中に……」

 マーシャは懐からボトルを取り出すよ、その中身を穴の中に注いでいく。

「マーシャちゃん、それなにぃ?」

 ライカが気になって聞くと、マーシャはにっこりと笑って答える。

「毒ガスです!」

「残酷すぎでしょぉおお!?」


 しばらくすると、穴の奥の地下から絶叫が聞こえてくる。

「この声は!?」

 メガネが身構える。

「はぐれゴブリンです! 逃げ足が速いので逃がさないように取り囲んでください!」

 メガネとライカは均等に間を取って逃げ道を極力少なくする。


「来ますよ……!」

 突然、穴が割れて地面から何かが飛び出してきた!

 それは、羽が生えて毛むくじゃらでふわふわした可愛らしいネズミ(?)だった。

「はぐれゴブリンです! 逃がさないで!」

「こ、これがゴブリン!? なんか、想像と全然違うんだけどッ!?」

 はぐれゴブリンがメガネの方へ向かって走ってくる!

「捕まえてください!」

 いや、噛まれたらやだなあ。 それになんか可哀そうだなあ。 メガネの一瞬の思考はそんな感じだった。

 立ちふさがるメガネを見て、はぐれゴブリンは立ち止まる。


「ぼくたちがなにをした! いまいましいにんげんども! こきょうをやきはらい、いちぞくをねだやしにするのにあきたらず、こんどはせんとうしいのないものまでくちくするつもりなのか!」

 可愛い声ではぐれゴブリンは叫ぶ。 てか、人語喋れるのか!?

「捕まえた!」

 動揺するメガネを尻目に、敢えなくマーシャの手によって捕まるはぐれゴブリン。


「やめろ! やめてくれにんげん! ぼくたちはなにもしていない! たすけてくれ!」


「あ、あの……なんか言ってるよ!?」

「気にしちゃだめです! こいつら、殺す時いつもこう叫ぶんです!」

 マーシャははぐれゴブリンの首へ手を回すと、一気に締め上げる。

「死ね! 死ね! 死ねぇええええええ!」

「ま、マーシャちゃん!? 薬草が手に入ればいいんだよね!? そのネズミ殺しても何にもならないよ!?」

「死ね! 死ねぇえええええ!」

 ライカの言葉は届いていないようだ。

鬼のような形相ではぐれゴブリンの首を締め上げるマーシャ。 ゴブリンは口から泡を吹きながら白目を剥いて痙攣している。


{やめたげてよう!} {なにこれ残酷すぎだろ} {マーシャパイセンやばい}


 コメントもドン引きの声があがっている。

「やめなさい馬鹿!」

 メガネははぐれゴブリンを締め上げるマーシャの背後へ近づき、後ろからヘッドロックを仕掛けた。

「ぎょ! ギョゴゴ!?」

 マーシャは苦悶の呻き声を発しながらはぐれゴブリンの首から手を放す!

「ライカさん! そのネズミを安全なところへ!」

 ライカは気絶したネズミを抱えるとマーシャから少し離れた場所に置いた。


「あんたねえ!? 自分が何をやってるか分かってる!? ええ!? 無益な殺生って知ってる!? おおう!?」

「ググ、ギブ……ギブギブ……!」

 マーシャはメガネの腕をぺちぺちと叩く。

「反省しなさいガキ! もう生き物を無暗に殺さないって約束しなさい! 約束できる!?」

「や、やくそくちまちゅ……!」

 メガネはその言葉を聞くと、マーシャから手を離した。 マーシャはゲボゲボと咳をしながら地面に倒れこんだ。




「てわけで、あなた達の持っている薬草が欲しいんだけど、少しくれないかな?」

 メガネとライカははぐれゴブリンに薬草を分けてくれるよう説得していた。 はぐれゴブリンは黙って聞いている。

「このガキがもう馬鹿な真似をしないよう、キツく言っておくから、今日の所はどうか……」

 メガネは正座するマーシャの頭を地面に力いっぱい擦り付ける。

「ほらガキ! あんたも何か言いなさい!」

「うう……ごめんなしゃいはぐれゴブリンしゃん……もう悪いこそしましぇんから薬草くだしゃい……」

 号泣しながらはぐれゴブリンに訴えた。

「しかたがないなあ」

 はぐれゴブリンがニコッと笑う。

「いいよ」

 メガネとライカは半ば諦めていたのだが、意外とあっさり了承してくれるはぐれゴブリンに驚く。

「え、いいの?」

 メガネが驚いて聞くと、はぐれゴブリンはにっこりと笑う。

「つらいときはおたがいさまだよ! ほら! これもっていって!」

 はぐれゴブリンはどこから取り出したのか、何か液体の入った瓶をマーシャに渡す。

「あのやくそうがほしいってことは、これをつくるつもりだったんだよね? いっぱいあるからひとつもっていきな」

 マーシャは瓶をはぐれゴブリンから受け取る。

「ご、ゴブリンさん……ありがとう……」

「そのかわり、このさきこうえきをしようよ。 まーしゃがたべものをもってくる。 それをぼくがこのくすりとこうかんする。 どうだい?」

「それはすごくいい考えだね……! うん、そうしようゴブリンさん! これからもよろしくね!」

 ああ……新時代の文明始まったな……とメガネは思った。

ライカは感動して何故か泣いていた。


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