第四章 『異世界への扉』
――君たちは『シミュレーション仮説』というものを聞いたことがあるか?
この世界が物理的な世界ではなく、デジタルによって創造されたバーチャル空間であるという仮説だ。
どこの情報機関も未だ断定していないが、現に世界中にある我々のような秘密機関はその仮説が真実だと断定している。
そう、この世界はデジタルの中に存在する仮想世界なんだ。
だがまだその裏付けとなる立証が成されていない。 この世界の真実を立証することが危険なことなのか? それとも人類にとって有益となるものなのか? それを調査する組織が、俺たちというわけだ。
今回ここで行われていた実験はシンプル。
インターネットで考えてみてほしい。 君たちは何か情報をネットで探す時、検索エンジンを使うはずだ。 その中には無数の膨大な世界が広がっている。
あらゆる情報があらゆるウェブサイトに散りばめられ、知識、事象、思惑が無限に広がるそんなネットの世界。 そして近年のAi技術の発達により、人工知能はそれらの情報を吸い取り自己学習をして新たなる人格を形成していく。
最近流行っているアンドロイドの人格形成もこのネットでの自己学習を元に成されている。
我々のこの仮想世界の構築も、理論は変わらない。 元となった『何か』を複合的に継ぎ合わせて作られた世界だ。
そしてその継ぎ合わせの世界は我々の世界のすぐ隣に無数に存在している。
そう、君たちがよく知る『パラレルワールド』だ。
俺たちがすることは、その異世界に行ってその存在の証明と、それらを俺たちが扱える代物なのかを確認することだった。
この奥に、それらの大規模な実験を行える施設がある。 俺たちはそれを『ドア』と呼んでいる。
しかし一ヶ月前、ここに常勤していた研究員が三人。 ドアから異世界に行ったまま帰って来なくなってしまった。
最初は一人、そして助けに行ったもう一人、そして最後の一人って具合にな?
屋敷は有事の際に備えてセキュリティロックシステムが起動するようになる。 そうなると、この屋敷のすべての扉はロックされ、外への干渉が不可能になってしまうんだ。
そこで頼みがある。 お前たちに、彼ら三人の研究員をその異世界に行って助け出してきてもらいたいんだ。 そうすればロックは解除される――。
「あの……それマジバナ?」
メガネが眉間に皺を寄せる。
「ああ、大マジだ。 残念だが拒否権はお前たちにはない。 ちなみに――」
CATは手を広げる。
「この屋敷で起こっている事を上層部は知らない。 知っているのはここに居る俺たちと異世界に行った研究員だけだ。 上層部にこの事がバレたら証拠隠滅のためにこの屋敷は跡形もなく消滅するよう仕掛けがされている。 そうなれば研究員は助けられないし俺も消滅する。 そんなことにならないよう、上層部には偽の定時連絡をこの一ヶ月間流し続けた。 扉を開く条件は第三者が外から扉を開けるか、研究員三人をこの世界へ助け出すしかない」
「それでこの屋敷に人をおびき寄せるような日記帳を外に捨てたわけね?」
メガネはリュックから例の日記帳を取り出して表紙を見せた。
「ああ。 でも一週間前に来たガキたちは俺を見た瞬間に逃げられた……だから、今回はこうして時間を置いて登場したわけさ」
CATは笑う。
「本来はこの屋敷、関係者の出入り以外は地下に格納されている。 だから通常はここを通る一般人や衛星には気づかれないんだが、状況が状況だ。 俺がシステムを少しいじって常時地上へ露出するようにしておいた。 ツタが絡まった屋敷の景観を見たろ? あれも一応カムフラージュだ」
「その得意なシステムいじりをここから出るように変更はできなかったの?」
「屋敷の施錠プログラムは別格だ。 俺でも変更は不可能。 それにあいつらには愛着もある。 見捨てることはできない。 それと――」
CATはそこで目を閉じて、深呼吸をしてから口を開く。
「俺はアンドロイドなんだ。 屋敷に常勤する研究員たちの世話やサポートを担当している。 そして情報漏洩の観点から、この屋敷を出ると俺の中の自己破壊プログラムが作動し自壊するように設定されている」
「あ、アンドロイドなのあんた?」
「もういや~こんなところ~!」
ライカが突然狂ったように叫びながらテラスの窓へ突進する。
「ライカさん!?」
「こんなところ! 早く出たい~!」
ライカは近くにあった椅子を持ち上げると、何故か椅子を使わず窓へそのまま体を激突させた!
「ぐべぇッ!?」
……椅子は無傷だった。 窓は割れず、体当たりの反動でライカはバウンドするように地面に転がる。
「だ、大丈夫ですかライカさん!? え、バカなの?」
メガネが倒れたライカを抱き寄せる。 ライカは目をくるくる回していた。
後ろからやってきたCATが窓をコンコンと叩きながら言う。
「特殊強化ガラスだ。 ロケットランチャーでも壊れない。 この屋敷の全体が厚い装甲で守られている。 自力で出るのは不可能だ」
その後、CATの案内で奥の道へ行くと少し広い空間に出る。 そこは様々な機械が並んでおり、まさしく実験ルームと呼ぶに相応しい場所だった。
中央には一つの大きな『ドア』が立っている。
「まず最初に救出してもらいたいのは斎藤蘭(さいとうらん)だ。 この研究所の記録担当だ。 今異世界設定を蘭の居る世界に設定した。 『ドア』から入ってくれ。 本当は俺も行きたいところだが、上層部に館が無人になった事を知られるとまずい。 すまないが頼む」
CATが端にある機械を操作しながら言う。
メガネはドアの扉を開けようとするが、付いてこようとするライカが気になって聞く。
「ライカさんはここに居てもいいんですよ?」
「絶対いや! あんな気味の悪い奴と一緒に居るよりアイちゃんと居た方が全然マシ!」
一人で行くよりは寂しくないが、別に心強い存在という訳でもない。
メガネは一応ライカに礼を言うと、二人でそのドアを開けた……。
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