第五章(1) 『ウイッチ・オブ・ザ・リビングデッド』(1)



そこは大きな広場で、中央にある炎の柱が空へ向かって立ち上っていた。 周りは西洋風の街並みが広がり、レンガ造りの家に、赤く染まった空が不気味な街の景色を照らしている。 


≪メガネ、聞こえるか? そちらの状況を伝えてくれ≫

 イヤホンからCATの声がする。

「ああ、はいはい? えっと、なんか街? みたいなところに出た」

 後ろを見ると、ドアが閉まっている。

≪よし、その近くに斎藤蘭の生体反応が検出されている。 見つけ出してこちらの世界に連れ戻してくれ≫

「他の研究員は?」

≪そこではない別の異世界に居る。 まずは蘭を頼む≫

「なんでみんな助けに行ってそれぞれ別の世界に散らばったわけ?」

≪わからん≫

 CATはそう言うと通信を切る。

 まったくわけがわからない。 しかし、扉をくぐったこの世界は明らかにさっきまで居た屋敷の周辺とは別物だ。


「凄いな……本当に異世界なんてものがあるのか……」

 メガネは感心しながらも、森田に呼びかける。

「森田くん聞こえる? ドローンの映像見えてる? この景色」

≪は、はいメガネさん。 これはなんというか……すごいですね≫

 森田も驚きを隠せない様子だ。 コメントを見る。


{異世界はじまたw} {なにこれww} {街?} {え、これ映画?}


 コメントも信じられないといった反応が多い。

「あの、皆さん! 信じられないと思いますけど……というか私も俄かには信じられませんが、これ現実です! 本当に異世界っぽいです! ドローンの特殊効果とかじゃないです!」

 一応弁明するが、自分でも信じられない光景をネットの向こうの人間が信じてくれるとは思えない。 森田はこの件はヤラセも仕掛けも無い事を説明している。


「てかアイちゃん、異世界でもネット通じることに驚きなんだけど……」

 確かに……まあ細かい事を気にしても仕方ない。

「とにかく、今は斎藤って人を見つけないと! キャット? そういえばその人の特徴を聞いてなかったんだけど?」

 メガネはCATに話しかける。

≪童顔な顔の男だ。 まあ、会えばすぐ分かる≫

「いやざっくりしすぎでしょ! もっとこう――」

「アイちゃん!」

 ライカがメガネの肩をポンポンと叩く。

「何か……ひ、人の集団がこっちに向かって走ってくるんだけど~!」

 炎の柱の方から大勢の人だかりが二人の方へ走ってくるのが見えた。


「だ、大丈夫……じゃ、なさそうなんだけど!?」

 その人たちの着ている服はボロボロで、顔は血みどろで腐っている部分もある。 みんな気が狂ったような表情をしていた。 こちらに向けている感情は……殺気!?

「ゾンビ! あれゾンビだよぉ~!?」

「あぁ……一旦出直しましょうか」

 メガネはそそくさと元来たドアを開けようとしたが……開かない!?

≪ああ、言い忘れていたが。 安全装置の作動で入ってから一時間はロックされるんだ≫

「キャットぉおおおおお!?」


尚も殺気漂うゾンビ集団はこちらに向かって走ってくる。

「アイちゃん逃げた方が良いんじゃないかなあ~!?」

ライカがたまらずその場から猛ダッシュで逃げる。 メガネも後を追う。


{こんな時こそあすてりだ!} {ゾンビ?} {にげろー!}


「ら、ライカさん! アステリやってください! 効果あるかも!」

「むりむりむり! そんなんやってる暇ないよ!?」

「いいから! もしかしたら何かの間違いで効くかも!」

「何かの間違いってなに!?」

ライカはダメもとで一旦立ち止まり、追いかけてくる集団へ向けて呪文を唱える。


「守護霊よ、自然の守り神よ……どうか、どうか浄化してください! アステリ! アステリ!」

 今までで一番気合の入ったライカのアステリが響き渡る! しかしそれを無視するかのように集団の一人がライカに向かって飛び掛かってきた!

 寸前の所で一歩引いて掴みかかられずに済んだが、ワンピースの裾を掴まれて太ももの部分まで布をビリビリに破かれる!

「ひぃ!?」

「う……ああ……おぅ……!」

 言葉にならないうめき声でゾンビはおぞましい顔でライカを見る。

「ぎゃゃゃゃああああ!?」

 二人は再びそこから逃げ出した!

 それを合図にするかのように、レンガ作りの建物から更に無数のゾンビたちが溢れ出てくる!

「絶賛増量中!? ライカさんアステリ効きました!?」

「効くわけないやろアホぉ! あんなん物理やないけぇ!」

 何故か関西弁になるライカ!

「な、なんで関西弁!? ライカさんカメラ回ってます! 配信中です!」

「うっさいわ! 命の方が大事じゃボケェ!?」


 一心不乱に逃げまどい、二人は街の中へと入っていく。

 後ろからゾンビたちの追ってくる足音が聞こえるが、全力疾走してきたのでもう息も絶えた絶えだ。 このままではまずい!


「ライカさん! あそこの教会に逃げ込みましょう!」

 メガネは偶然目に付いた街の教会を見つけてそこを目指して走った。


幸いにも教会の扉は開いており、二人は中に駆け込むと勢いよく扉を閉めた。

 ……しばらく扉越しで外の音を聞く。

 追ってくるゾンビたちの足音が、こちらに近づいてきて、そして――離れていく……。

 しばらくの静寂が教会に流れる。


「……なんとかやり過ごせた……かな?」

 メガネは恐る恐る教会の扉を少し開けて外を確認するが、外に人の気配はなかった。


「ふう……」

 メガネは扉の鍵を掛け、脱力してその場にへたれこんだ。

「な、なんやアレ!? ゾンビやないかい!? もちっとで食われそうやったでおいぃ!?」

「あぁ、ライカさん……」


{ライカがこわれた!w} {なんで関西弁w} {やり過ごせた?} {迫力ヤバい}


「一応、配信続いてるんで」

 この状況で配信の心配をするメガネもメガネだが、ここから帰った時に厄介な事になりそうなので一応ライカのイメージを壊さないよう配慮しようとしていた。

「え? あ……」

 ライカは一つ咳ばらいをすると、ドローンに向かって言う。

「皆さん? あれ何だったんでしょう? 怖かったですね!」

 瞬時に取り繕うが、メガネは内心イメージダウンは避けられないだろうなと感じている。

「どうか無事にここから帰れるように、そして皆様へこのマイナスエネルギーが行かないように、ここで一旦お祓いをしておきましょう。 アステリ……アステリ……」

 ライカはいつものように人差し指を両こめかみに当てて唱える。


≪メガネさんヤバいっす!≫

「森田くん?」

≪視聴者数が一気に三十万人から五十万人に増えてます!≫

「ま、まじで? な、なんで?」

 驚いた。 現実で起こっている事だが、明らかに現実的じゃない世界でヤラセっぽい。

 こんなんじゃ見ている人も離れていくだろうなと頭の片隅にあったので、これは予想外だ。


≪特にライカさんのワンピースの布が破かれて太ももが露わになった辺りから急激に増えまくってますよぉ!≫

「……」

 ワンピースの裾が破けて白い太ももが露わになったライカを見る。 確かにこれは増えるな……と思った。


「と、とりあえずここは相当に危険な世界って事がよく分かった……キャット!」

 メガネはキャットへ呼びかける。

≪ああ、そのようだ。 十分に気を付けてくれ≫

「ばか! せめてこっちに来る前にこの世界の情報とか分からなかったの!? そうすれば武器とか色々準備できたじゃない!」

≪こっちからはその世界の情報は分からないんだ。 入った奴と交信するしか方法はない≫

 メガネは一瞬ライブ配信の事を伝えようかと思ったが、たぶん消せと言われるだろうから言うのをやめた。

≪だが安心しろ、研究員の蘭はその建物内に居るはずだ。 早く奴を見つけ出せ≫

「私もそうしたいんだけどね」

「てかアイちゃん! ここヤバいよ! こんなところ命がいくつあっても足りないようぅ! 通報してもらお!」

「あ、いやライカさんちょっと落ち着いて――」

 ライカは視聴者へ向かって訴える!

「みんな! ここは○○〇山の○○○○○から○へ○キロ○○○○○○○○○○○!」

 メガネは頭を抱える。 とんでもない状況に身を置かれているとはいえ、屋敷に不法侵入している事を公にはしたくなかった。

「よし、これでみんな警察に通報してくれるはず! あの屋敷も、中から開けられないなら外から開けてもらえればいいもんね! あぁ……早く助けが来ないかなあ」


 トントン。


 突然、もたれかかる扉の向こうから誰かが控えめにノックする音が聞こえた。

「!?」

 メガネはすぐに扉から体を離して距離を取る。

「な……誰?」

 ライカも一瞬にして体を硬直させた。


 トントン。


 再びノックの音が聞こえる。 外に、誰か居るのだろうか?

「ノックをするって事は……ある程度知能がある存在ってこと……。 さっきのゾンビとは違うかも?」

「え……もしかして、例の探してる研究員さんじゃ……?」

 メガネは恐る恐る扉に近づき、外の主に語り掛ける。

「もしかして……斎藤さん?」


「そうだよ」


 男の声で、そうひとこと言った。

 メガネは安堵し、ライカへ目くばせする。

「ここを開けてほしい」

 男の声は尚もこちらへ語り掛けてくる。

「今開けます!」

 メガネは鍵を開けて扉を開けた。

「ありがとう。 開けてくれて」


 そこに立っていたのは、怪物だった。

背丈は二メートル以上で、顔はミイラのように干からびており、口からは細長い舌のようなものが垂れ下がっている。

 真っ赤なコートを着ており、唯一コートからはみ出た手足はまるで女性の手足のように細く綺麗で、足にはハイヒールを履いている。 そして右手にはハサミを握っていた。

 歪で不気味で、この世のありとあらゆる恐怖を集めたかのような、怪物だった。

「な、な、な……!?」

 あまりの異様な見た目でメガネとライカは絶句する。

「アリガトウ……アケテクレテ」

怪物がもう一度話しかける。

その声は扉越しの声とは違い、まるでボイスチェンジャーで重たく変えられたかのように太く、聞く者の心臓を一瞬にして凍らせる。

 すぐにでも逃げなければいけない。 しかし、二人ともまるで石にされてしまったかのように足が動かない!


「だ、誰ですか……?」

 怪物は今度はメガネの問いには答えなかった。

 その代わり右手に持っているハサミを掲げ、その切っ先をメガネに向ける。 ハサミが光に反射し、メガネの目を眩く照らす。

 その光が起爆剤になったのか、突然自分の足が動かせることを悟ると、考えるよりも反射的に体を動かしていた。

 怪物はハサミを物凄い速さでそれまでメガネが居た場所へ突き刺す!

 メガネもライカも、その場から一気に離れる!


「誰ですか!? 誰ですか!? 誰ですかぁあああ!?」

 メガネは何度も怪物に問いかけるが、怪物は答えずに二人を追いかけ始める!

 もちろんメガネも答えてくれるとは思っていない。 しかし頭が混乱して直前に自分が発した言葉しか出てこない。

 二人は教会にある扉を開けて、二階へ続く階段を駆け上がる!

 一心不乱に階段を駆け上がるが、後ろから付いてくる怪物は下段から踊り場までその長い足を使って一瞬にして上がってくる!


「なんやあれ!? なんやあれ!? ねえアイちゃん!?」

「知らない知らない! とにかく逃げろぉおおお!」

 上階に着き、長い渡り廊下を走る二人。

 だが途中でメガネの足がもつれてライカと一緒に転んでしまう! 起き上がろうとしたその時、後ろから吐息が聞こえる――。

 怪物が、もう目の鼻の先に迫っていた。

「「きゃぁああああ!?」」

 二人は初めてホラー映画っぽい悲鳴を上げながら互いに抱き締める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る