第三章 『森の中の廃屋敷』
≪二人とも、準備は良いですか? さっきまでライブ配信を見ているリスナーさんに、ミステラ特別コラボと今日の廃屋敷の概要を説明してました。 今は待機画面出してます≫
耳に着けているイヤホンのスピーカーから森田の声が聞こえる。
「オーケー森田くん。 視聴者数は?」
≪現在三十万人です! ミステラや各種まとめサイト、SNSでの告知で広まりましたね! 期待値マックスっすよ!≫
メガネがライカに現在のライブ視聴者数を伝えると、ライカは嬉しそうにほほ笑む。
「よしよし……いいよ森田くん! こっちのウアジェットにもリスナーのコメント表示できるかな?」
少し待つと、片眼鏡にも視聴者のリアルタイムのコメントが表示された。
{楽しみ!} {まだかな~} {ライカちゃん今日はどんな服かなあ}
「よし、完璧! じゃあライカさん! 準備はいいですか?」
発声練習をしながら、ライカはメガネにタクティカルベストを返した。
「いつでも大丈夫ですよ~」
メガネはベストを着なおす。
「よし、じゃあ森田くんお願い」
≪行きますよ……じゃあ三……二……一……どぞ!≫
ネット中継が繋がる。
「皆さんこんにちは! ミステラ編集ライターのメガネでっす! 今日は休日の貴重なお時間で配信をご覧くださって誠にありがとうございます!」
三機の内一機のドローンが自動的にメガネの目の前に来て映像を映す。
「すでに森田くんの説明にもありましたが、今回はこの廃屋敷に突撃取材をしたいと思います! 不可解な屋敷の秘密は果たして解明できるのか!? ご期待ください!」
{メガネちゃん!} {右目につけてるの何?} {森} {土曜日にも仕事か}
「そして、今日はあのスピリチュアリストとしても有名な転生来花さんにも起こしくださいました!」
メガネが紹介すると、次にドローンはライカの顔を映す。
「どうもみなさんこんにちは。 ライカです」
{ライカちゃん!} {ライライ!} {あすてりあすてり} {ワンピース可愛い!}
「ライカさん、今日はありがとうございます! 早速ですけど、どうですか? この辺一帯の雰囲気というか、オーラみたいなものは?」
ライカは少し眉をひそめながら首筋を揉む仕草をする。
「ちょっとね……うん……さっきから首筋が痛いんですよ……ね」
「首筋?」
「うん……そこまで悪い存在じゃないとは思うんですけど、うん……ここから先は行くなって警告してるのかもしれない」
「大丈夫ですか? こんなに早くからこんな症状が出るってけっこうヤバいですよね?」
「うーん……そうね……だから本当は行かない方が良いんだと思うのね。 たぶんあの目の前の屋敷からちょっと危険なオーラがこっちに出てると思うんだけど、ああ……分かんないわ。 もしかしたら私の守護霊が行くなって言ってるのかもしれない」
{ヤバそう} {すでにあすてり案件} {よし、やめよう} {どこだろうココ?}
コメントで心配の声が寄せられる中、一通り苦しんだ芝居をしたライカは再びカメラに向き直る。
「ちょっと一回皆さんでいつものやりましょうか」
ライカはそう言うと、両人差し指を左右のこめかみに当て……。
「どうか私たちをお守りください山の守り神様守護霊様、アステリ……アステリ……」
呪文のようなものを唱える。 コメントも{アステリ}の文字で埋め尽くされる。
「これで大丈夫です。 行きましょうか」
その後メガネが少し今日の流れを視聴者に説明したあと、二人は館へ向かって歩き出す。
ちなみに何も話さない時は森田がライブ映像を解説したり感想を言ったりしていた。
「ええっと、玄関です。 開くかな?」
メガネはツタの絡まる玄関の両開きドアを開ける。
「お、開いた」
意外にも、ドアはするりと開いた。 屋敷のホール内は外観より綺麗で、それほど朽ちている印象が無い。 二人は慎重に中に入る。 大時計のチクタク音がホールの環境音だ。
最初に目に付いたのは正面にある大きな階段だった。 階段は二階に続いており、下の階にも上の階にも別の部屋へ続く様々な扉がある。
「凄い洋風な感じですね……中はけっこう綺麗というかまるでちょっと前まで人が住んでいたような雰囲気がしますね。 時計もまだ動いてる……?」
そこまで言ってメガネは少し不安になる。 これで本当に人が住んでたいらまずいなと。
「うーん……これはちょっと危険な空間ですね……」
ライカは深刻な口調で言う。
「何か……見えますか?」
ライカはメガネの問いに少し間を置いて答える。
「そこのね……二階に子供が居てね……すっごい睨んでるの」
「え、どんな子供ですか?」
「うんとね、おかっぱで、背は小さくてね、なんか白い制服着てて……来るなー来るなーって言いながら睨んでる」
「ここに住んでた子供?」
「たぶん外から来たのかな……ここが居心地よかったみたいで居付いちゃったんだろうね。 んで、下の階も動物の低級霊がけっこう歩いてて、みんな威嚇してる」
迫真の演技だ。 メガネはライカに感心しつつも、制限時間の事もあるのでやり取りを手短にしながら他の部屋へ進む。
ホールから右にある部屋へ入ると、そこは食堂のようだった。 長めのテーブルの上に、空の食器が三人分並べられていた。
「これ食事する前にここから居なくなったって事ですよね? 気味悪いな」
メガネが素直な感想を口にする。 食器には埃があまり付いていない。 メガネは更に不安になる。
食堂を出て、次はホール左の部屋を見る。
中は広く、ピアノや大きなプロジェクタなどが置かれている。
「パーティールームかな?」
メガネの言葉にライカが答える。
「踊ってますね」
「はい?」
「なんか、スーツを着た人たちが踊ってます。 たぶんパーティーしてるのかな?」
メガネはそんなことあらへんやろと思いながらコメントを見る。
{貴族たちが居るのかな?} {こわ!} {私も踊りたい!} {幽霊パーティ}
特に心配はいらないと感じホッと胸を撫でおろす。
「あ、なんか向こうにテラスがありますね」
メガネは奥にあるテラスに気づき、外へ続く窓を開けようとするが開かない。
「開かない……」
どうやら施錠されているようだ。 窓はビクともしなかった。
次に、メガネたちはホールの二階へと続く階段を登って右の部屋へと入る。
中は廊下になっており、いくつか部屋がある。
「客室とか寝室かな?」
適当に選んだ部屋に入る。 中はホテルの一室のようになっており、中央にベッドが置かれ、テレビやチェストなど生活感のある空間が広がっていた。
テーブルの上には空のコップが置かれて、その横には書類が乱雑に並べられている。
メガネは書類をひとつ手に取ると読む。
それはメモのようで、紙には走り書きでこう記されていた。
『これからドアに入る 嫌だ』
「あ~これは……」
ライカがおもむろに口を開く。
「この周辺でこの人亡くなってますね……」
「え? これを書いた人ですか?」
「はい。 この紙から強い思念を感じます。 多分この直後に自ら命を絶ったと思います」
「ここに住んでた人……ですか……」
それにしても紙が新しい。 埃もついていない。 いたずらだろうか? いや……。
「ちょっと皆さんすいません!」
メガネの中である不安が渦巻く。
さっきから割と生活感があり、そのどれも新しい。 もしやこの屋敷、まだ人が住んでいるのではないだろうか?
だとすると自分たちは不法侵入という事になる。 誰かに見つかる前に屋敷を出ないと。
メガネはこちらの音声をオフにして森田に言う。
「森田くんヤバい。 この屋敷多分まだ人が住んでる!」
≪マジっすか!?≫
「下見しとくべきだった~! ちょっと配信ここで終わるわ。 屋敷から出て体調悪くなったフリするからそこで配信は終わりにして」
≪わ、わかりました!≫
メガネはライカにも同じように説明したあと音声をオンにしてホールの玄関へと走る。
玄関へ到着すると、さっきまで開けてあった扉が閉まっていた。
「あれ? さっきまで開けておいたのに……ライカさん閉めました?」
「い、いえ……私は閉めてませんよ?」
メガネは扉を押したり引いたりするがビクともしない。
「え、開かないんですか?」
ライカもたまらず不安な様子で聞く。
「開かない……なんで? 誰かが閉めた?」
ライカも一緒になって開けようとするが、扉はまるで溶接されたかのように動かない。
見たところ鍵穴も無く、施錠されているかも確認はできなかった。
「その扉は開かない」
突然、後ろの階段から男の声がした。
「――!?」
やはりまだ誰か住んでいたのか!? メガネとライカは驚いて振り向く!
そこに居たのは――。
子供――だった。 おかっぱの女の子で、背は低く学生服のようなものを着ている。
しかし見た瞬間、通常の人間ではないという確信を感じた。
頭からつま先までまるで二頭身のサイズ感、顔は普通の人間の二倍以上はある。 顔の造形は、人間の顔をおかしく絵に描いたようにデフォルメされ……そう、まるでアニメのキャラクターがそのまま現実に出てきたかのような!
「え? え?」
ライカが驚愕の表情で口をパクパクさせている。
{幽霊!?} {なにこの萌えキャラ!?} {なんか出たw} {女の子?}
「おい、怖がるな」
目の前の女の子が喋る。 めちゃめちゃダンディーな男の声だった。
{めっちゃ男の声じゃん!?} {こわ!} {なにがおきてる!?} {声かっこいい}
メガネは身構えながらも頭を下げる。
「あ……ご、ごめんなさい! 誰か居るって知らなかったもので! 廃屋敷かと思ってイタズラに入ってしまいました! すぐ出て行くので!」
「出られねえよ」
「え」
女の子は近づいてくる。
「ごめんなさいごめんなさい! ほんの出来心だったんです~! 許してください~!」
ライカは腰が抜けながらも女の子に懇願するように泣きわめく。
「この屋敷はもう中からは絶対に開かねえ。 諦めな。 まずはお嬢ちゃんたちの名前を教えてくれ」
女の子はメガネたちの目の前で立ち止まる。
「あの、私は妖解社のオカルト雑誌月刊ミステラの編集ライターの女鐘愛です! こっちはスピリチュアリストの転生来花と言います! 私たち、雑誌の記事作成のためにこの屋敷に取材に来てて、取材許可を取ろうとしたんですけど所有者が分からなくて――」
「俺の名前はシーエーティーと書いてCAT(キャット)だ。 よろしく」
女の子はCATと名乗った。
「は、はあ……キャット……さん?」
突然の自己紹介に、メガネは意表を突かれる。
「あ、あの……あなたはここの住人……ですか?」
「住人と言えば住人だ」
「でしたら申し訳ありませんでした……責任は私の会社が取りますので、連絡先を――」
「いや、その必要はない」
「というと?」
「ちょっと来てほしい。 まずはこの状況を説明したいんだ」
CATはホールの左の扉を開ける。 さっき入ったパーティールームだ。
「ほら、入ってくれ。 心配すんな取って食ったりはしないさ」
メガネは腰が抜けてその場に倒れたライカに肩を貸す。
「ほら、ライカさん行きましょう」
森田から通話が入る。
≪今音声オフです! メガネさんどうします!? 一旦配信切ります!?≫
「いや、切らなくていい。 このまま映しておいて。 何かあったら通報を……」
メガネは小声でそう言うと、森田との通信を切る。
部屋に入ると、CATが部屋に置いてあるピアノで何やら曲を演奏する。
弾いている曲は、『EL BIMBO』というタイトルの曲だ。
「な、なにやってるのあの人……?」
ライカが心配そうに聞いてくるが、メガネにもよく分からない。
一通り曲を弾くと、プロジェクタが掛けてある壁がゆっくりとスライドしていき、奥へと続く空間が現れた。
「何これ……」
「さあ、この奥だ。 来てくれ」
CATが開いた道へと案内しようとする。
「待ってください。 どこへ連れていくつもりですか?」
さすがに得体の知れない奴と未知の場所へ行く勇気はなかった。
「ドアだ」
ドアって……なんだ? メガネは思考を巡らせるが、それ以上の想像ができない。
CATは沈黙する二人を見て頭を掻く。
「ああ……そうだよなあ。 仕方ない。 説明させてくれ」
CATは手近の椅子を二つ持ってくると、メガネとライカに座るよう促す。
「このままで結構です」
メガネの言葉に、CATはため息を吐きしばらくしてから口を開く。
「この屋敷はとある機関が秘密裏に建造した研究施設だ。 国も把握してない」
「研究施設? なんの研究施設なんですか?」
「多次元世界の存在の立証、及びその制御を目的とした研究だ」
「多次元……え?」
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