弥陀羅修二の孤城

 八月七日 午前八時


 日隈沙織は町郊外の住宅街を訪れていた。

 駅前のマンションに住んでいる彼女からすれば不規則的に並ぶ箱の住家は物珍しく、時折庭に可愛らしい着色の小屋を見つけると、近寄って声をかけて回った。


 地域一帯の番犬達にしっかり顔を覚えてもらったところで、私は手書きの地図を頼りに一軒の家屋へと向かった。

 表札には確かに「弥陀羅」と石に字が彫ってある。


 インターホンがなかった為、軽く咳払いをした後、ドアを数回叩いて言った。


「弥陀羅さん?」


 少しすると家の中からドタンバタンと騒音が響き、少し開いた扉の隙間に弥陀羅修二が顔を覗かせた。


「もう事情聴取は終わったのか」


 病院で見た時と変わらない黒ずくめの服装に白い肌、彫りの深い目元に高く突き出た鼻が目につき、よくよく見ると西洋辺りの血が入っていそうな見た目をしている。


「お陰様で。 でも警察の人、弥陀羅さんの事探してましたよ?」

「……名前とか住所とか、紙に書いたことを話したりしてないだろうな」

「まあ一応。 ……覚えてないから断言できないですけど」


 彼の眉間にいくらか線が刻まれ、部屋の奥へ頭が引っ込んだ。

 扉が閉じなかったので入室許可がおりたのだと受け取り、弥陀羅に続くことにする。


 室内は思いのほか清潔感のあるシックな風合い。

 広さや家具の数を鑑みるに一人暮らしとは思えなかったが、辺りが気になる私を見かねてか弥陀羅が「死んだ両親の遺した家だ」と説明をしたことで疑問は晴れた。


 持ち主の居なくなった弥陀羅宅は現在は父方の祖父母が管理しているらしく、たまに掃除をしにこの家を訪れるそうだ。

 そんな身の内話を聞きつつリビングルームの開口部をくぐると、私はその異様な光景に愕然と口を開けた。


「なんですか、この部屋……」


 疑問点を上げればキリがないが、あえて指摘するならば部屋の明るさだろうか。

 全ての窓には遮光カーテンが設置され、照明は赤黄色の電球だけ。

 家具などは普通と変わりないだけに、ただ暗いだけなのがここまで不安感を煽るのかと関心さえ覚えた。


「部屋が暗いと、何かと都合が良くてな。 今、カーテンを開けよう」


 朝日が出ている東側のカーテンが開け放たれると、ベッドに潜り込んだ時のような暖かく心地よい感触が肌を包んだ。


「……最近、この街で起こっている連続性のある事件……何かわかるか?」


 椅子に座りながら弥陀羅が聞いた。


「連続かは怪しいですけど、心当たりがひとつだけ」


 七月二十七日、私の通う高校はその日から夏休みに入り、学校となんの接点も無くなった私はテニス部の友達伝いにある噂を耳にした。


 二年C組の女子生徒二名が昨日から行方不明。

 最初は親に無断でどこかに泊まりに行っているのだとか、重く見積って軽めの家出くらいだろうと周囲の人物らは考えていたが、日が過ぎていくにつれて事態はだんだんと深刻さを増していった。


 彼女らの両親や仲の良かったクラスメイト、警察も含めて総勢五十名あまりの捜索隊が町中を探しているがまだ発見には至っていないという。


「そう、それだ。 F校連続失踪事件、とでも言っておこう。 ……で、この際概要は省くとしてだ」


 弥陀羅はいつくか積み上がったダンボール箱の中から缶ジュースを取り出してプルタブを捻った。

 無音の室内に快音が響く。


「俺は連続事件を個人的に捜査している、探偵みたいなものだ。 ……この場合の探偵というのは推理物語で謎を解く探偵のことであって、事務所を構えて依頼を受けてたりはしていないぞ」


 そんな自称探偵の彼が言うには、この連続失踪事件に妙な点がいくつか見られるそうだ。

 まず、今までに失踪した二名の女生徒が八月七日現在も発見されていないこと。

 家出ならば、駅や空港などの諸公共交通機関で目撃情報の一つや二つあってもおかしくない。


 つまり、彼女らの行動範囲は最高で隣町あたりが限界点なのだ。

 にもかかわらず警察や捜索隊をもってしても未だ発見に至っていないということは……


「この町の周辺に居て尚且つ、人目につかない場所に潜伏してるってことですか?」

「希望的観測をするならば、な。 だが実際問題、二人の生きている確率はほぼ零に等しいだろう」


 なにか手がかりが?と聞くと、彼は細い指を突き出して私の頭部を示した。

 一昨日の事件での傷により巻かれた包帯を隠すため、家にあった麦わら帽子を被ってきたのだ。


「七月二十六日、竜崎小百合と八重原鈴音が失踪する。 次は八月一日に同校在籍の美波律子が失踪。 そしてお前──日隈沙織が一昨日の八月五日に襲・わ・れ・た・。 つまりこれまでの一連の事件には加害者と被害者がいる」

「でも、三つには関連性がないですよ」

「そんなものは必要ない。 ダメで元々、こちらは藁にもすがる思いなんだ。 お前が夜中に不審者に襲われた、その事実さえあれば捜査する価値は十二分にある」


 昨夜の事情聴取、失踪事件に関する質問は全くと言っていいほどなかった。

 警察が調べてもいないことをこの男は気づき考察して実行に移そうとしている。

 なるほど探偵と名乗るだけはある、と私は頷くのであった。


「ところで弥陀羅さん」


 私は目線を上にあげまだ熱が残っているであろう裸電球を見据えた。

 自分で取り付けたのか、電球の根元からケーブルが伸びて入口そばのスイッチに繋がっている。


 これだけでもまあ十分珍しいのだが、私が気になったのはそこではなく、ケーブルから分離して取り付けられた物体に対してだった。


「この縄、何の目的で吊るしてあるんですか?」


 別に深い意味があって質問した訳では無い。

 純粋に疑問に思ったから問う、それ以外に意図などなかった。


 だがこの質問は私の想像以上に、胸の奥に取っ掛りを残す後味の悪いものとなる。


「インテリアだ」


 弥陀羅は缶ジュースをゴミ箱に投げ捨て、踵を返すとバツが悪そうに部屋を出た。


 それを外出の合図だと気づくまで約二分の時間を要した。

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