幸運総量と流れ方、或いはとてつもない振り子の動き
熊坂藤茉
そんな事あるかよばっかが起きるの人生難度設定がバグってる
「本日の十三星座占い、最後は獅子座のアナタ! 何と本日近年稀に見るレベルで地味ぃ~にツイてない日! でも今日を乗り越えたらいい事があるよ!」
朝メシの用意中、ニュース番組の星占いコーナーからそんな縁起でもない台詞が飛び出した。
「いやいや、近年稀に見る地味にツイてない日って、そんなんで最下位とかある?」
テレビってのはどうにも誇張して物を言いがちだよなあ、と思いながら昨日セットしておいた炊飯器の蓋を開けてみる。今朝は実家の親が旅行先で買った、メチャウマらしいごはんのお供で三杯くらい食べ――
「――あ?」
米粒の照りを見て覚える違和感。もしやとしゃもじを差し入れて白飯を切れば、その理由は明白だった。
なんか、やわい。
「うっそだろオイ……」
どうやら水加減を微妙に失敗していたらしく、いつもより水分多めで炊き上がっていたようだ。
えっ、いやこのタイミングで失敗とかそんな事あるか? あったから目の前の仕上がりなんだろうけどさあ!
「……水分多めの炊き上がりミスリカバリ方法は、と」
取り乱しても仕方ないのでさくさくスマホで検索だ。幸い粥にでもしないと無理なレベルではなかったので、蓋を開けて放置して水気を飛ばしておくとしよう。その間に着替えるか。
「朝からツイてねえなあ……」
着替えを終えて何とかある程度マシになった白飯とごはんのお供でもぐもぐと食事をしていくが、時間的にも炊き上がり的にも微妙なコレでお代わりをする気には正直あんまりなれない。あーもうさっさと出勤するか!
「せめて仕事くらいはキッチリやらねえと。……先輩にも、迷惑掛かるし」
数日前に誰かさんがくつろいでいたベッドを視界の端に収めつつ、ついそんな風に呟た。
同性相手の〝そういうお付き合い〟は初めてだけど、「恋愛なんて男女関係なくなるようにしかならないぞ。僕らは僕らなりのやり方でいいと思う……というか、スタートがスタートなんだ。余所と比べるのがそもそも無理だろう?」という先輩のウルトラ火の玉ストレートを喰らったこともあり、何かこう、案外どうにかなってたりする。
なんなら先輩的には「恋人がいた経験がある分、色事回りは君の方が先輩なんだからリードしてくれるか?」なんて気分らしく、時々微妙にキラキラした眼差しを送られるのが正直ちょっと心に痛い。
いや今までの恋愛経験って大体告られて付き合って「なんか違う」って言われて振られるばっかだったんすけど!? ある意味先輩が一番すげえよめちゃめちゃ一途だもん……ちょっと一途の方向性がアレだし並行して俺の事そういう対象になっちゃってるからコメントしづらいけど……。
「っし、行くか!」
ぱしんと両頬を軽く叩いて、颯爽と家を出る。出鼻を挫かれた分しっかりやるぞ!
* * * * * * * * * *
……と思っていたのが数分前までの俺だった。だったんだけどさあ……。
「書類の差し戻しが三種類……」
しかもどれもこれも今日の夕方〆切の奴だ。とはいえ終業前に出せれば問題ない、難しくもない内容だ。今回は不幸中の幸いだったけど、三種どかっと渡されるのは流石に堪える。
「マジで何かツイてねえな今日……」
思えば通勤中にスマホを落としてケースを凹ませたのも地味にショックだった。炊飯失敗するわスマホケース凹ますわ書類の差し戻しが発生するわ今日は厄日か……致命傷じゃない感じのだから余計に腹立つ……。
ふと、今朝の星座占いの事が脳裏をよぎる。……いや、いやまさかな? そんな訳があったらどうしよう……な……。
「ま、まあ流石に二度あることは三度までって奴でもうないだろ。ないよな……?」
若干の空元気を浮かべながら書類をちまちま直していると、少し離れた席から先輩が心配そうな顔でこちらに視線を向けていた。これは、心配されてる……!?
心配を掛けてはいけないと、背筋をシャキンと伸ばして業務に励む。我ながら現金だなー! でもほら、このまま頑張りゃ多分何事も――
* * * * * * * * * *
「いやなんで何事が起きるんだよコレ四回目だぞ!」
今度は目の前で食堂の食べたいメニューの食券が売り切れたんだけどどういう事だよ!?
朝が若干残念な感じのそれだったから、昼はしっかり食べる気で意気込んでいただけに割と落胆がデカい……マジでツイてない……。
「おいおい、大丈夫か?」
「あ、先輩……」
「お前今ずぶ濡れの犬みたいな顔になってるぞ。僕でよければ話を聞くが」
憐憫と慈愛の眼差しを向ける先輩に、思わず全力で縋りそうになる。落ち着け、まずは状況を説明しろ。流石に何度も勢いで失敗してたら駄目なんだからな!
* * * * * * * * * *
「成程な、占いでそんな事が。普段ならともかく、ここまで続くと笑い飛ばしてやりたくてもお前がしょげていて無理そうだしな……」
「俺そんなにひっどい顔してます?」
「僕相手にやらかして半泣きで謝り倒していた朝とほぼ同じ顔だぞ」
むう、と考え込む先輩に問い掛ければ、よりにもよってすぎる例を出されて撃沈した。
「あー……それじゃあ相当酷い顔っすね」
「その自覚の仕方もどうかと思うが――よし、気分転換した方がいいだろう。今夜はうちで宅飲みでもしないか?」
「へ」
どき、と胸の音が小さく跳ねる。これは、あの、素直にとっていいのか深読みするのが礼儀なのかどっちだ……!
「え……っと」
「ん? 〝どっちの意味で取ってもいい〟ぞ。どんな方向であれお前の気分転換になるなら、少なくとも僕にも利はあるしな」
くす、とどことなくお茶目な笑みを浮かべてそう返されると、こう、据え膳がカウンター滑って来た気分になるんだけどなあ……!
「じゃ、じゃあ、その」
「うん」
「先輩好きです」
「知ってる事実を再掲されたんだが」
こいつホント面白いな、みたいなトーンで微妙に笑われるの何か変な気持ちになりそうなんですけど! 変な、変な方向には走らないぞ俺は……!
「すいませんちょっと間違えました! あの、先輩が好き、なんで」
「うんうん」
にこにこと笑いながら返事を待つ――どことなく期待しているように見えるのは気の所為じゃないと嬉しい――先輩に、一度大きく息を吸って吐いてから言葉を紡ぐ。
「……そういうつもりで、お邪魔します」
「そうかそうか。なら僕も、そういう心積もりで残りの業務を頑張るとしよう」
心の底から楽しげに、先輩がそう返して来る。蠱惑的にも単なるお茶目や悪戯を成功させた子供にも見えるような不思議な笑みに、思わずくらりとやられそうになった。
「はい! 残業しないようバッチリ仕事してやるっす!」
「お前は一度フラグという概念を学んだ方がいい気がするなあ」
うーんとどこか困ったように笑いながら先輩がそう告げて。――一体どういう事だろうかと思ったその時の俺を、後々めちゃめちゃ殴りたくなった。
* * * * * * * * * *
「どうして……?」
「どうしてだろうな」
ただただ呆然とする俺と、はははと笑うしかない先輩。時刻は二十三時五十五分。あまりにもバッチリとした残業だった。
「流石に明日はお前の代休処理申請を通しておいたが。いやあ、見事なフラグ回収だったなあ」
「あぁー…………」
とぼとぼと歩きながら両手で顔を覆ってしまう。結局残りの業務の際に『俺の使用中に複合機の紙詰まりとトナー交換が発生する』『午後休憩で食べるつもりだった菓子が消費期限の関係で既に他の奴に喰われた後だった』『報告待ちの為に残らなければならないがいつ報告が来るか分からないので終わりが分からない残業』が発生し、それらで地味なダメージを受けた俺は、朝以上にしわしわの小動物みたいな姿でとぼとぼと歩いている。
「とんだ災難だったな」
「先輩こそ災難でしょ、結局俺待ちしてたんだし」
「いやいや、積読だったシリーズ物の電子書籍を読み切れたから悪くはなかったぞ」
そう、この人は普通に定時上がりだったけど、「じゃあお前が終わるまで気長に待とうか」と近場のファミレスでドリンクバーとケーキでひたすら粘ってくれていたのだ。……優しいのかそうじゃないのかイマイチ分かんねえな……?
「なんか、こう、ホントすんません」
「こら」
「あう」
ぺちりと軽く額をはたかれ、しょぼしょぼしていた俺はそちらの方へと視線を合わせる。困ったように微笑む先輩が、そこにいた。
「どうにもならない要因の出来事を謝るんじゃない。ほら、ファミレスのテイクアウトを頼んでおいたから、僕のうちで食べよう」
がさりと持ち帰り用の弁当セットが入ったビニール袋を掲げて告げられた言葉に、思わず先輩の顔を見た。
「え。行っていいんすか? 先輩明日は確か普通に――」
「仕事な訳がないだろうが」
何を言っているのかという顔で返されれば、こちらはこちらで豆鉄砲を喰らった気分になる。ええ……? 明日平日ですけど……?
「だってそうだろう? お前が〝そういうつもりでうちに来る〟んだから、僕がまともに動けるわけがないじゃないか」
何なら代休が無理だったら有給取らせる気だったぞ、なんて続けられてしまえば、顔やへその辺りにぶわりと熱が集まりかける。落ち着け今は外だ外!
「そ……っ、え、そんなにイイ思いしてバチ当たらないっすかね!?」
結局七つも地味な不運に見舞われていたとはいえ、そこまで大きな揺り戻しをされると、ちょっと流石に怖じ気付く。
「当たりようがないだろうバチなんて。もう日付が変わっているんだぞ?」
「え?」
慌てて携帯の画面を見れば、確かに零時を回っていた。朝の占いの効果が何時までなのかは分からないが、少なくとも不運まみれの今日という日は終わってくれたのだ。
「ほら、今朝の占いは何だったか――お前がツキのない一日を乗り越えたら、〝イイ事〟があるんだろう?」
意図的に浮かべられる艶めいた微笑み。するりとこちらの懐に潜り込んで、両腕を首筋へと回される。
「僕にもお裾分けが欲しいんだが、幾ばくかはもらえるか?」
しっとりとした〝熱〟のこもったおねだりに――ぷちりと、何かが切れる音がした。
「マジで部屋から出れねえようにしますからね!?」
「……もしや藪蛇だったかな?」
うっかりやり過ぎたかもしれないなあ、というぼやきを耳元で聞きながら、俺はぐるぐる思考を回す。酷い事をしたいわけじゃない。そういう訳ではないからせめてメシと風呂終わるまでは頑張ってくれ俺の理性……!
結局先輩の家でとろとろのぐだぐだに怠惰な過ごし方をした俺達が起きるのは、持ち帰ったメシが完全に冷め切った昼下がりだった――という事実だけ、記しておこう。
幸運総量と流れ方、或いはとてつもない振り子の動き 熊坂藤茉 @tohma_k
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