二十三話 大賢者の孫娘はここにあり
アリアンナ神殿への学外学習の後日談。学院の方はさらに活気の方を増しており。
大きな変化といえば、魔術の座学講義へ生徒達の意識が多く向いていることか。
「――お前様!! やっと座学の講義のテストで半分取れるようになったのじゃ!!」
講義と講義の合間の僅かな休憩時間。アリアが宿直室にやってきた時の一幕。
「どれどれ……あ、本当だ。しかも減点の殆どが字の解読不能によるものと考えると……」
「此方がこの学院の座学王になる日も近いということじゃ!! 座して待て!!」
特にアリアの意識の変化は凄まじく、学院で一から魔術の勉強をし始めていた。
最初から理解してることでも、改めて学ぶことで新たな発見があるかもしれない。
「にしても、本当にアリアンナ様に字がそっくりなんだね」
「うぐ……。い、いつかアリア神殿を建てる時はカイトに代筆を頼むからいいのじゃ!!」
客観的に見たことで自分の字の汚さを自覚したアリアはそんなことを言う。
かつてアリアンナ様も同じようなことを言ったかもと思うと、非常にエモい。
「でな、お前様!! 一緒に講義受けた者が此方に魔術のことを聞きに来たんじゃ!! そやつがなかなか見所があってのぉ、此方の魔術を披露したらひたすら目を輝かせておったわ!!」
大賢者の孫娘、というだけでも周りからすれば臆してしまう存在。
そしてアリアの強烈な個性も相まって、編入から暫くは浮いていたのだが。
「学院に来たのはお前様を手に入れる為じゃったが……案外ここでの生活も楽しいもんじゃのぉ!! 神殿に行って以来此方を見る目というのも変わったように思うのじゃ!!」
「それは、アリアが変わったからっていうのもあるかもしれないよ」
「変わった? 此方がか?」
やはり一番大きかったのは、ずっと会いたかったアリアンナ様に逢えたことだろう。
それまでは自分自分ばかりで周りが見えていなかったが、今は周りがよく見えている。
魔術とは孤独に学ぶものではない。その為に魔術を学友と共に学ぶ学院がある。
「うん。立派な魔術学院の生徒になったと思う」
「!! そ、そうか!! お前様は此方がそうなって嬉しいか?」
「勿論。これからもアリアにとっていい学院であり続ける為に俺も頑張るよ」
まるでその場一面に花が咲いたかのような眩しい笑顔を見せたアリアはガッツポーズ。
そして次の講義の予鈴が鳴ったことで、アリアは立ち上がって扉の方に向かい。
「決めたのじゃ。まずはお前様にとって一番の生徒となる!! それが今の目標じゃ!!」
くるっと振り返り、それだけ言い残してアリアは急ぎ足で次の講義に向かっていった。
用務員という仕事はあくまで生徒を導くものではない。導かれる場を守るのが仕事。
それでも俺の存在そのものが、彼女の道標となっているのは素直に嬉しかった。
「――カイト。今少し時間いいか?」
「!! 理事長? 事前に言ってくだされば俺から出向きましたが……」
一息ついて仕事に戻ろうとしたその瞬間、開け放たれていた扉のノックと共に来訪者。
中に入ってきた理事長は備え付けのソファに座ると、くるくると指を回して不敵に笑う。
「いやなに。元々呼び出す予定などなかったが、丁度そこでアリアとすれ違ってな。講義に向かうであろう足取りは軽く、あの無垢な笑顔はこの学院での生活を楽しんでる証拠だ」
「理事長の言った通りでしたね。アリアにとっていい経験になったと思います」
「お前に任せてよかったよ。きっとお前も得たものがあるだろう?」
理事長の問いかけに俺はアリアンナ神殿での出来事を不意に思い出す。
今は亡き大賢者との出会い、そして自分の魔術がその大賢者に認められたこと。
「……はい。少しだけでも、俺の理想とする用務員に近づけた気がします」
「高すぎる理想も考え物だな。既に私にとってお前は理想の存在だというのに」
ケラケラと笑いながら、理事長はこっちに来いと俺に向かって手招きをする。
そして隣に座れと促され、言われるがままにソファに腰を下ろすと頭を撫でられた。
「お前を上から労ってやれるのは私の特権だ。今回もよくやったな」
「ありがとうございます、理事長……」
張り詰めるようなことが多かった今回の校外学習。こうして労われるのが心に沁みる。
理事長はいつも欲しい時に欲しい言葉をくれる。俺が一番信頼している人だ。
「ってことで、次も頼むよ。そろそろもう一人の大物の孫娘が帰ってくる頃合いだ」
「!! 編入初日以来、家庭の事情で来てないって話の……」
「か、家庭の事情!! まぁ、物は言いようだがその通りではあるな!! ははは!!」
ソファをバンバン叩いて爆笑する理事長を余所に、俺は少しだけ不安を抱いていた。
ミラもアリアも超大物なのは間違いない。しかし、今話題に出た少女は一味違う。
とはいえ誰が相手だろうと、俺は学院で用務員の仕事を全うするだけだった。
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