二十一話 ささやかな祈りはここに成す

 神殿内にある大賢者アリアンナ様の墓とされているものは、それはそれは荘厳で。

 墓石からして綺麗で大きい。そんなものを見れば誰もがそこに眠っていると思う。


「ショボくないですか?」

「ショボいわね」

「ショボ……いやっ、簡素で慎ましくて……」

「余計辛くなるからやめるのじゃあ!! 何故お祖母様はこんな墓を!?」


 翻って神殿の地下にある本物の大賢者アリアンナ様の墓はそれはそれは慎ましく。

 一本の杭が地面に突き刺さっていて、その上の看板に『アリアンナの墓』と。


「ガセネタだったんじゃないの? これは流石に……」

「有り得ますね。アリアさんの言うところによればドSだったらしいので」


 あの広間の使い魔も盛大な前振りで、結局は骨折り損のくたびれ儲け。

 目の前の光景だけ見るならば、そう感じとっても全くおかしくない程に薄味の墓。


「流石にそれは無いと思うよ。この場所に残ってる魔力はやっぱり特別だ」

「……じゃな。孫娘だからこそ分かる、これは間違いなくお祖母様のお墓じゃ」


 見た目はあくまで見た目。本物だからこそ豪華という必要性は何処にもない。

 現に神殿内の墓を見た時は何も感じなかった。比較して漸く分かる差ではあるが。


「お前様。頼むのじゃ」


 アリアに請われ、俺は無言で頷き墓の方にゆっくりと歩み寄っていく。

 一応墓の体裁を取っている杭の部分に触れると、確かな魔力の流れを感じた。


(分かってたんですね、アリアンナ様は。アリアならこう願うだろうと)


 そして全力での魔力解放。俺の内に残っている魔力を使い切らんばかりに。

 起動する魔術は『複製と結合』。微かな魔力の残滓から出来る限り魔力を複製し。

 生きた証としての遺物(今回は墓の下にある骨や灰)と無理やりに結び付ければ。


『――む。存外早かったのぉ、アリア。此方が遺した宿題はそんなに簡単だったかえ?』


 一時的に死者の降誕。彼女が眠った場所だからこそ可能となった魔術だ。

 複製した魔力から形成されたのは、大賢者アリアンナ様の幽体と言うべき存在。


「……誰じゃあ!? 此方の知っとるお祖母様はこんなに若々しくないのじゃ!!」

『わははははは!! どうせ戻るなら全盛期のプリチーな姿の方が此方も嬉しいからのぉ!!』

「此方の知ってるお祖母様の姿じゃない~!! 思ってたのと違うのじゃ~!!」


 一時的に蘇った大賢者アリアンナ様の姿は、丁度アリアの年の功と同じくらい。

 魔術を起動したときに思ったが、やっぱり自分が戻る下準備がしてあったのだ。


「というかアリアにそっくりじゃない。本当に大賢者様の血縁者だったのね」

「これで遂にアリアさんが本当に大賢者の孫娘だということが証明されましたか」

「疑っておったのか!? お主ら本当にいい度胸しとるよなぁ!?」


 確かにこれを見ればアリアが大賢者の孫娘だということを疑う人はいないだろう。

 当のアリアンナ様は大爆笑中。孫娘が翻弄されている姿はどうもツボらしい。


『して、此方を呼び出せたのは其方か? 此方が許す、名を申してみせよ』

「はい。カイト=ウォルグレンと申します」

『うむ、カイトか。どうやらアリアは、きちんと良い出会いを果たしたようじゃな』


 じっくりと見定めるような視線を俺に送っていたアリアンナ様はニコッと笑う。

 そしてアリアの方を見ると、未だにアリアは頬をぷくっと膨らませていた。

 目の前にいるのがアリアンナ様だというのは理解してるが、そうではないのだと。


『全く仕方のない孫娘じゃて。ほれ、これでどうじゃ?』


 アリアンナ様は苦笑しながら短く息を吐き、自らの姿を若者から老婆へと変える。

 とはいえ老婆と言うのも憚れる程に、その姿は十分若々しく見えたのだが。


「ッ……!! お祖母、様……!! やっと、もう一度会えたのじゃ……っ!!」

『アリアの記憶の此方はこうじゃよな。悪かったのぉ、早くに逝ってしまって』


 アリアの目からはボロボロと涙が。もう二度と会えないと思っていた存在。

 生者と死者という絶対的な壁があっても。それでも、もう一度だけでも。


「もっと、もっとお祖母様のお話を聞きたかったのじゃ……!! だから、だから……!!」

『よいよい。不思議なことではない、此方ももっとお主と話したかった』


 アリアの願いは『お祖母様にもう一度会いたい』。それだけのささやかなもの。

 難しいことなんて誰でも分かってる。だけど彼女達は信じて疑わなかった。

 それが彼女達が大賢者とその孫娘たる所以で。

 不可能を可能にするものこそが魔術だと知っているから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る