二十話 魔術とは何たるかの全てがそこに
ケルベロスがいた広間の扉を抜けると、淡い光が辺りに散らばっている一本道に出た。
よくよく見れば側面の壁には沢山の文字が。それはアリアンナ神殿のもう一つの側面。
「……有り得ない。こんな、トンデモな魔術理論なんて本当に存在してるの……?」
「どんな人生を送っていたらここまでに……? 理解が追いつきません」
そこにあったのは、神殿内部の大賢者アリアンナ様の資料とは比較にならない程の魔術理論や構築式。魔術に精通していればその異常さがよく分かる。
「やっぱりこっちにあったのか。大賢者アリアンナ様がアリアに遺した資料が」
「た、宝の山じゃ!! そりゃそうじゃよな、お祖母様の魔術があの程度なはずがない!!」
あくまで神殿内部にある誰でも見ることが出来る資料は、一般的なものでしかない。
それでも常識から考えれば価値の高いものだが、いざこれらを見てしまえば。
(そりゃあのケルベロスに守らせる訳だ。使いようによっては世界がひっくり返る)
ここにあるのは既に現代魔術の域を越えている。大賢者の頭の中には未来があった。
「にしても字が汚いですね。流石はアリアさんのお祖母様といったところでしょうか」
「え? 此方の字ってこんなに汚いのか? そ、そんなことないじゃろ?」
「ぶっちゃけこれより酷いわね。だってこっちはまだ読めるもの」
「少し泣くのじゃ……」
確かに殴り書きなのか壁に彫られている文字はとてもじゃないが読みやすくはない。
そうか、神殿内の資料は代筆だったんだなとどうでもいい情報が更新された。
「して、お前様。ここに此方らが求めている魔術はあるかの?」
「あるだろうね。……というか、無いと困る」
扉を開けてすぐにお墓だったらとんでもない絶望を感じていたことだろう。
一本道はそこまで長くはないが、きっとこの先で使う予定の魔術の理論が書いてある筈。
「そろそろ隠し事をするのは止めたら? 私達も一緒に探す方が効率がいいわ」
「むぅ……そう、じゃな。此方達が求めているものは――」
そうしてアリアはアイリスとミラに、ここで何をするつもりなのかを話していく。
話していくうちに段々と顔を赤くしていき、最後の方は完全に顔を俯かせた。
「――ふふっ。存外可愛いところあるじゃないですか、アリアさん」
「別に恥ずかしいことじゃないわよ。ちょっと意外だったけどね」
アリアが抱えていたささやかな願いを聞いた二人は、和んだような様子を見せる。
二人は思っていたよりも驚いていない。俺は思わず言葉を失ったものだが。
「い、意外じゃな。馬鹿にするでもなく、少しの驚愕も見せんとは……」
「え? だってカイト様ならこれぐらい簡単に出来るでしょう?」
「あんまりにも過大評価が過ぎないかな!?」
「これだけの魔術理論があれば、カイトに出来ないことはないわよ」
「だからこそ、アリアさんもカイト様に頼んだ。そうですよね?」
くるっと振り向いて、アイリスはアリアの目を真っ直ぐ見据えてそう問いかけた。
「その通りじゃ!! カイトは、大賢者の孫娘アリアが認めた傑物じゃからな!!」
自信たっぷりに満面の笑みで。そんなアリアの顔を見たら一気に力が抜けた。
アイリスとミラも同じような表情で。期待をかけられているのなら応えるべきだ。
「これじゃ、出来ないなんて口が裂けても言えないな」
そうと決まればまずは該当の魔術の理論を見つけるところから始めよう。
全員で手分けをして、壁にびっしり書かれた文字からこの先への鍵を見つける。
(本当に凄いな、大賢者様……。生涯の全てを魔術に費やした結果がこれなんだ)
まさしく魔術使いの極致。だからこそ確信めいて答えを探せるというもの。
そして何より、この場に四人も一定以上魔術に精通している人間がいるのが大きかった。
「――あったのじゃ!! これではないのか!?」
そして探し始めてから約三十分。一本道の最奥の方に必要な魔術理論が記されていた。
すぐに全員がかぶりつくようにしてその文字を読み取る。汚い文字なの本当に辛い。
「……うん。やっぱりそういうことですよね、アリアンナ様」
「そ、そんなすぐに理解出来るの……!? 私には正直さっぱりなんだけど……」
「待ってくれなのじゃ!! まだ半分も解読出来ておらぬ!!」
「私は見た瞬間諦めましたが、何か?」
ようやくその魔術の理論の正しさを確認出来た俺は、近くにあった扉を開ける。
俺が必死こいて三日徹夜して導き出した結論は、大賢者様の引き出しの一つに過ぎず。
その壁の高さに思わず苦笑を浮かべながら、俺は扉の先にあるお墓を見据えていた。
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