十九話 使い魔も用務員も守るのが仕事

 アリア含めた三人が神殿内から姿を消した直後、俺はすぐに神殿の裏に回った。

 開いていた扉の傍にはアリアはおらず、奥の方から微かに足音が複数聞こえ。

 広間に近づくにつれて強烈な殺気。何とか間に合ったようで本当に良かった。


「あれは……伝説の魔獣ケルベロス……?」

「あぁ、お祖母様の一番の使い魔じゃったのを覚えておる……」

「あれを仕えさせていた、っていう事実だけでも大賢者の凄まじさが伝わるよ」


 より正確に言えば、あれはケルベロスの形を取っている魔力の集合体だ。

 恐らく本物はこの世にいない。魔力故に忠実に奥にある扉を守るという命令を守る。


「な、何で血縁者のアリアですら一切通そうとしないの……?」

「お祖母様は根っからのドSなんじゃあ!! 言ったじゃろ、此方より優れた人間を連れてくる必要があると!! 多分、言いつけ破って一人で来てたら問答無用で食い殺されとった」

「度し難いですねぇ、大賢者様……」

「三人が理性的で本当に良かったよ……」


 もうあと一歩でも近付いていたら、あの三対の頭で刹那の間に喉元を喰われていた。

 とはいえ俺達の目的はあの扉の先にある。越えなければならない難関だ。


(……流石は大賢者の使い魔。相手が変わると見るや、すぐさま臨戦態勢に入った)


 それぞれ違う方向を向いていた頭だが、今はその全てが俺に向けられている。

 三つ頭があるということは、単純に眼も三倍あって。素直に怖いと言わざるを得ない。


「じゃあ、まずは条件を同じにしようかな」

「!? カイトが、三人に増えおった!?」


 魔術により自身の分身を創り出す。分身にありがちな強さ分割とかは無しに。

 流石にそれは予想外だったのか、ケルベロスのそれぞれの頭も少したじろぐ。


「では私は中央にいらっしゃるカイト様を頂きますね。紛れもなく本物です」

「は? もしかして貴方の目は節穴かしら? 私は左の本物のカイトを頂くわ」

「むむ……!! 魔力の感じからして、右が本物のカイトじゃ!! お持ち帰り確定じゃな」

(そんな悠長な状況じゃなくない!?)


 なんとも緊張感の無い会話が後ろで繰り広げられている。答え合わせは後で。

 そうして小細工無しに正面から三人でケルベロスに向かって突っ込む。

 それぞれ手には魔力で創り出した剣と斧と槍を。三方向からの攻撃は防げない。


「!? あ……、嘘、でしょ……?」

「か、カイトが全員吹っ飛ばされてしまったのじゃ……!!」


 しかしケルベロスはそんなに甘くない。超反応で鋭い爪を横に薙ぎ払う。

 いとも簡単に全員が吹き飛ばされたのを見て、アリアとミラは顔を歪ませた。


「残念。見えてたのは全部偽物だよ」

「言ったでしょう? カイト様は中央にいらっしゃると」


 そこで透明化と気配遮断の魔術を解いて、ケルベロスの後ろで俺は姿を現した。

 流石にそれは予想外だったのか、反応が遅れたケルベロスの前に手をかざす。


「――伏せ」


 俺が持ち得る最大級の重力の魔術。範囲内の重力の強さを自由自在に可変する。

 あまりの圧力にケルベロスの身体は地に伏せられ、身じろぎ一つ取れなくなった。


「さ、アリア達は今のうちに先に」

「わ、分かったのじゃ!!」


 ケルベロスを伏せさせている間に奥の扉まで三人を誘導する。

 彼女達に危険が及ばないようにもう少し重力を強くする。ミシミシと骨が鳴る。


「扉が開かないわ!? 魔術で鍵がかけられてる!!」

「!! ってことは、ケルベロスを倒さないと鍵が開かないのか……」


 まさしく墓守に相応しい。自らの存在を鍵として、自分より弱い者を絶対に通さない。

 死して尚、自分の主人の下へ簡単には行かせない。使い魔としての理想形。


「……分かるよ。同じ、守ることを生業としてる者として相応の敬意を」


 かざしていた手を振り下ろし、可変出来る最大強度の重力をケルベロスにかけた。

 耐えきれなくなったケルベロスは、断末魔も上げることなく魔力の残滓となっていく。


「流石です、カイト様。……何か思うところがありましたか?」

「ん……ちょっとね。使い魔として最後まで主人を守ろうとしたその姿は、美しかったから」

「お優しいですね、カイト様は。命の有無は些末なこと……ですか」


 命があろうとなかろうと、何かを守ると言いう行為に従事していたものに差異はない。

 守る者としての偉大な先輩に手を合わせてから、俺は三人に向き直った。


「先に進もう。きっとこの先にアリアが求めてるものがある筈だよ」

「……承知したのじゃ。此方もまた、覚悟を決める」


 墓守を撃破してさらに先へ。そして俺の仕事はここで終わりではない。

 これがただのお墓参りではないことを、アリアの顔が強く物語っていた。

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