十八話 アリアンナ神殿の真実を知る者

(お祖母様は言っておった。アリアンナ神殿には二つの側面があるのじゃと)


 無事にアリアンナ神殿見学ツアーから抜け出していたアリアは、昔を思い出していた。

 後世の魔術師の為に遺されている、現代の基本となった魔術の叡智の数々。

 だが本質はそこにはない。大賢者とまで呼ばれた彼女の真髄はその程度ではない。


「粋なことを考えるものよ……。覚えておって良かったのじゃ……」


 神殿の外。丁度裏手側にあたる外壁部分の一部のみ、僅かだが魔力が濃い部分がある。

 そこにアリアが手をかざすと、壁は重厚な音を立てながら地面に埋まっていった。


「――へぇ、まさかアリアンナ神殿に裏口があったとはね」

「中に垂涎ものの資料があるからこそ多くの人は裏には来ない。実に合理的です」


 その瞬間。アリアがよく知っている二人の少女の声が後ろから聞こえてきた。


「アイリスにミラ……!? 何故、お主らがここにおる!?」

「私の能力をお忘れで? 神殿に着いてからずっと嫌な予感がしていましたよ」

「アリアが何か隠してるのは明白だったしね。追うのは簡単だったわ」


 流石にアリアも無策で抜け出したわけではない。きちんと隠密魔術は使っていた。

 だが、追ってきた二人もまたアリアに勝るとも劣らない実力者なのを忘れていた。


「さ、急いで先に進みましょう!! 時間があまりありませんので」

「ちょ、待つのじゃ!? 此方はここでカイトと待ち合わせる予定で……」

「だからよ。先に進みさえすれば、もう後戻りは出来ないでしょ?」

「お主らどこまで考えづくなんじゃあ!?」


 アイリスとミラに両腕を抱えられたアリアは無理やりにでも前に進まされ。

 裏口を入ると僅かながらも灯りが灯り始める。まるでアリアを待っていたかのように。


「どんな事情があろうとも、カイト様と二人での思い出とか作らせませんからぁ!!」

「何かが起きてるかもって悶々とするよりは、カイトに怒られた方がまだマシね」

「お主らの執念には流石に感服じゃ……」


 そして地下へと続く階段を前にして、遂にアリアは折れた。自ら足を動かし始める。

 入口から入れる神殿内部ではなく、裏口から入る神殿の地下はもう一つの側面。

 あの裏口はアリアの魔力、ひいては大賢者の血を引く者しか開かない。


「この先にあるのは、此方の祖母である大賢者アリアンナの墓と聞いておる」

「お墓? お墓なら神殿の奥にあるって……」

「あれは偽物じゃ。万が一、お祖母様の遺灰や遺骨が盗られたら事じゃからな」

「では今回はお墓参りということですか? カイト様との同伴の理由は不明ですが」


 確かにこの先に墓があると聞けば、真っ先に思い浮かぶのは墓参りだろう。

 だがアリアはアイリスの言葉に首を振る。ただの墓参りならプライベートで来ると。


「ここに来るのは、此方が此方以上の魔術を扱う存在と出会った時。それはお祖母様との約束でもあり……此方がずっと抱えていた願いを叶える為でもあるのじゃ」


 地下へと続く長い階段を下りながら、アリアはここに来るまでの思いを馳せる。

 ひとえに、レイアース魔術学院に編入してきたのもその可能性を探ってのこと。


「……ずっと気になってましたが、そのお婆ちゃんみたいな口調は一体何なんです?」

「今聞くことかの、それは!? 別にどうでもいいじゃろが!!」

「いえ、キャラ付けだったとしたら非常に浅いなぁと」

「やかましいんじゃあ!! これはお祖母様の喋り方が移っただけなんじゃ!!」


 緊迫した雰囲気に似つかわしくない言葉を言われ、アリアの声が地下に響き渡る。

 思いつめていたような顔から一変して、怒ったような呆れたような顔に変わっていた。


「なるほど、そうでしたか。是非ともその真相を知りたいですね」

「ぐ……相変わらず腹の内が読めん女じゃ……」


 あまりにもアイリスのペース。腹の探り合いにおいては彼女に手も足も出ない。

 それをよく知っているミラは苦笑する。今アリアはあの時の自分と同じ気分だなと。


「それはそうと、アリアの抱えてた願いって一体……」


 とまで言いかけてミラの言葉は止まる。丁度階段を下り終えて、広間に出た時。

 広間の奥には両開きの扉。しかし彼女達の目に留まったのその扉の前。


「お墓、といえばそりゃ墓守ですよね……」


 そこにいたのは黒い靄に包まれている、三対の頭を携えていた魔獣だった。

 三対の頭は少女それぞれの顔を見据えており、一瞬たりとも目を離さない。

 そして同時に三人は確信した。『あれは自分達が束になっても瞬殺される』と。

 広間に出てから一歩も動けない。否、彼女達は

を取っていた。


「――いい判断だね。自分を無為な危険に晒さないのは、俺にとっても嬉しい」


 そんな三人の頭をポンと叩いて、不意に彼女達の後ろから現れたのは。


「お前様……!!」


 レイアース魔術学院の用務員、カイト=ウォルグレン。本人曰く、ただの付き添い。

 しかし、こういった有事の際の護衛としてはこれ以上の人物は他にいないだろう。

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