十四話 夜の学院は内緒の話をするのにちょうどいい

「――ふぁ……。今日はこれぐらいにして……」


 深夜のレイアース魔術学院。中央に位置する本校舎一階にある宿直室にて。

 理事長に用務員として雇ってもらってから、俺はこの場所で寝泊まりしていた。

 最低限の生活用品と布団と枕、それだけあれば衣食住には困らなかった。


(んー……。小腹も空いたし、食堂使わせてもらおうかな)


 このまま寝るにしても少し腹の虫が騒がしい。簡単な軽食でも作ろうかと宿直室を出る。

 自らの腹とは対照的に真夜中の学院は驚くほどに静かで、自分の足音だけが響いていた。


「!! ……この音は」


 最低限の灯りしかない校舎を歩いてると、遠くから微かな金属音が聞こえた。

 これは学院の正門がゆっくりと開かれた音だ。バレない様にしてるのが分かる。

 すぐさまその方向に向かう。もし侵入者だった場合は即座に排除しなければ。


「さて、カイトはどこにおるかの? やはり宿直室が大本命よな~」

「……こんな時間に何やってるのかな、アリア」

「ぴぎゃっ!? な、何故此方の後ろにおるんじゃあ!?」


 とか思っていたのだが、侵入してきていたのはある意味今日の主役だった彼女。

 まさか後ろから声をかけられると思っていなかったアリアは素っ頓狂な声を上げる。


「夜間は誰であろうと学院には立ち入り禁止、のはずだよ」

「わ、分かっておる……。それでも足は止まらなかったのじゃ……」


 弱みを指摘されたアリアは顔を俯かせながらもここに来る理由があったと告げる。

 その声音と表情からは、ただ単の道楽や思い付きではないことは容易に分かる。


「決まりを破ったのは……悪いと思っておる。じゃが――」

「――取り敢えず立ち話もなんだし一緒に食堂行こうか。お腹空いてるでしょ?」


 丁度そのタイミングでアリアのお腹が鳴る。顔を赤らめた彼女は無言で頷いた。

 そうして夜の校舎を二人で歩く。あれからアリアは押し黙ってしまっている。


(思えば、アリアがこうして無理に俺に会いに来たのは編入初日以来か)


 アリアの編入初日。朝起きたら宿直室に無断で入り込んでいた彼女がいた。

 そのまま拉致されそうになったのも今ではいい思い出だ。……いい思い出か?

 あの後、何事もなかったかのように理事長室に面談しに行ったのだから凄まじい。


「うん。あの頃と比べると随分丸くなったね、アリア」

「ほえ!? あ、あの頃というと編入直後か? 学院というものがよく分からなくての……」

「それにしたって不法侵入から拉致未遂までするのはやり過ぎじゃ……?」

「志望動機にも書いてあったじゃろ? 此方はお前様が欲しいのじゃ!!」


 ちょっとした会話でアリアに笑顔が戻ってきた。この豪胆さこそ彼女の魅力だろう。

 そうこうしている内に食堂へと辿り着き、すぐにありあわせの食材で軽食を作った。


「――はい。簡単なものだけど、食べながらゆっくり話そうか」

「うむ。ありがとうなのじゃ」


 サンドイッチを頬張りながらアリアは、ちらちらと俺の方に視線を向けてくる。

 わざわざこんな時間に会いに来るということの意味が分からない程馬鹿ではない。


「その……な? 学院の時間じゃと、ゆっくり二人で話せんから……」

「うんうん。大事な話があるんだよね」

「そう、そうじゃ!! 出来れば誰にも聞かれたくない話なのじゃ!!」

「多少嫌な予感がしないでもない」


 誰にも聞かれたくない話。流石に予想だにしていないトンデモは言わないだろうが。

 照れているような様子を見る限り、ミラやアイリスに聞かれたくない話なのかな。


「此方が、誰もが知る賢者の孫なのは知っておるじゃろ?」

「大賢者アリアンナ様だよね。全知全能だったって言われてたとか」


 魔術を扱う者なら誰でも知っている大賢者アリアンナ様。今の魔術の祖ともされる。

 曰く彼女に扱えない魔術は無く、全てを魔術で解決出来たと言われていた。


「そうじゃ。此方がお祖母様と共に過ごせたのは幼い頃の僅かな時間じゃったが……」


 不老不死にもきっとなれた。だけど彼女は天命を全うしたかったのだとアリアは言う。

 続けて伏し目がちに苦笑するとアリアは、意を決したかのように立ち上がった。


「此方はこれからお前様に、とんでもない頼みごとをする。心して聞いてほしいのじゃ」

「……分かった。聞くよ」


 ぽつぽつと少しづつ。アリアは誰にも聞かれたくない話を始めた。

 そしてアリアの願いを聞いた俺の目は、恐らく驚くほど丸くなっていただろう。

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