十話 という訳であの話は無かったということで

 ミラ王女を裏で操ろうとしてた貴族達による学院襲撃事件は幕を閉じた。

 彼らの処理については理事長がしてくれるということで、危機は去ったと言えるだろう。


「ミラ王女……? これから女王陛下に報告しに行くんですよね……?」

「もうっ、ミラでいいわ。貴方が助けてくれたのだから、それを存分にアピールしないと」


 彼女を王宮に送り届けるのも兼ねて、今回の件の報告に来ているのだが。

 あれからずっとミラ王女が俺の腕に引っ付いて離れない。殺されるんじゃないか、これ。


「カイト様から離れなさい、この女狐!! そこは私の特等席なんですが!?」

「腕は二本あるじゃない。それにこれはお礼も兼ねてるの。ね、カイト」

「二人とも離れてくれたらもっと歩きやすいし、周囲の目も痛くないと思うんだ」


 得体の知れない男が王宮内で美少女二人に挟まれている。しかも一人は王女。

 とにかく女王様に謁見する前に二人には離れてもらう。真面目な話をするからね。

 大きな扉が開き、玉座が見えてくる。アカン、殺される前に緊張で死にそう。


「――おかえりなさい、ミラ。此度の件、何か申し開きの方はありますか?」

「ありませんわ、お母様。全て私の不徳の致すところ……罰は受けます」


 ハートフィリア王国の女王、ララ=ハートフィリア様。初めて見た。

 既に女王様に今回の件は伝わっており、ミラは傅いて自らの非を述べる。


「私が道を違えそうになったのは事実です。ですが、それを彼らが正してくれました」

「なるほど。ミラがそう言うのならばそうなのでしょう。名を何と?」

「カイト=ウォルグレンです。レイアース魔術学院で用務員をやっています」

「レイアース魔術学院高等部一年、アイリス=リグライトと申します」


 俺とアイリスの自己紹介を聞いて、女王様は少しだけ驚いたような顔を見せる。

 しかしすぐに納得した様子で俺たち二人を見て、満足そうに頷いた。


「ミラ。一国の主として、最も重要なことが何か分かりますか?」

「多くの人に認めてもらえるような、凄い人物になること……ですか?」


 ミラの答えに女王様は穏やかな表情のまま首を横に振る。


「信頼に値する傑物を多く自分の味方にすることです。それが上に立つ者に必要な素養……間違っても誰かに利用されたり、狡猾に人を利用してのし上がることではありません」

「!! はい……申し訳ありません」


 きっと女王様がミラ王女に伝えたかったことはこの言葉なのだろうと思った。

 今回の件ではミラ王女も、あの貴族も人の上に立つ素養が無いと断言した。


「私は生まれの早さで次の王位を決めたりはせず、私自身の目で見極めて決めます。それを理解したのなら、今後貴方の考えも生き方も変わってくるでしょう。研鑽なさい」

「……良いんですか? 私のような者が、まだ王位を継ぐ可能性を……」

「貴方が一人で帰ってきたのなら、その可能性も無かったかもしれませんね」


 そこで女王様は俺達の方に目線をやると、特に俺の方を見て微笑を浮かべた。


「見ただけで分かる傑物、そんな人物が貴方に力を貸してくれた事実は揺るぎません」

「い、いえそんな……。ただ、ミラ王女のことを放っておけなくて……」

「心根も申し分ない、流石はあの学院で用務員をやっているだけありますね」

「分かってらっしゃいますねぇ、女王様!! そうです、カイト様は完璧なんです!!」


 こういう時のアイリスは本当に凄いと思う。なんか女王様も嬉しそうだし。


「カイトさん。これからもミラのことをよろしくお願いいたします」

「よろしく、ね。カイト」

「え、あ、はい。こちらこそ」


 まさか本物の王族の方とここまで親密になる機会が来るとは思わなかった。

そしてその後、ミラ王女を残して俺達は王宮を後にした。



「――っはぁ……。なんとか学院が潰される事態は避けられたな……」

「そうですね。それもこれも、カイト様の功績ですよ」

「俺は自分の仕事を全うしただけ。ミラ王女……ミラの勇気が生んだ結果だよ」


 誰かに助けを求めるというのは、思っている以上に難しいことで。

 彼女の心からの叫びが無ければ、ここまで綺麗な結果は無かっただろう。


「そういえば、帰り際の言葉……また王宮に招待してくれるとかなのかな?」

「!! あ、あばばばば……!! とんでもなく嫌な予感ががががが……っ!!」

「えっ」


 流石にこの流れで凶兆の予感ということはないとは思うけど。

 アイリスの壊れ方に、なんともいえない不安を感じたのは確かだった。



「ねぇ、お母様……」

「言いたいことは分かってますよ。やるからには全力を尽くしなさい」

「はいっ!! 私、絶対に彼の心を奪ってみせるわ!!」

「彼と共に歩む覇道は……きっと素晴らしい未来が待っているはずですよ」


 アイリスの嫌な予感を余所に、王宮ではそんな会話が親子で行われ。

 勿論、今のカイトとアイリスにはそれを知る由など無かったのであった。

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