十一話 最強の用務員なんて誰でも欲しいに決まってる
「――あの人じゃない? 噂の用務員さん!!」
「こうして見るとオーラが違うよね~」
おいおい聞こえているよお嬢さん方、と一介の用務員の俺は当然口には出さない。
この学院が存続の危機に立たされてから早二か月。俺を取り巻く環境は変わっていた。
「おはよう、カイト!!」
「ミラ。おはよう、ちゃんと毎日学院に通ってて偉いね」
「当たり前じゃない!! 私にとって、それが今一番大事なんだから!!」
あの騒動の直後。ミラは理事長の許可を得てレイアース魔術学院に編入してきた。
あの時去り際に言われた言葉の持っていた意味を理解した俺は苦笑いしたものだ。
「今日も皆の模範になるように講義頑張るわ!! だからちゃんと見ててよね!!」
「うぐ……やらなきゃいけない仕事が溜まってて……」
「ふふっ、分かってるわよ。でももし暇な時は私のこと、見ててほしいな」
そして元気よくミラは校舎内に入っていく。今では立派な学院の生徒だ。
『絶対に手に入れたい男性がいるの。だから学院への編入を決めたわ』
そんなインタビュー記事が、ミラが編入した直後に出回ったのも記憶に新しい。
一国の王女である彼女が、どうしても手に入れたいと豪語する人材。
裏を返せばそんな彼女が手に入れられていない存在。そんな噂は瞬く間に広がって。
「流石に王女なだけあって、影響力が凄まじかったな……」
「はい……。あの女、本当に憎たらしいですよね」
「俺そんなこと言ってないけど!?」
「ですがッ!! あれから優秀な女魔術師の編入生は増える一方ですよ!?」
「そっ……れは別にいいことなんじゃないかな……?」
何の変哲もなかった魔術学院。それが今や、割と著名な女魔術学院へと相成った。
恐らくこれがアイリスの言っていた嫌な予感なのだろう。あれからずっとこんな感じだ。
「というか、アイリス。もうすぐ授業始まるよ」
「授業って何ですか?」
「ミラはちゃんと受けにいったけどね」
生徒なんだから流石に授業は受けてほしい。ここは一応魔術学院なのだから。
ミラを引き合いに出されたアイリスは渋々といった様子で教室へ向かっていく。
「……っと、理事長からの呼び出し?」
早速今日の仕事を始めようとした矢先に、理事長から連絡が来る。
急ぎ足で理事長室へと向かう途中に沢山の女生徒とすれ違ったのも大きな変化だ。
「――よく来たな、カイト。暫く忙しくてなかなか話せていなかっただろう?」
「ですね。色々ありましたけど、結果的に凄くいい学院になりそうで良かったです」
理事長は満足げに頷くと、理事長室にあるソファに座るように促してくる。
ミラの編入を契機に、多数の編入者を受け入れたことで学院の在り様も変わってきた。
その対応にずっと理事長は追われていたのだが、少しも疲れの色は見えない。
「それもこれもお前がミラ王女を救ったからだ。やはりお前に任せてよかった」
「まるで理事長は……最初からこうなることを見越していたみたいですね」
「どうかな。結果的に膿は出せたし、学院はいい方向に変わったがな」
ケラケラと笑いながら、何とも曖昧な返答でお茶を濁す理事長。
それでも、この人ならミラが来た時点でこの未来が見えていたように勘ぐってしまう。
「いいか、カイト。真実っていうのはそれ単体では上手く機能しない。真実の告示には信じさせるほどの多大な実績と、説得力のある発信者が必要なんだ。よく覚えておくといい」
「……やっぱり理事長、一枚どころか全て噛んでません?」
「好きに想像するがいいさ。お前という存在と、この学院が私の全てだ」
のらりくらりと、昔から変わらない曲者ぶりを披露する理事長に呆れつつも。
この人がいなければ今の自分はいない。俺にとってもこの学院が全てだ。
「あぁ、そうそう。今日はお前に聞いておきたいことがあってな」
そう言って理事長は、編入面接のときに使われる履歴書を数枚取り出した。
恐らく実際に面接の時に使用されたであろうそれらには、少女数名の顔と名前が。
「取り敢えずはこの三人か。こいつらとはもう関わったか?」
理事長からの質問、というよりも確認に近いそれを聞きながら履歴書を見るが。
「? 関わったも何も、彼女達の編入初日から既に見知った仲になってますが……」
「そりゃそうか!! こいつら学外でも色々な意味で有名な奴らだから、肝に銘じておけ」
「そういうことは先に言いましょうよ!?」
確かに他の生徒とは違うとは思っていたが、理事長が釘を刺してくるレベルだったとは。
恐らくミラと同じぐらいの有名度だと思っていい。なんかそんな感じはしていたけど。
「加えて言えば、面接の時に志望動機でシンプルにお前が欲しいと言った奴らでもある。非常にいい度胸してたが、あまりにも素直だったから面接だけで合格させてやったわ」
「登場人物全員豪胆が過ぎませんか、それ」
「ってことでこれからも大変だろうけど頑張ってくれよ、うちが誇る最強の用務員?」
「……善処します」
どうやらこれからの学院はもっともっと忙しくなる日常が続きそうだ。
それもこれも俺が理想とする用務員になる為。これからも不断の努力を惜しまずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます