九話 最強の用務員、カイト=ウォルグレン


 俺は学院で用務員をやっている上で一つのモットーを掲げている。

 それは基本的に事を荒立てないこと。平和的解決を最優先事項としている。


「どうせ潰す予定の学院だ。そこのガキを殺した奴にはたんまり褒美をやるよ!!」


 恐らく雇われているだけの傭兵達は、彼のその言葉を聞いて奮起する。

 金で動くのも一つの生き方だ。それ自体は否定しないし、否定出来る権利もない。


「取り敢えず、学院内に危険な武装の類は持ち込んでほしくないな」


 ここは神聖な学び舎だ。物騒な連中はまず全員風属性最上級魔術で外に吹き飛ばす。

 傭兵の誰もが悲鳴を上げてその場から瞬時にいなくなったことで、男の顔色が変わった。


「……は? てめ、何をどうやって……」

「どうする? どうやら数で押すのは無理そうだけど」


 果たして彼は虎の威を借る狐だったのか、それとも狐を率いていた虎だったのか。

 全ての駒を失った男は大きく大きく溜息を吐くと、俺の方をこれでもかと睨みつけた。


「分かってんのか? 俺に手を出したら、他の貴族や王族が黙ってねぇぞ……?」

「この学院という場所においては、お前も等しくただの部外者でしかないよ」

「ダボが!! いいか、俺はそこの王女サマの願いを叶える為に動いてやったんだよ!! そもそもの発端はなんとしてでも王位を継承したいとか抜かした欲深い馬鹿だろうが!!」


 ミラ王女は彼のその言葉を聞いて、罪悪感を募らせその顔をまた俯かせる。

 確かにミラ王女は間違った選択をした。甘い誘惑に釣られてしまいそうになっていた。


「彼女はちゃんとその間違いを正せた。悪いのは、それを誑かし弄ぼうとするお前だろ」

「カイト……」

「クソガキが一丁前に詭弁を言いやがって……ッ!!」


 本当に大事なのは間違いに気付くこと。間違いを正すことが出来た彼女はもう悪くない。

 平和的解決はもう必要ない。ここまでしたからには、きちんと罰を与える。


「部外者は即時立ち退きさせるのが規則。でもお前だけは、ミラ王女の為にぶっ飛ばす」

「出来るもんならやってみろやぁ!! エリート貴族の力見せてやるよ!!」


 どうやら口だけではないようで、男はノーモーションで炎の矢を多数飛ばしてきた。

 属性魔術の応用。確かに、魔術の才能と研鑽が無ければこの領域には届かない。


「はぁ!? 何で何もしてないのに魔術が俺に跳ね返ってきてんだよ!?」

「つまりは『お前が言うな』ってことなんじゃないか?」


 魔術の流れる方向を反転させる魔術が俺の周りには既に展開させてある。

 やはり魔術はよく分かっている。果たして、詭弁を言っているのはどちらなのかを。


「チッ、魔術学院の人間ならこっちは弱い筈だよなぁ!? 俺が喧嘩の仕方を教えてやるよ!!」


 男は自らに返ってきた魔術を避けると、今度はシンプルに俺に殴りかかってくる。


「ぐ、が……!!」

「理事長からは正当防衛の権利を貰ってる。暴漢には容赦するな、ともね」

「クソ、がぁぁぁぁ!! 何でてめぇみたいなガキに、俺が……ッ!!」


 お粗末な拳を避けてのカウンター。鳩尾に刺さった拳に男は地面に崩れ落ちる。

 何とか起き上がった男はよろよろと動きながらも、まだ俺に向かってくる気だった。


「ウェンベック卿は魔術も体術も一流だった筈よ……? それが、まるで赤子扱い……」

「王女様ももうとっくに分かっているでしょう? カイト様は常々こう言っていました。

『学院の用務員をやるからには』と。故に魔術も体術も、それ以外も何一つ欠けてはいけない。一流程度では、カイト様の足元にも及びません」

「これが、レイアース魔術学院の『最強の用務員』……」


 ありあらゆる状況を想定して、学院がより良くなる方向へと解決に導く。


「これに懲りたら、二度とこの学院に手を出すな」

「やめ、やめろぉぉぉぉぉぉ!!」


 その為にずっと蓄えてきた力。それこそが俺が憧れた用務員の姿。


「目に焼き付けてください。だからカイト様はいつもかっこよくて、凄いんですよ」

「……うん。本当に、心からそう思うわ」


 三回目のカウンター。それを喰らった男は身体をぴくぴくと震わせて倒れ伏した。

 誰が相手だろうとこの学院に手は出させない。その為に学院には用務員がいるのだから。

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