八話 事件が学院内で起きるのなら
俺が差し伸べた手を、あの時の理事長室とは違いミラ王女は震える手で取った。
涙は今にも零れ落ちそうで、それでも気丈に立ち振る舞っているのが分かる。
「……学院を潰そうとしたのは、王族とも強い繋がりがある貴族からの進言が理由よ。その貴族はこの学院の理事長を嫌っていて、私がここを潰したらお母様に口利きをしてあげるって……。焦りで周りが見えなくなっていた私は、それに乗ってしまった……」
「つまり、この件はミラ王女の意思ではなかった……?」
彼女は無言で俺の質問に頷く。これで謎だったミラ王女の動機は判明した。
この学院を創設する為に色々なとこと一悶着あったと、理事長から俺は聞いていた。
「私はっ……!! 王国の第二王女でしかない私は、こうでもしないとっ、王位継承に勝てないから……!! だから、それらしい理由をあげつらえてでもやり遂げないとって……!!」
「……そういうことか」
「本当にごめんなさい……。私はそれに縋らなければ、何も成せないと思ってた……」
ミラ王女は悪い大人に自らの弱みに付け込まれていた。悪魔の囁きを聞いてしまった。
学院を潰すのはあくまで『ついで』。本当の目的はミラ王女を掌の上で踊らせること。
「でも、もう大丈夫……。貴方達に迷惑をかけないように、話を付けに行くから――」
「――あーあ、やっぱり一人で行かせない方が良かったじゃねぇか。王女サマが権力行使して学院を潰してくれりゃ、わざわざ俺が手を下さなくても良かったってのによ」
「!! ウェンベック卿……!? もうこんなところに……!?」
気付けば裏門の外には無駄に煌びやかな服装に身を包んだ若い男が立っていた。
後ろには武装した傭兵も控えており、俺達が逃げないように武器を構えている。
「話が違うだろが、王女サマ。口利きの話は無しってことでいいのかぁ?」
「……こんなの間違ってるって気づいたわ。私は、こんなことしたくない……」
「チッ、使えねぇな……!! せっかくのチャンスを棒に振る馬鹿王女が……!!」
王女を利用して甘い汁を吸おうとしていた目論見が外れた男は苛立ちを見せる。
そしてそのままなだれ込むようにして学院内に侵入しようとしてきたが。
「あぁ!? なんだよ、この障壁は!?」
「申し訳ありませんが、当学院内は部外者立ち入り禁止となっております」
学院の用務員としてそれは見過ごせない。ここは神聖なる学び舎、不可侵であるべきだ。
「はぁ? それを言うならそこの王女サマだって部外者だろうが!!」
「あ、そうだった。大事なものを渡すのを忘れてた」
本当は学院を回っている時に渡すべきものを、渡し忘れていたことに今更気付く。
こんな初歩の初歩すら忘れるようならまだまだ用務員として未熟も未熟だ。
「あっ……」
「ミラ王女は大事な大事なお客様なので。『学院関係者』のネームホルダーを」
俯いていたミラ王女の肩に、簡素ながらもしっかりとした作りの名札をかける。
そこで堰が切れたのか、勢いよく顔を上げたミラ王女は涙を一杯に溜めて。
「カイト……ッ!! お願いっ、私を助けて……!!」
「お任せを、ミラ王女」
ミラ王女が一人で学院に来たのは、もしかしたらいるかもしれない救世主を探しに。
学院の関係者が危機に晒されているのなら、助けない理由など何処にもない。
「さて、と……。もし中に入ったのなら、その時点でそれ相応の対応をするけど」
「舐めんじゃねぇぞ、クソガキがぁ!! 学院の犬風情に何が出来る!!」
そして彼らは俺が障壁が消すのと同時に、裏門から学院へと足を踏み入れた。
滅多に無い状況だが、彼らの不幸なところは俺が目の前にいたこと。
「侵入を確認した。学院の用務員として、仕事を遂行する――」
「――きゃあぁぁぁぁぁぁ!! カイト様、流石にかっこよすぎですぅぅぅ!!」
台無しだ、アイリス。せめて決め台詞は最後まで言わせてほしかった。
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