三話 何とかしなければ何ともならないことがある

「取り敢えずどうでしょう? 一度学院をきちんと見て回ってみたら如何です?」

「私が? はっ、私は一秒でも長くこんな場所にいたくないのだけど」


 なんとも酷い言われようだ。この学院に世話になっている身としては良い気がしない。

 それでも理事長は表情を崩さない。というよりむしろ、余裕があるように感じる。


「そんな交渉無駄よ。見なくても分かるわ、ここがしょうもないところだっていうのは――」

「――王女様ほどの眼力をもってしても、本当にそう思われますか?」


 それは言いようもない圧。どちらかといえば、煽りに近いような何か。

 まさか王女様という身でありながら、と言わんばかりに。

 それを理解したのか、王女様はピキッと青筋を浮かべながらも笑顔を見せた。


「……そう、分かったわ。そこまで言うなら一度だけチャンスをあげる」

「流石は王女様、話が分かるお方です」

「可能性の芽を一つ残らず摘み取るのも、王女としての責務でしょう?」


 どうせ結果は最後まで変わらない、とでも言いたげな王女様の揺るぎない眼。

 そうして満足そうに理事長は頷くと、おもむろに俺の方を指差した。


「カイト。王女様をきっちりエスコートしてやるんだぞ」

「えぇ!? お、俺がやるんですか!?」

「当たり前だろ。この学院のことはお前が一番よく知っている」


 まさかのキラーパス。学院の運命をこの手に委ねられるとは思ってもみなかった。

 だが、理事長は今度は真面目な顔をして俺にこう告げてきた。


「用務員としての仕事だ、カイト。務めを果たせ」

「そういうことなら」


 仕事であれば話は別。学院を守るのが用務員の仕事ならこれも立派に該当する。

 具体的な内容は分からないが、務めを果たせと言われればそれをやるまで。


(!! 顔つきが急に変わった……? ただの用務員じゃないのかしら……?)


 案内役を理事長から任命された俺の顔を不思議そうに見る王女様。

 なんとしても彼女を納得させなければならない。この学院を守る為には。


「それでは行きましょうか、ミラ王女」

「ふんっ……言われなくても」


 俺が差し伸べた手をスルーして、王女様はさっさと扉から出て行ってしまう。

 それを追うようにして俺もぴったりと彼女の後ろをついていく。

 そして理事長室の扉がゆっくりと閉じられた後、当たり前のようにアイリスも横にいた。


「カイト様と二人きりになれると思いましたか? させませんよ、そんなことはぁ!!」

「……この子は何?」

「あまり気にしない方がいいです」

「そ、そう……」


 このブレなさが逆に功を奏したのか、王女は言葉通りあまり気にすることもなく。

 何にせよアイリスは近くにいてくれた方がいい。何かが起きそうな時の為に。


「ときに、ミラ王女は何故この学院を選んだのですか? 何か理由が?」


 本格的に案内が始まる前に、畏れ多くも一つだけ質問を投げかけてみた。

 ここ以外にも平凡な魔術学院は多くある。気になったのは何故ここなのか。


「……そんなことはどうでもいいでしょう? 私を楽しませることに集中なさい」

「仰せのままに」


 やはりまだ信用が足りていないか。とはいえここで種を蒔いておくのは大事。

 さて、全くプランが無いが頑張るしかない。普通に胃が痛くなってきた。

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