二話 均衡が崩れるのはいつだって突然で

「――恐らく召喚魔術の手順で、必要な工程が抜けていたことが原因かと思われます」

「なるほどな。担当の教師には私からそう伝えておこう」


 地下での講義中の一件。アイリスの予感通りに、イレギュラーな事件が起きた。

 その件の報告で俺達は理事長室に出向いており理事長は満足げな表情を浮かべている。

 レイアース魔術学院の理事長、ティアナ=リグライト。俺の雇い主であり。


「アイリスの予感のお陰で未然に防げました。とにかく皆が無事で良かったです」

「ほう? やるじゃないか、アイリス。私も理事長として誇らしいぞ」

「全部全部カイト様の功績です!! というか叔母様に褒められたところで別にどうでも」

「クソ生意気なメスガキが。除籍するぞ」


 当然アイリスの叔母に当たるのだが、二人の仲はあまりいいとは言えない気がする。

 話を聞く限り、アイリスが理事長に無理を言ってここに入学したらしいが。


「とはいえカイトの功績なのは間違いない。流石は私が見込んだ用務員だ」

「ですよねですよね!? カイト様の素晴らしさといったら、もうクラクラしちゃいます!!」

「後で詳しく話を聞かせてくれ。カイトの凄さといえば夜通しでも語り切れんからな」

「流石は叔母様、よく分かってらっしゃるぅ!!」


 前言撤回、思ったよりも仲は良さそうだ。言ってる内容はよく分からないが。


「とにかくご苦労だったな。ってことでアイリスは下がっていいぞ」

「は? 私だけ帰らせてカイト様と密談? そんなことが許されるとでも?」

「言うと思ったよ。一言でも口挟んだらすぐにでも帰らせるからな」


 それでも納得いってなさそうなアイリスを見て、理事長は俺に目配せをしてくる。


「えっと……静かに出来る? アイリス」

「わんわん!! 了解いたしましたぁ、カイト様!!」

「我が姪ながら末恐ろしい……」


 理事長も意地悪で言っている訳ではない。恐らく運営側の話をするのだと思う。

 こういう時の理事長の話は良いものだった試しが無い。少しだけ身構えてしまう。


「簡単に言うと、レイアース魔術学院が無くなるかもしれん」

「は? この学院創るの、凄く大変だったんじゃ!?」

「まぁそうなー。資金足りなかったから、お偉いさん騙したりとかもしたし」


 少しだけ身構える、では足りなかった。思わず上司に対して失礼な発言をしてしまった。

 普通はもっと言い辛そうにするものではないだろうか。何で半笑いなんだこの人。

 隣のアイリスも発言を禁止されているが、俺と同じように口を開けてポカンとしている。


「な、何でなんですか……?」

「それがな? ……っと、私が話すより当事者に話してもらった方が早いか」

「当事者……?」


 理事長が不意に時計を見やると、時計の針は丁度十二時を回るタイミングで。

 理事長室の両開きの扉が勢いよく開かれ、一人の少女が乗り込んできた。


「――交渉をしたいならそちらが出向くのが礼儀でなくて? 学院の理事長さん」

「これはこれは、ミラ=ハートフィリア様。お待ちしていました」

「は、ハートフィリア……!? ってことは、まさか……」


 余談だが、レイアース魔術学院はハートフィリア王国という場所に存在する。

 そして国の名前を冠する人間。それが誰かなどという話は、考えずとも答えが出る。


「ミラ王女!? なんだって、こんなところに……」

「おい。こんなところとは何だ」


 まさかの王国の第二王女様の来訪。しかもここに呼びつけたのは理事長だという。

 王女様は理事長と俺達を一瞥すると、ずんずんと中に進んでいき机を叩いた。


「……で? 学院を潰されることに対して、首を縦に振る覚悟が決まったってことかしら」

「折角なのでもう一度理由をお聞きしても?」

 のらりくらりと躱している感じの理事長にイラつきを示しながらも王女様は続けた。


「特に大きな実績を上げているわけでもなく、将来有望な生徒も少ない。魔術を学ぶ学院なんて他にもいっぱいあるんだから、一つ潰したところで何も問題無い。前に説明した通りよ」

「ぐうの音も出んな」

「理事長!?」


 もう少し彼女には自分の学院に自信を持っていただきたいところではある。

 とはいえ確かにここが平凡な魔術学院であることに疑いようはなかった。


「という訳で、ここは私の第十三邸宅にするから。これはもう決定事項よ」

「な? 当事者から話聞いた方が分かりやすかっただろ?」

「何でこの人こんなに冷静なんだよ。腹立ってきたな」


 どうやら、俺は明日から早速路頭に迷うことになりそうだった。

 というか冷静に考えられなくても、十三個目の家は絶対に持て余すと思うんだ。

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