アンラッキー7論争(KAC20236)
つとむュー
アンラッキー7論争
「ねぇ、陸くん……」
サークル室の扉を開けると、待ち構えていたように菜々先輩が話しかけてきた。
大学の地域研究会の主宰で、サークル一の美人の先輩。その人にいきなり名前を呼ばれたのだ。僕の心臓はドキドキと高鳴り始めた。
「アンラッキー7論争って知ってる?」
アンラッキー7論争。
最近、そんなわけの分からない言葉が話題になっている。が、詳しくは知らない。
「噂だけは聞いてますが。なんでもきのこvsたけのこ論争、ビアンカvsフローラ論争に匹敵するような国民的な議論に発展しかけているとかいないとか」
「そうなのよ。興味深いのはね、このアンラッキー7論争には地域差があるんじゃないかと思えることなの」
鼻息を荒くしながら話し始める菜々先輩。
地理学科に属し、大学の地域研究をリードしたいと常々語る先輩にとっては垂涎のネタなのだろう。
「例えばきのこvsたけのこ論争なんだけど、全国的な勢力図はどんな感じになってるか知ってる?」
なんかそんな調査のニュースを聞いたことがある。三十万人規模で行われたとかなんとか。
結果はあいつの一方的な勝利だったような……。
「確か、たけのこ愛が圧勝したと聞いてますけど」
「そう。だけど唯一、きのこ愛がたけのこ愛に勝った都道府県があるの」
ええっ、そんな都道府県があるの?
それって一体、どこだったんだろう……。
思案する僕の表情を、菜々先輩は興味津々の眼差しで覗き込む。
ということは……当ててみろ、ということなのかな?
僕だって地域研究会の端くれ、それなりの知識は持っているつもりだ。ここは先輩にいいところを見せるチャンス。
「きのこ愛が強い都道府県ですよね?」
「うん、そう」
先輩は可愛らしい瞳をさらに大きくしながら僕の答えを待っていた。
「きのこの生産量全国一位はあの県だから……」
「だから?」
「長野県!」
「と思うでしょ? でも違うの」
えっ、違うの?
じゃあ、椎茸栽培で有名な大分県とか徳島県とか?
「それはね、福島県なの」
「福島県!?」
「そんな風にね、アンラッキー7論争にも地域差があると思うの」
いやいや、何で福島県?
まずはそれを教えてもらわなくちゃ。
「陸くんは違和感を覚えなかった? アンラッキー7という言葉に」
「福島県……」
「だよね。違和感だったよね。ラッキー7が浸み込んじゃってるもんね。そんなラッキー7愛にあふれた人たちが住む地域では、絶対にラッキー7を支持すると思うの」
この人、全然聞いてないよ。
もういいよ。菜々先輩のマイペースはサークルでは有名だし。
「そんなに7が好きな地域があるんですか? この日本の中に」
もうどうでもいい。
投げやりな僕の質問だったが、菜々先輩には逆効果だったようだ。
彼女はさらに瞳を輝かせて、持論を展開し始めた。
「それがあるのよ。石川県に」
石川県?
まあ、聞いても教えてくれないと思うけど。
「能登半島にはね、七尾市があるでしょ? それに半島のつけ根のかほく市の一部は、昔七塚町と呼ばれてた」
そういう理由?
地名に七が付くから七推しなんだったら、他の県はどうなるんだよ。
「じゃあ、三重県は? 千葉県だって千の字が付いてますよ」
「そうね。きっと三重県民は三推し、千葉県民は千推しだと思うよ」
んなこと!
しかし先輩は、僕も興味が湧く事例を挙げ始めたのだ。
「私が今研究したいと思っているのは青森県。だって数字の付く市町村が沢山あるでしょ?」
「でしたっけ? ん? 言われてみれば、確かに青森県には『〇戸』という地名が沢山ありますね」
「でしょ? 一番有名なのは八戸だけど、三戸、五戸、六戸、七戸があるし、岩手県にも一戸、二戸、九戸がある」
なんと、そんなにあるのか!?
これだけ揃っているならば、数字に対して地域的なライバル心が芽生えていても不思議ではなさそうだ。七は六には負けないぞ、みたいな感じで。
もしそうだったら、七戸に行って「アンラッキー7」なんて言ったらひどい目に遭うかもしれない。
「だから東北地域に行って、アンラッキー7論争について研究してみたいの。ところで陸くんはどっち派? ラッキー7派? それともアンラッキー7派?」
ええっ、僕?
僕はどっちだろう?
そりゃ、菜々先輩のことが気になるから——
「ラッキー7派ですかね?」
言っちゃった。
ちょっと恥ずかしかったけど、できるだけ平常を装ったから気づかれてはいないはず。
すると先輩は予想外なことを言い始めたんだ。
「へえ、意外だね。陸くんなのに? 私は違うよ」
「ええっ、先輩はラッキー7派じゃないんですか?」
名前が菜々なのに?
「うん、そう。だってね……」
先輩は顔を赤らめて恥ずかしそうにうつむいてしまった。
てっきり胸を張って「ラッキー7派よ」と言うと思ってたからちょっと驚いた。
しかしもっと驚くとんでもない言葉が彼女の口から飛び出すとは、その時の僕は考えてもいなかった。
「六の大字は陸だから……六推しかな」
その上目遣いに、僕の心臓は打ち砕かれてしまったんだ。
終
アンラッキー7論争(KAC20236) つとむュー @tsutomyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます