Ⅳ 騎士と従者の庭いじり

 さて、変わってその頃、リュカ、マリアンネ、露華の外出した秘鍵団のアジトではというと……。


「──しばらくほっといたらこの有様かあ……こりゃあ、まずは草刈りからだな……」


 要塞の中庭に作られた家庭菜園で、一面に繁茂する雑草を眺めながらサウロが腕捲りをしていた。


 南洋の高温多湿な気候は植物を異常なほどに成長させる……その家庭菜園はサウロが趣味的に作っているものなのだが、本業の海賊稼業で長らく海に出ていたり、その他諸々忙しくして放置している内に、すっかり荒地と化してしまっていたのだ。


「露華にもニンニクと唐辛子作ってくれって言われてるしな……さあ、気合入れてがんばるぞお!」


 サウロは鎌を手に取ると、熱帯雨林が如き雑草の山へと果敢に独り立ち向かってゆく……。


「ツヴァイヘンダー(※長大な両手剣)は持ってきたが、カットラス(※海賊や船乗りが好む短いサーベル)を忘れてしもうた……いつもサウロに任せぱなしだとやはりいかんの……」


 と、そんなサウロが奮闘する中庭の傍らを、なにやらブツクサ呟きながらドン・キホルテスが通りかかった。


 休日も何も関係なく、今日も相変わらず剣の鍛錬を行おうと考えていたキホルテスであるが、使おうとしていた種類の刀剣を部屋に忘れたため、それを取りに戻ろうとしていたのだ。


 ちなみにキホルテスはありとあらゆる刀剣類を自在に扱うため、戦場では〝百刃の騎士〟の異名で知られたじつは凄腕の剣士だったりもする。


「……ん? おおーい、サウロ〜! 精が出るのお〜! 何をしておる〜?」


 そんなキホルテスが黙々と草刈りをする従者の姿に気づき、大声をあげながら家庭菜園の方へと近づいてゆく。


「…あ、旦那さま! 見てください。ちょっとほっといたら、ほら、家庭菜園がこの通りですよ。なかなかに苦戦しています」


 主人の声に気づき、サウロも手を止めて顔をあげると、額の汗を拭いながら背後に広がる草叢をキホルテスに見せつける。


「おお! 変わり果てていて気づかなんだが、この草叢は家庭菜園だったか」


 サウロに言われて辺りを見渡したキホルテスも、その荒れ果てようには驚いている様子だ。


「この雑草相手に小さな鎌一つでは難儀であろう……どれ、良いものを持ってきてやろう。ちょっと待っておれ」


 そして、サウロにそう告げると踵を返し、何を思ったか要塞の中へと入って行く……。


「さあ、これだ! この密林が如き繁茂の有り様であれば、鎌よりもこちらの方が向いておろう」


 しばらくの後、再び戻って来たキホルテスの手には、一本の〝マチェーテ(※山刀)〟、アングラント語でいうところの〝マチェット〟が握られていた。


 マチェーテはこの新天地において、藪を切り開いたり、ヤシやサトウキビなどの農作物の収穫なんかに使われている作業用の刃物で、全長は60センチほど。刃先にゆくほど幅広になっており、中世に騎士が用いた片刃の剣〝ファルシオン〟にもどこか似た形をしている。


 また、過酷な農作業にも耐えられるよう刀身は粘り気のある鉄で作られ、そこらにある安物の刀剣類なんかよりもはるかに折れにくいものとなっている。


「これでそれがしが草を薙ぎ払ってやる。そなたはそれを集めて捨てるがよい」


「え!? 旦那さまが草刈りをですか? でも、これから剣の鍛錬をなさる予定だったのでは……」


 その山刀を手に、いつになく手伝いを申し出る主人キホルテスに、サウロは驚いた顔をして聞き返す。


「なに、これも鍛錬の一環にござるよ。雑草相手に山刀を振るうのも、たまにはよき稽古となろうというもの……さあ、いざ参るぞ! せやあっ…!」


 だが、ニヤリと笑ってそう答えると、キホルテスは早々に、大鉈を振るってド派手に雑草を斬り払い始めた。


 甲冑を着た騎士が山刀手に、そうして繁茂する草叢の中を突き進んで行く姿は、まるでまだ新天地が発見されて間もない頃のエルドラニアのコンキスタドール(※冒険者)を彷彿とさせる……。


「旦那さま……よーし! 私も旦那さまに負けないようがんばりますよお!」


 そんな主を見てやる気スイッチの入った従者サウロも、これまで以上に精を出し、キホルテスの刈った草を一所にせっせと集めてゆく。


「フフ……こうしていると、なんだかラマーニャ領にいた頃を思い出しますねえ……」


 そんなサウロの心には、自分達のその行いにコンキスタドールのような歴史的事象ではなく、もっと私的なノスタルジーを伴ったものが連想される。


「ああ。そういわれてみれば、城の庭の管理も人手が足りぬゆえ、二人であれこれとやっておったのう……ま、ラマーニャは新天地と違って乾いた土地、これほどに草は成長せんかったがな。ハハハハ…!」


 従者のその言葉にはキホルテスも当時の暮らしぶりを思い出し、やはり懐かしさに顔を綻ばすと高笑いを城砦跡に響かせた。


 もとエルドラニアの騎士であるドン・キホルテスは、国王よりラマーニャ領という土地を与えられた小領主であり、従者のサウロとともに一応はお城で暮らしていた。


 古き良き時代の騎士道精神を重んじる彼は、銃火器が戦場の主役となりつつあったこの時代、度重なる命令違反を繰り返した末についには爵位と領土剥奪の憂き目に遭ってしまったのだが、二人はそんな当時の何気ない日々と、今の自分達のこの状況を重ねていたのである。


「ここも、言うなれば城のようなものだしの……浪々ろうろうの身となった我らに再びこのような暮らしが訪れるとは……やはり、マルク殿についてきたのは正解だったの」


「はい。最初は海賊になるということに少なからず不安もありましたが、今となっては最高の新たな仕官先でしたね……さて、もう少し頑張ったら一休みしましょう。昔のようにサングリア(※赤ワインに果物や甘味を加えたもの)の水割りでもご用意いたします」


 図らずも懐かしき昔日に思いを馳せることとなり、不遇の時代から救ってくれたマルクとの出会いに感謝をしつつ、主従二人は故郷の名物でかつてのようにお茶とすることとした──。

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