Ⅲ 女子達のお買い物(2)
「──マリアンネさん、このドレスなんて如何ですこと?」
若干、高級感漂う洋服店の店内に飾らた、色鮮やかな赤いドレスを指し示しながらフォンテーヌが尋ねる。
「ええ〜わたしにはちょっと派手だよお……それにだいぶ大人っぽすぎるし。わたしはもっと落ち着いた色の方がいいなあ……」
だが、地味で平民的なエプロンドレスを普段から好んで着るマリアンネは、その良家のお嬢さまのような煌びやかなドレスを、もじもじと身体を捻りながら恥ずかしがる。
ま、彼女の赤ずきんは充分に派手で目立つ色をしていると思うのだが……。
「そうですの? お似合いになると思いますのに……あ、こちらには頭巾もいろいろございましてよ!」
色よくない返事に少々悲しそうな顔をするフォンテーヌだったが、直後に店の一角を見つめると、今度はそこにある品々をマリアンネに勧めた。
そこには、色も形も様々な頭巾が壁にかけて飾られている。ちょうどマリアンネが被っているような頭巾の類も、この店では取り扱っているようだ。
「へぇ〜頭巾かあ……ん?」
興味を惹かれてそちらに歩み寄ったマリアンネの茶色い瞳は、その中の一つの商品の上に自然と引き寄せられる。
それは、まさにマリアンネの被っているものとほぼ同型の、彼女が好むシルエットをした赤ずきんだった。
ただし、こちらは赤というよりもワインレッドに染め上げられた、紫に近い色合いの大人びたものだ。
「それ、カワイイですわね! きっとその色もお似合いですわよ」
「ご試着なさいますか? マドモワゼル」
動かぬその視線の先を追い、フォンテーヌもポン! と手を叩いて声を弾ませると、フランクルの出身らしきキザな店主もそう言って勧めてくる。
「じゃ、じゃあ、試すだけだけど……」
すっかりその頭巾の虜になっていたマリアンネは、ツンデレな態度を見せながらもその勧めに後押しされ、その頭巾を手に取ると被っていたものと取り替えてみる……そして、近くに置いてあった姿見を覗き込んだ彼女は、いつもよりも大人っぽい雰囲気が漂う自身の姿を、その鏡像の中に見るのだった。
「…………!」
「まあ! 思った通りによくお似合いですわ!」
「
目を見開き、じっと鏡を見つめるマリアンネの傍ら、フォンテーヌと露華もそれぞれの言葉で絶賛する。
「ええ。まるでマドモワゼルのために仕立てられたかの如くです。その頭巾も貴方のものになりたいと訴えております。どうです? お買い求めとあればお安くさせていただきますよ?」
「そ、そうかな? ま、まあ、みんながそう言うんならお値段もお手頃だしぃ……思い切って買っちゃおうかなぁ……」
さらには商売上手にも、キザな店主がダメ押しとばかりに彼女を煽てあげ、マリアンネは値札を確認すると、迷いつつも買うことに決めたのだった。
また、そことは違う多国籍な衣服を取り扱っているお店では……。
「──ハッ! アイヤー! 辰国ノ服モ置いてあるネ!」
乱雑に並べられた様々な衣服の中に、露華は故郷の辰国
彼女も常に愛用している、辰国の武術の鍛錬で着るカンフー服だ。しかも、どうやら女性四分割か子供用のものらしく、小柄な露華にもピッタリなサイズである。
一着だけではなく何着かあるが、色は赤や青や黄に緑…と様々なものがある。
「華ちゃんもいいもの見つけたじゃん。どう? せっかくだしこの際一着」
「そうネ。辰国服売ってるのは珍しいネ……」
声をかけるマリアンネにそう答えながら、すでに露華はそれぞれ手にとって物色し始めている。
〝新天地〟という立地上、エルドラニアやフランクル、アングラントなどエウロパ世界の文物は割と簡単に手に入るのだが、さすがに遥か東方の大国〝辰〟のものとなると、なかなか流通していないのが現状だ。
それでもサント・ミゲルまでいけば、エルドラニアの東方回りの航路でまだ入って来たりはするのだが、ほぼ海賊達の
そのため、露華は衣服が必要になった場合、わざわざサント・ミゲルまで探しに行ったり、布を買ってきて自分で裁縫したりしているのだが、故に今回のこの出会いはまさに掘り出し物なのである。
「やっぱりこれネ……」
しばしカンフー服の山を掻き回した後、けっきょく彼女が手にとったのは、今、自分が着ているものと同系色のピンクのカンフー服だった。
ただし露華のものが薄い桃色なのに対し、こちらはサーモンピンクと若干異なっている。
「わたくしも水色のドレスばかり買ってしまいますけど、やはり同じ系統の色を選んでしまいますわよね」
それを見て、同感とばかりにフォンテーヌが呟く。
「わかる〜! わたしの買った頭巾もやっぱり赤系統だし」
その言葉にマリアンネも、買ってからずっと被っているワインレッドの頭巾を摩りながら、うんうんと頷いて見せている。
普段はそこまで交流のない、秘鍵団の二人とフォンテーヌ嬢ではあるが、やはり同じ年頃の女の子同士、話が合うところもあって大いに盛り上がっている。
「お嬢ちゃん、いいのを選んだね。試着すんならそこの部屋を使っとくれ」
とそんなところへ、店の奥から店主の老婆が姿を現し、手にした杖で試着室の方を指し示した。
「了解ネ。じゃ、チョト着てみるヨ……」
老婆の指示に、そのサーモンピンクのカンフー服を抱きかかえた露華は、早々に試着室の中へと姿を消す。
「まあ! なんて雅な色ですこと! 露華さん、とってもお似合いですわ!」
「うん! サイズもピッタリだよ! その色も華ちゃんにバッチリ合うね!」
わずかの後、着替えて出てきた露華の姿に二人は感嘆の声をあげる。
「ソウカ。じゃ、これ、もらうネ」
「あいよ! 毎度ありい」
彼女達の感想を聞くと、露華はマリアンネのように迷うことなく、即決でその購入を決める。
「お二人ともいいお買い物ができましたわね。さ、今度はアクセサリーを見に参りましょう?」
「うん! これまでこんな風にお買い物したことなかったけど、なんか、すっごく楽しいね!」
「好。新しい服も買えたし、ついでに
だが、一旦火のついた彼女達の購買意欲は冷めらず、女子三人の楽しいショッピングはまだまだ続くのであった。
あ、ちなみにサキュマルとゴリアテの一人と一体はというと……。
「…………」
「…………」
女子達の輪の中に入るのはなかなかに敷居が高く、サキュマルは物理的に店へ入れないゴリアテとともに、呆然と屋外に仏頂面で立ち尽くしていた──。
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