Ⅲ 女子達のお買い物(1)

 一方、その頃、露華とマリアンネの女子コンビはというと、同じ島の街場でも市や商店の建ち並ぶ場所へとやって来ていた。


 交易で新天地へとは運ばれてくる…というか、それを強奪して来た品々の集まるこの場所も、酒場同様に大勢の客達で賑わっている。


「──マリアンネ、ゴリアテは連れて来なくても良かったんじゃないカ?」


 アングラント王国やフランクル王国出身者、さらに原住民や原住民と入植民との混血など、様々なルーツを持つ人々で混雑する往来を歩きながら、露華がとなりのマリアンネに尋ねる。


「ううん。そんなことないよ? わたし、錬金術用の原質とか火薬とか重いものけっこう買うから、荷物運びにゴリアテちゃんは最適なんだよ」


 対してマリアンネは背後を振り返ると、ドシン、ドシン…と大きな足音を立ててついてくる、身の丈2m以上はあろうかという大男を見上げながらそう答える。


 ……いや、それは大男ではない。フード付きの灰色のローブを纏って偽装してはいるが、それは今は亡きマリアンネの父親が錬金術の秘術を以て造った生ける土人形──ゴーレムなのだ。


 無論、その異様をローブだけでは隠しきれず、往来ですれ違う人々は唖然とした顔でゴリアテのことを見上げている。


「それにゴリアテちゃん一緒だと変な輩も近づいてこないしね」


 また、マリアンネが言うようにこの奇怪極まりない不気味な大男は、海賊や無法者の集まるこの街で、女子二人が出歩くのに防犯の役目も果たしている。引ったくりやナンパ師なども、さすがに警戒して寄りつきはしないだろう。


 もっとも、マリアンネは常に短銃を懐に忍ばせているし、露華はもと拳闘士という武術の使い手。この二人の場合は襲った側の身の上の方がむしろ心配であるが……。


「なるほどナ。アタシも食材大量に買い込むつもりダカラ、帰りゴリアテに運んでもらうと助かるヨ……デ、アタシは市場行くけど、マリアンネはどうするネ?」


 マリアンネの答えに納得した露華は、自身もゴリアテの有効利用を考えると、今度は行き先を彼女に尋ねる。


「わたしはいつも行く火薬屋さんと画材屋さんと銃器屋さんかな。画材屋さんは岩絵具に使うから、けっこう原質になる鉱物置いてたりするんだよ。銃器屋さんも実験や新兵器開発に必要なカラクリ置いてるし……」


 これから向かう、自分の好きなものがいっぱい並んでいるお店に目を輝かせ、ウキウキと歩みも軽やかにそう答えるマリアンネだったが。


「ハッ! ダメだよ華ちゃん! これじゃあいつもの生活と一緒だよ! いつもやってるただの買い出しだよ!」


 ふと、そんな事実に思い至ったマリアンネは、急に立ち止まると露華の方を振り返る。


「今日はせっかくのお休みなんだから、もっとお休みにしかできない、お休みらしいことしなきゃ!」


「お休みラシイ? それってどんな事ネ?」


 前のめり気味に、なんだか力強く訴えてくるマリアンネに露華は怪訝な顔で小首を傾げる。


「うーん、そうだな……そう! 女の子の休日の楽しみ方といえば、ウィンドウショッピングだよ!」


 その問いにしばし上を向いて考えたマリアンネは、パッと顔色を明るくてそう答えた。


「ショッピング? つまり、買物ネ。じゃあ、やっぱりやる事は変わらないネ」


「違うよ。普段してるお買い物じゃなくて、もっと女の子らしく……例えばお洋服とかアクセサリーとか、そういうオシャレなお店を見て回るんだよ!」


 いまだその言葉の意図が掴めていない露華に、マリアンネは自身の言わんとしていることについて詳しく説明を加える。


「ああ、そういう買物カ。そいえばパリーシィスにいた頃、若い娘達がなんかそんなことしてたネ……だいたいわかったヨ」


 その言葉に昔住んでいたフランクル王国の王都の情景を思い出し、露華もなんとなくマリアンネの提案していることを理解したようだ。


「そっか。華ちゃん、前はパリーシィスにいたんだもんね。いいなあ、華の王都……お洒落なお店いっぱいありそうだよね。でも、この島のお店もけっこういいもの揃ってるんだよ(※海賊行為により強奪されてきて…)。て、ことで、いざ、ウィンドウショッピングへ出発ぁ〜つ!」


 そうと決まれば善は急げと、まだ露華はいいとも悪いとも言ってないのだが、マリアンネは行先を改め、意気揚々と往来を再び歩き出した。




「──ここ、ここ! この通りだよ! 服屋さんとか宝石屋さんがいっぱいあるでしょ?」


「確かに。そいえば、ココら辺ハ今マデ来たことなかったネ」


 しばらくの後、二人はトリニティーガーの繁華街の内でも、衣服や宝飾品なんかを取り扱う店ばかりが立ち並ぶ通りへと辿り着いた。


 どの店も色鮮やかに装飾された看板を高々と掲げ、煌びやかなドレスが店頭に飾られていたりなんかもする。


 また、〝シャネーリョ〟、〝ロワ・ヴィトゥーヌ〟、〝ブルガブリエル〟といった、旧大陸の高級宝飾品専門店なんかもその中に混ざって存在してはいるが……まあ、公認ではなく勝手にそんな盗品を売っているのだろう。


「それならいい機会だね! わたしもあんまし来たことないかな? じゃ、今日は端から端まで、思いっきり見て廻るよお!」


 こうした場所にあまり縁のない二人にとっては新鮮な景色であり、声を弾ませたマリアンネが気合を入れてそう宣言をしたその時。


「あら、マリアンネさんと露華さんじゃないですこと?」


 二人は背後から声をかけられた。


 振り向くと、そこには水色のドレスを纏った、同じくらいの年頃と思われる少女が一人、立っている……透き通るような白い肌に金髪碧眼をした、まるでお人形さんのように可愛らしいスラブ系の超絶美少女だ。


「ご無沙汰しておりやす。秘鍵団の皆さんにはご厄介になりっぱなしで」


 また、その背後には対照的に、厳つく頭に剃り込みを入れると頬には古い刀傷が残る、なんとも人相の悪い長身の男が大きな荷物を抱えて控えている。


「あ! フォンテーヌちゃん!」


「と、サキュマルの叔父貴オジキネ」


 その美少女達の姿を見た二人も、同じく目を見開くと肯定的な驚きの声をあげる。 


 それは、秘鍵団同様…いや、新参者の彼らよりもずっと前からこの島を根城とする老舗の海賊の一味〝メジュッカ一家〟の若き頭目とその古参の若頭だった。


「フォンテーヌちゃんもお買い物?」


 そのうら若き海賊の頭──フォンテーヌ・ド・エトワールに対して、なんとも気軽な調子でマリアンネが尋ねる。


「はい。今日はサキュマルの手が空いていたので頼みましたの。最近は総督令嬢のイサベリーナさまにお呼ばれされる機会も増えたので、新しいお洋服や小物を用意しようかと」


 マリアンネのその問いかけに、フォンテーヌはなんとも癒される純真無垢な、屈託のない眩いばかりの笑顔を浮かべてそう答えた。


 彼女のその笑顔を見ると、誰しもがぽぉー…っと天にも昇る心持ちになって、うっとりとその目尻を下げてしまう。


 それは彼女の超絶的な美しさもさることながら、その善良そのものな性格の良さにも起因する神々しさによるものなのであろう……。


 亡き父ルシアンに溺愛され、心優しき淑女として成長したフォンテーヌを悪く言う者は、この島中探しても誰も…否、おとなりのエルドラーニャ島も含めてこの海域には誰一人としていない。


 しかし、掠奪や戦闘を生業とする野蛮な海賊の頭としては、その性格はあまりにも不向きだった……というか、フォンテーヌには自身が無法者の海賊であるという自覚がまるでない。


 老舗とはいえ先代ルシアンが若くして亡くなり、一人娘である彼女が跡を継いだ後は衰退の一途を辿り、今では背後に控える人相の悪い若頭── シモン・サキュマルが舵取りをして、秘鍵団から買いつけた魔導書の写本を密輸したり、島の物資を運ぶ海運業を営んだりとほぼ海賊じゃなくなっていたりする。


 まあ、その反面、フォンテーヌの天真爛漫な性格が功を奏し、エルドラーニャ島を統べるサント・ミゲル総督の娘イサベリーナと親しくなると、エルドラニア関連の海運業にも参入できたりしているのであるが……って、ますますやってることが海運業者だ。


 ともかくも、そんなわけで仕事上の関係から、マリアンネと露華の二人もフォンテーヌ達をよく見知っているのである。


「お二人もお買い物ですの?」


 今度はフォンテーヌの方から、やはり屈託のない笑顔を湛えたまま彼女達に尋ねた。


「うん。今日はお休みだからちょっと足を伸ばしてみたんだあ。じつはあんまし、こういうお店には来たことないんだけどね。テヘ…」


「アタシも右に同じネ」


 問われた二人は、照れ笑いを浮かべながら正直なところをそう答える。


「あ! それでしたら、わたくし達と一緒に廻りませんこと? こう見えてわたくし、幼い頃よりよく来てましたから、ここら辺のお店の方々とはとっても仲良しさんなんですのよ?」


 すると、なんだかちょっと得意げに、胸を張りながらフォンテーヌはそんな提案をしてくる。だが、どこか子供が背伸びをしているような感じがして、嫌味というよりむしろ可愛らしい。


「いいね! そうしてもらうとわたし達もすごく助かるよ!」


「未知ノ航路ニ水先案内人ハ必要ネ」


 その提案には、二人も顔色を明るくして考える間もなく賛同する。


 趣味がちょっとアレなマリアンネと露華に比べ、生粋のお嬢さまであるフォンテーヌはこうしたお店にもよく出入りをしており、慣れている上に常連中の常連なのだ。


「それでは参りましょう。まずはどこからご覧になります? あ、ゴリアテさんは申し訳ないですけどお外で休憩ですわね」


 その返答にフォンテーヌも嬉しそうに声を弾ませ、ゴリアテのことを思い出して細い眉を「ハ」の字にすると、こうしてマリアンネと露華の二人は、意外な人物とお店を見て廻ることになったのだった。

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