Ⅱ ソウルフードの焼肉屋

 海賊の島トリニティーガーは、その抱くイメージに反してじつは非常に栄えている……エルドラニア商船から強奪した莫大な富が、住民である彼ら海賊の手によってもたられるからである。


 そんな経済力を背景に、その街並みの美しさはサント・ミゲルの街にも引けをとらないほどだ…いや、新天地にあるそこらの植民都市なんかよりも、よっぽど発展していると言っても過言でない。


 だが、世界中どこの都市にも場末や取りこぼされた部分というのは常に存在するもので、ここトリニティーガーにおいてもそのご多分に漏れず、街外れや裏通りにはボロ屋が所狭しと立ち並び、増改築を繰り返しては無秩序な景色を創り出していた。


「──そういや、この店の〝バルバッコア〟食うのも久しぶりだな」


 岬のアジトを離れ、島の繁華街へとやって来たリュカの姿は、そんな金のない下っ端の海賊やゴロツキ達がたむろする場末の一角にあった……焼肉が名物の飲み屋〝BARバルバッコア〟を訪れるためである。


「…ケホケホっ……そうそう、やっぱこの煙と臭いだよなあ……」


 開けっぱなしのドアから店内に入ると、中には大勢のむさ苦しい客達とともに、肉を焼く焚火から立ち上る、咽せ返るほどの芳しい煙がもくもくと充満している……この店は原住民の時代から島で食べられている焼肉料理〝バルバッコア〟を存分に味わえる、知る人ぞ知るご当地グルメの名店なのだ。


「おお、いらっしゃい。今日は一人かい?」


 煙に咽せながらも舌舐めずりをしていると、恰幅の良い店主がそう声をかけてくる。


「今日は一段と混んでんな……ああ。別にカウンターでも相席でもいいぜ……ん?」


 それに答え、視界の悪い店内を見回すリュカであったが、彼の野獣の如く鋭いその眼が、隅の席で肉を焼く、見憶えある三人の男達の姿を捉えた。


 いずれも小汚い編み上げシュミーズにオー・ド・ショースという船乗り風の服装だが、一人はひょろっとしたノッポの男、もう一人はマッチョ、最後の一人は小太りで、くたびれたボイナ(※ベレー帽)を被っている。


「まだだぞ? 肉ってのは焼き加減が命なんだ。まだだ。もう少しの辛抱だからな……」


 目に染みるほどの白い煙の中、組まれた薪木の上で燻し焼きにされるイノシシ肉を眺め、三人の内のマッチョな男が、早くも手を出そうとしている他の二人を口煩く制している。


「よお! アヒルだかマガモだかの野郎どもじゃねか!」


 そんな三人を見つけると、リュカは陽気に声をあげながら彼らの席へと寄って行った。


「ああん? ……ゲッ! りゅ、リュカ!? ……さん……」


 その声に顔を上げた三人は、近づいてくるその眼つきの悪い人物に気がつくやいなや、一瞬にして顔面蒼白となった。


「なんだ、マガモ一家いっか。おまえらもここの常連か?」


 だが、そんな反応ものともせず、リュカは彼らのテーブルの空いている席にそのままどかりと腰を下す。


「へ、へえ。そんなところで……ちなみにマガモ一家じゃなくてダック・ファミリーでさあ……」


 対面に座ったリュカを嫌そうな顔で眺めながら、ノッポの男──彼らのリーダーであるヒューゴーが、遠慮がちに自分達の名前を訂正した。


「ダック? どっちにしろ鴨の仲間じゃねえか……ああ、オヤジ! 知り合いがいたんでここでいいや。とりあえず肉とラム酒だ!」


「ええっ!?」


 その意見も聞いてはくれず、さらに相席を勝手に決めてしまうこの迷惑な来訪者に、ボイナを被った小太り──リューフェスもますます苦々しげに顔を歪ませる。


「お、ちょうど食べ頃じゃねえか。どれ、俺さまが味見してやるぜ……」


「だ、ダメですよ! まだ充分火が通ってません! や、やっぱり肉は一番美味しい状態で食べなきゃあ……」


 しかし、そんな三人の空気を読む気もさらさらなく、彼らの肉にまで手を出そうとする傍若無人なリュカに、マッチョなテリーキャットが恐々こわごわながらも、己の肉に対する哲学から勇気を振り絞ってその手を止める。


「あん? なんかおまえ、面倒臭えやつだな……ま、いいや。んじゃあ、肉焼くのはおまえに任せた。俺は食って呑む係だ、ガハハハ…」


 すると、意外やリュカは素直にそれを聞き入れ、テリーキャットを焼肉奉行職に任命すると、最早、ならず者としか思えないような高笑いを響かせる。


「ハァ〜……」×3


 気分を損ねてボコボコにされるんじゃないかと怯えていた三人は、そんなリュカの不遜な態度にむしろ大きく安堵の溜息を吐いた。


 この三人、自らも言っていたように〝ダック・ファミリー〟を名乗る、やはりこの島を根城としている小者のチンピラである。


 まあ、〝ファミリー〟などと自称していながら一目も二目も置かれていない小者の中の小者であるが、ひょんなことから秘鍵団の仕事を何度か請け負う羽目になり、それでリュカ達のことはよく見知っているのである。


 いや、見知っているばかりか毎度けっこうなひどい目にも合わさてもおり、リュカが恐ろしい〝人狼〟であることもさることながら、そんな過去の辛い経験から、これほどまでに彼らはビビっているのである。


「そいや、うちはおめえらにも世話になってたな。よし! ここで会ったのも何かの縁だ。給金入ったことだし一杯奢ってやるぜ!」


 だが、三人のあまりな怯えように反して、今日のリュカは愛想がよい。給料日で懐がホクホクな上に、久しぶりにバルバッコアで一杯できるために上機嫌なのだ。


「え? いいんですかい?」 


 その太っ腹な申し出には、対して万年金欠なダックファミリーも思わず表情を和らげる。


「なあに遠慮すんな。おまえらも言ってみりゃあ秘鍵団の一員…ってのはちょっと言い過ぎだが、まあ下請けみてえなもんだからな。ついでに肉ももっと注文していいぜ?」


「さすがはリュカのアニキだ! いやあ、前々からリュカの旦那は他の皆さんとは何かが違うと思ってたんですよ!」


「よし! リュカのアニキのために乾杯しやしょう! おおーい! ラム酒三杯追加だ!」


「今日はリュカのアニキを囲んでバルバッコア・パーティーだあ! オヤジ! イノシシ肉ももう四人前だ!」


 さらに太っ腹な発言をしてくれるリュカに、ゲンキンな三人は手のひらを返したようにヨイショをすると、遠慮などとは無縁にバンバン注文を始める。


「おお、話がわかるじゃねえか。おーし! 今日は思いっきり呑むぞーっ!」


 乗りの良い三人にさらにリュカも気分をよくし、こうして予想外の面子による即興の宴会が始まった──。

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