七夕のアンラッキーセブン

寄鍋一人

七夕のアンラッキーセブン

 七月七日――その日は私の誕生日だった。


「ナナ、ごめんな、ちゃんと祝ってやれなくて」


「ううん、しょうがないよ。気を付けてね」


 長年連れ添ったユウタは、仕事の関係で海外に行くことになった。期間も数年と結構長いらしい。


「毎日連絡するから。帰ってくるまで待っててな」


「うん、待ってる」


 そう交わして、搭乗ゲートをくぐっていく背中が見えなくなるまで手を振り続けた。




 七夕に生まれたからナナ、という安直な由来。


 ラッキーセブンだね、といじられるのはもう慣れていたけど、実は気になっていたユウタと話せるきっかけになったときは、持ちネタがあって良かったと思った。


 浮かれて「ユウタの彼女になれたらラッキーかも」とか、今思えば恥ずかしいことを言ってたかもしれない。


「どう? 初日は。緊張とかしてる?」


『支社だからなのかな、世話してくれる人が日本人だったから緊張しなかったよ。英語もまだ使ってない』


 時差の隙を狙ってお互いが話せるときに、約束した通り毎日のように連絡を取った。電話ができなければメッセージを送り、向こうの退勤時間くらいにはちゃんと返信があった。




 ユウタが行ってから半年が過ぎたくらいから、返信が遅くなってきた気がした。


『最近忙しくなってきて……。全然連絡できなくてごめんね』『家帰ったらすぐ寝ちゃうんだよね。昨日も寝落ちしてた笑』


 そんな調子の返事が三日に一回、一週間に一回と、時間とともに頻度は露骨に減った。


 私はふと初日の会話を思い出す。そういえば世話してくれる人が日本人だっけ。男の人か女の人か聞いておけばよかったな。


 それでもそんなはずはないと疑心暗鬼を押し殺し続ける。




 また私の誕生日が訪れた。


 今朝は快晴で、このままいけば織姫と彦星は無事一年に一回の逢瀬を楽しめるだろう。


 じゃあ私は? 七夕に生まれたラッキーセブンのナナは、好きな人との逢瀬を純粋に楽しめるんだろうか。


 街頭でやっていたイベントで、「ユウタが浮気」まで書いてハッとして短冊をくしゃくしゃに丸める。


 そんなに気になるならいっそのこと本当に会いに行ってみようかと、着替えなど何も持たずに飛行機に飛び乗る。ユウタが浮気してなければ、ユウタの家で色々借りればいい。そう思って身も心もとことん軽くして空の旅を満喫した。


 ユウタが日本を出るときに教えてもらっていた住所に向かい、部屋のチャイムを鳴らす。


「こんな時間に誰……え、ナナ、何でいるの、何で」


 寝起きのユウタが欠伸をしながら出てきたと思えば、直後目を見開いて何かを隠すようにして身構える。


「何でって……全然連絡ないから来ちゃった。ちょうど私の誕生日だし……」


「あー……えーっと……、実は今仕事ヤバくて、明け方に帰ってきたところなんだよね……。ちょ、ちょっとすぐ準備するからさ、すぐそこのカフェで待っててくんない?」


 しどろもどろになりながら挙動不審で時間をかせごうとするその姿は、そうと証言しているようなものだった。


 心のどこかでそんなことはなく本当に忙しいだけだと思っていたものが、音すら立てず消えていく。


「帰るね、さよなら」


 それだけ言ってまた飛行機に乗る。




 ポケットに入っていた紙を広げると、数時間前のナナが「ユウタが浮気」の文字を突き付ける。


 私は七夕に浮気されて別れた、アンラッキーセブンのナナだ。

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