第19話 四面壁囲 7
「おい! どういう事だよあの記事」
第一声から細貝君はキレていた。私が訳も分からず黙っていると彼は
「昨日あんな配信やって事務所からも怒られてんだよねー! その次の日に彼女の浮気発覚とかシャレにならないんだけど」
「ごめん……なんの話?」
私はまったく事態が掴めず困惑していた。細貝君は終始、責めるような口調で私のネット記事のことを伝えてきた。一端電話を切ると、私はそのネット記事を探した。
しかし探すまでもなく、それはトップページの方に載っていた。遠くから盗撮したような写真と共に「ケンくんの新しい彼女」、「早くも浮気発覚」の文字が躍っている。目線で隠された写真に、一瞬私は自分じゃない気がしたが、服とか間違いなく自分のものだ。これはもしかしたらカラオケで酔っ払った時のものか……あの日店員さんにタクシーまで送ってもらったのはわずかに覚えていた。
こんな捏造されてしまうのかと、私は少し怖くなった。自分のSNSを見ると、もの凄い数の罵詈雑言で埋め尽くされていた。それは昨日までの比ではなかった。ありもしない事実によって私の人間性までもが全て否定されているようだった。
ネット記事は瞬く間に拡散されたらしく、友達や母親からも心配するL1NEが数件来ていた。
動画チャンネルの方も見てみると、こちらもコメントが山のように書き込んである。しかも登録者数は半分以上減っておりネットの情報の速さと、それに世間がいかにストレートに反応するのかを改めて痛感した。
学校は休もうかとも思った。外に出るのが怖かった。石でも投げられるんじゃないかと本気で思ってしまった。でも細貝君に必ず来いと言われた手前、仕方なく私は学校へと向かった。
帽子を目深に被り眼鏡もしている。それでも街中や電車で周りの人がこそこそと私のことを話しているような気がしてならない。なるべく顔を上げぬよう、ずっと下を向いていた。
学校に着いてクラスの教室に行くと、いつも一緒に座っていた麻貴が違う人の隣にいた。一瞬ちらりと目が合ったがニヤリと笑いながら私から顔を背けた。
私は誰も座っていない最前列の席に着いた。そこへ憮然とした表情で細貝君がやって来ると、私を見つけ一言告げた。
「後でじっくり話聞くから。今日の授業全部終わったらうちのサークルの部室まで来てもらっていいかな?」
それだけ言うと彼は授業も受けずに教室を出て行った。私は頷き返すこともせず何も喋らなかった。彼の態度を見てなにかが吹っ切れ、特に言い訳や弁解などする気も起らなかった。
これはあの日、周りに流され軽い気持ちで付き合い、そしてちやほやされて調子に乗った私への罰だ。でもあの店員さん、ジョニーさんには悪いから浮気というのは訂正しとこう。
私と変な噂が立つのも申し訳ないし、ジョニーさんにちゃんと直接会って謝らないと。そう心の中で呟きながら私はSNSのアカウントを次々に削除していった。
昼休みの混雑を避け、おれが文字通り一人でおひとり様お鍋をつついていると、どこからともなく聞き慣れた声がした。
「おーこれはこれは、嵐を呼ぶ男ジョニーさんじゃないっすか」
甚のその言葉にせっかく掴んだ豆腐が箸から崩れ落ちた。おれは溜息混じり肩をがっくりと落とした。
「だからあれはなぁ、酔っ払ったお客さんを介抱しつつ、タクシーを捕まえてお見送りしただけっだつーの。ただの紳士的振る舞いだよ」
おれが再びお豆腐ぷるぷるチャレンジを慣行していると、今度は聞き慣れた女性の甲高い声が聞こえた。
「いたよ~! ちょっと~ジョニーくん! ビッグカップルの女に手出したらしいじゃん!」
お胸をぷるぷるさせ怒る
「見損ないましたジョニーさん。自分がされて傷ついたことを他の人にもするなんて……一度喝を入れた方がいいですかね?」
おれは両手を上げぷるぷると何度も顔を左右に振った。すると今度は
「そんな危ない橋渡らなくても私がいるのにジョニーくん……」
口元を抑える彼女の手はわずかにぷるぷる震えていた。まさかアルコール切れじゃないだろうな。三者三様に責め立てられ、おれはまた深い溜息を吐いた。
「だから違うって。あれは捏造記事で彼女はただのお客さんだから」
おれは甚に話した内容を再度彼女たちに説明すると、ようやく納得してくれた。
心なしか三人共どこかほっとした様子だった。
三人が去った後、おれはようやく食事を再開した。鍋の豆腐はすっかり散り散りとなっていた。おれがその亡骸たちをレンゲですくい上げていると、今度は四葉がおれの元へとやってきた。
「ジョニー先輩まだお昼食べてるんですか? めっちゃ優雅じゃないですか」
「いや別に貴族みたいにお上品に食べてるわけじゃねえからな。あの記事のことで質問攻めにあってたんだよ」
「あぁ……そうでしたか。なんかネオンちゃんも大変みたいですよ。噂では細貝君信者の女たちから色々言われてるらしくて。でも彼女なんの言い訳もしてないみたいです。ただ一言、あの人は浮気相手とかそんなじゃないって言ってるみたいです」
「まぁそう言うしかないだろうな。なんならおれも一緒に誤解を解いてまわった方がいいかもな」
「あっそれならこの後、細貝君たちがうちの部室にネオンちゃんを呼んで事情を聞くみたいですよ。先輩もそこに同席するってのはどうですか?」
その提案をおれは二つ返事で了承した。そこで彼女の身の潔白を証明した上で、彼女がいかに悩んでいたかも伝えようと思った。
「なんか細貝君たちはネオンちゃんに謝罪配信みたいなことやらせるとか言ってるみたいですよ」
「それはいくらなんでもやりすぎだな。当人同士の問題をなんで世間に謝らにゃいかんのだ」
おれがそう言うと四葉はうーんと唸りながら話を続けた。
「でもそれがインフルエンサーや有名人の責任ってやつかもしれませんよ? 結局、世間に認められて名前が売れるわけじゃないですか。それで動画とかもたくさん見てもらって広告収入を貰える。昔の芸能人みたいにプライベートはばれなきゃ何しても良いってのはもう通用しないんですよ。そもそも今のご時世、いたるとこに人の目があって映像に残るし、すぐに情報が回りますからね」
いきなりの四葉の正論におれはただ黙り込むしかなかった。そう言われれば確かに音遠ちゃんは自ら望んで世間に注目されることを選んだ。浮気ではないにしろ、細貝君を傷付けたことには変わりない。
やはりおれがあまり口出すことじゃないかもしれないと、考えながら最後の豆腐を口に運んでいる時、ふいに四葉を呼ぶ声が聞こえてきた。
「いたいた! 四葉~探したよ~。ちょっと凄い事実がわかったよ」
四葉の元へとやってきたのは、ほんわかとしたお嬢様タイプの女の子だった。四葉は振り返りながら手を振る。
「どうしたの怜子? あっ先輩、この子は同じサークルの松下怜子です。こんな可愛らしい見た目だけどテニスしてる時は鬼と化します」
「ちょっと! 余計な補足情報は言わなくていいから! 初めまして~松下です。もしかしてこちらが噂の壁際のジョニー先輩?」
「おまえなぁ。また変なあだ名付けるなよ……」
おれが脳天チョップをかまそうとすると、四葉は松下さんの後ろにささっと隠れた。舌を出しながらニヤニヤしてやがる。
「てへへ」
「てへへじゃねーよまったく。で松下さん。さっき凄い情報がとか言ってたけどもしかしてネオンちゃんの件?」
彼女はそうそうと言いながら一度手をパンと叩いた。
「そうそう! さっきちょっと暇だったから友達とかくれんぼして遊んでたらね――」
「あんた今時のJDがなんでそんな遊び……いや、ちょっとそれありかもね」
忍びの血が騒いだのか、四葉が変なことを言い出した。おれはそれを手で制しながら話の続きを松下さんに促した。
「私が部室のロッカーに隠れてたらさ、細貝君と麻貴が入ってきて二人でなにやら密談を始めたのよ」
「あっ麻貴ってのはうちらと同じサークルで、細貝君とネオンちゃんと同じクラスの子です」
四葉の説明におれが納得して頷くと松下さんが話を続けた。
「それで話を聞いてたら今回の件、というかフラッシュモブで告白した段階からどうやら裏があったらしいのよ」
そう言うと彼女は咄嗟に録音したという音声を流し始めた。その内容におれと四葉は険しい顔で何度も目を合わせた。
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