第18話 四面壁囲 6
あの待望の大作ゲームが発売されて皆さん小説どころじゃないでしょう。
こんな小説、後回しにしちゃってください……
音遠視点の回です。
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待ち合わせの場所に行くと細貝君たちは車にカメラなどのセッティングをしていた。グランブルドッグのメンバーと他にも数人のスタッフらしき人たちがいるようだった。
「あーネオンちゃん! おはよう。今日はよろしくね」
私が近くまで行くとようやく細貝君が気付いてくれた。私は他のスタッフさんにも会釈をし挨拶をする。
「なんかすごい大掛かりだね……」
「今日はライブ配信だからね。やっぱロケだとこれくらいになっちゃうよ。あっこれ一応今日のスケジュールと簡単な構成だから読んでおいてね」
細貝君がA4用紙数枚の台本なようなものを渡してきた。ご丁寧に『はじめてのデート ネオン編』という表紙まで作ってある。いやネオン編って……今後別キャラとの続編ある感じじゃん。
現場にはメイクさんも用意してあり、私は一端化粧を落としてから再度メイクをしてもらう羽目になった。
開始一時間前になってスタッフ含め打ち合わせが始まる。台本片手にスタッフ全員が集まり細貝君が今日の流れの説明を始めた。
「じゃあ本日はよろしくお願いします。まずド頭は車中カメラからおれとネオンちゃんの絡みから始まります。視聴者さんに挨拶して、たぶん十分くらいはコメントの返しとかするかなぁと思ってます。ここはネオンちゃんにも質問来ると思うから答えてね」
急に話を振られ思わず「はい」と答えてしまった。これはほんとなんかの番組みたいだなと、心の中で苦笑いした。するとここで撮影担当メンバーの木田君が話し始めた。
「別紙に書いてるんですが、ドライブ中の引き
内輪ネタとかだろうか、スタッフたちの間で軽い笑いが起こる。その後、再び細貝君が説明を始めるとスタッフからの質問が飛んでくる。
「この観覧車前の歩きのシーンですけど、ロングだと暗いんでずっとお二人の近くでカメラ回しちゃおうかと思ってるんですけど?」
「そうですね。確かにロケハンの時も結構暗かったんで。じゃそれでお願いします」
細貝君が答えるとカメラマンらしきその人がアシスタントに指示を与える。
「一応歩きの時も
キスシーン? 台本の最後の方を見ると確かにそう書いてあった。これはキスすることが確定なんだろうか?
すでに私の頭からはデートという文字は消え失せていた。まるで恋愛リアリティ番組にでも出る役者のように、別の意味で私は緊張していた。
車に二人で乗り込むと細貝君はカメラなどのチェックを始めた。私がなにも言わずそれを見ていると彼がこちらをちらっと見て微笑みながら言った。
「もしかして緊張してる? ネオンちゃんはカメラ意識せず普通にやってくれたらいいから」
「うん。でも私ライブ配信とか初めてだから大丈夫かな?」
「まぁあんまり作らなくて平気だよ。うちの視聴者は優しい人多いから。そーそー!
あとおれの呼び方、まだ細貝君でしょ? よかったら下の名前で呼んでよ」
「えっと……じゃあケンくんでいいのかな?」
「うんオッケー。てか二人っきりってもしかして初めてだよね? ごめんねーなんかいろいろ忙しくてさぁ。付き合ってる感じしないよね」
彼は申し訳なさそうな顔で機材のチェックをしながら言った。私は軽く顔を横に振って答える。そして遂に本番の時間となった。
「じゃあそろそろ始めるね。あとくれぐれも放送禁止用語とかは気を付けてね」
彼は笑いながらそう言った。そしてライブ配信が幕を明ける。
「みなさんこんばんわー! 今日はネオンと初デートです!」
ケンくんの元気な声が車内に響き渡る。私は少し緊張気味に挨拶をした。
「初めましてーネオンです。みなさん今日はよろしくお願いします」
私が挨拶するとコメント用のタブレット画面に次々に視聴者の挨拶やかわいいなどがどんどん流れて行く。
「すげえ! 一万人も見てくれてるよネオンちゃん!」
「ほんとだー! やばいね」
ドライブ中は車を運転している彼に代わって私がコメントを読み上げ、それに二人で答えるといったやりとりを暫く続けた。たまに「このコメントは管理者により削除されました」という文字がちらほら目についた。きっと私への文句や蔑む言葉が書かれていたんだろう。
それでもコメント削除が追いつかなくなったのか、罵詈雑言が私の目にも入るようになってきた。
〈よく見るとそんなかわいくないんだけどw〉
〈もうちょい楽しそうにすればいいのに…〉
〈二人はもうやったの?ww〉
〈歌い手とかいってたけどたいして上手くないよな〉
ケンくんは気付かない振りをしているがきっとちらちらと見ているのだろう。少し笑い方がぎこちない。ある程度予想はしていたが、実際目にするとかなり精神的に来る。なんで見ず知らずの人にそんな事言われないといけないんだ、とか私は好きでやってるんじゃないとか色んな感情が私の中に渦巻いて行った。
その後レストランに入りコメント地獄からは解放されたが、さっきのコメントが頭に残り、私のテンションはどんどん落ちて行った。
でもカメラはずっと回っている。夜の遊園地では歩く私たちの間近でカメラマンが撮っていた。ライトに照らされ歩く私たちを好奇の目で見る人たちや、近寄ってこようとする人もいて、スタッフの人に止められていた。
少し前までの私は「多くの人に自分の歌を聴いて欲しい。大勢の人の前で歌いたい」と単純に考えていた。一向に増えない視聴者の数に不満を感じていた。
でもいざこんなに多くの人に自分の姿を晒し、彼らが望みそうなコメントを捻り出して喋っていると、自分が自分でないように思えてきた。
批判や嘲笑ばかりが頭に残り、それ以外の言葉が全く入ってこない。今までは少ないコメントながらも元気を貰えたり、それで自分に自信が持てたりしていた。
あの短いながらも暖かい言葉を思い出すと泣きそうになってしまう。今、観覧車の窓に映る自分がまるで知らない人のように見えてきた。
「――ちゃん! ネオンちゃん! どっか具合でも悪い?」
気が付けば、目の前に座る細貝君が私の肩を揺すっていた。そして私の顔を見ると少し驚いた表情をしてさっとカメラを切った。
その時、私の頬を涙が伝った。
抑えきれなくなって、嗚咽を漏らしながら私は顔を両手で覆った。
観覧車がてっぺんを過ぎ下り始めた。細貝君は電話で他のメンバーとなにやら話をしている。
「ああ……とりあえず機材トラブルって事にして。うん、ちょっと別の場所で最後のコメント撮ろう」
ふぅーっと溜息を吐きながら彼は電話を切った。数秒の沈黙の後、いつもとは違うトーンで話し始めた。
「それで? 一体どうしたの?」
私は俯いたまま、ただ「ごめんなさい」と繰り返すしかなかった。彼はそんな私に少し呆れた表情を向けていた。
「とりあえず中途半端に終われないから、もうちょっと頑張ってよ。最後は横で手を振ってくれるだけでいいから」
その後場所を変え、短いコメントを撮って配信は終了した。他のスタッフたちが撤収作業をする中、グランブルドッグの四人は神妙な面持ちで話をしていた。私は一人ベンチに座りずっと俯いていた。
翌日、私は細貝君からの一本の電話で目が覚めた。
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