第8話 姉妹の確執という壁 後編
「こんな所で何やってるの? お姉ちゃん」
突然現れた彼女はおれの横にいる彼女にそう言った。
ん? お姉ちゃん? ここは普通、妹さんが鈴雫ちゃんと入れ替わってて、おれが「なにー!?」って言うのが
「またそんな恰好で男を誘ってたの? どうせ
鈴雫ちゃんは黙ったまま俯いている。おれは相変わらず二人を交互に見比べていた。うーん……本当に区別がつかない。胸の大きさも今日は同じくらいの気がする。
「そんな事ばっかりやってたら、また一人ぼっちになっちゃうよ?」
「うるさいっ! あんたに言われたくない! もううちは昔と違う! 男にだってモテるしフォロワーだってたくさんいる! うちの方が人気者なの!」
それまで黙っていた鈴雫ちゃんが反論する。
「じゃあ私の彼氏にちょっかい出すのやめて欲しいんだけど。一樹もしつこく迫ってくるから困るって言ってたよ?」
「あんただって中学の時うちの彼氏奪ったくせに!」
「だからあれは、お姉ちゃんの束縛がきついって相談受けてただけだって!」
路上での口喧嘩は激しさを増す。はたしてどっちの言ってることが正しいのかおれには判断できなかった。
「ジョニーくんだっけ? あなたはお姉ちゃんになんて言われたの?」
「おれが聞いたのは……リンダちゃんは今までの彼氏を妹さんに全部取られたって。一樹さんって人も妹と浮気してたから別れたって……」
「はぁ? 逆よ逆! お姉ちゃんはいつも私の彼氏にちょっかい出してくるの。まぁほとんど失敗してるけどね」
鈴雫ちゃんは唇を噛み、涙目になって妹を睨んでいた。握りしめた拳は少し震えている。そこに颯爽と現れる人物がいた。
「ごめん
「あっ一樹! 大丈夫。私もさっき来たとこ」
妹さんは彼氏の腕に絡みついた。おれたち二人に気付いた彼氏は少し驚き、そして顔を歪めた。
「なんで沙来のお姉さんがいるの?」
「偶然会っただけだよ。一樹からも言ってよーもうちょっかい出さないでって」
彼は鈴雫ちゃんをじーっと見た。しかし彼女はその視線から逃げるように目を逸らした。
「おれはもう連絡とかしないでくれるなら、それでいいよ」
「もう! 優しいなぁ一樹は。じゃあそういう事だからお姉ちゃん。ジョニーくんも彼女とかいるなら気をつけてねー」
「いやおれは……」
おれの言葉を待たずに二人は行ってしまった。取り残されたおれたちの間には
「リンダちゃん大丈夫?」
おれの問い掛けに彼女はなにも答えなかった。ぐすんと鼻をすする音だけが返ってくる。
「とりあえず少し休もう。酔いも覚まさないと」
無言で頷く彼女の手を引き、おれたちは夜の公園へと向かった。
頼りない街灯に照らされたベンチに彼女はちょこんと座った。肩を落とし俯く彼女の表情は髪に隠れて見えなかった。
「お茶、買ってこようか?」
「……ウーロン茶」
か細い声で彼女は言った。おれは近くの自販機でウーロン茶とコーヒーを買うと、彼女の横に腰掛けた。
「はい。ウーロン茶」
「ありがと……」
カコンというコーヒーの缶を開ける音が空しく響く。彼女も無言でペットボトルを傾ける。ようやく涙は止まったようだった。そしてぽつりと話し始めた。
「ごめん……嘘ついてて……」
「うんまぁ……おれは平気だから気にしないで」
「妹が言った事は全部ほんとなの……最低だよね、私……」
その声は弱々しくまるで消えてしまいそうだった。
「やっぱり妹さんを見返したかったから?」
彼女は小さく首を横に振った。
「私は妹みたいになりたかったんだと思う。見た目は同じなのになにが違うんだろうってずっと悩んでた。妹の真似をしてるのにどっか違うの。喋り方とか服とか、妹と同じようにしてるつもりなんだけど、いつもなにか足りないの」
「もしかして今日も妹さんの真似をしてた?」
今度はこくりと首を縦に振った。
「妹だったらこうするだろうな~って。喋り方とか仕草も意識したし、今日はパットもちょっと入れてるの」
少し笑って彼女は胸を突き出した。どうりでむぎゅが一個多いと思った。
「でもやっぱりうちじゃダメだったな~ジョニーくんを落としたかったんだけど。結局うちは妹みたいにはなれないんだ~」
はぁ~っと盛大にため息をついて寂しそうに彼女は笑った。それでもおれはいつもの鈴雫ちゃんに少し戻ったような感じがして嬉しかった。
「なる必要ないんじゃないかな? 妹さんみたいには」
「え?」と目を丸くして彼女はおれを見た。
「おれは逆に今日のリンダちゃんはなんか嫌だったな~なんかこう……無理して自分を偽ってるみたいで」
「……そりゃまぁ妹の真似をしてたから――」
「だからもう真似なんかしなくていいと思うよおれは。リンダちゃんにはリンダちゃんの。妹さんには妹さんのいい所がある訳だから。どっちが上か、とか比べてもしょうがないっしょ?」
これはおれの本心だった。実際おれは妹さんのことはまったく知らない。鈴雫ちゃんも出会ってまだ少しだけど悪い印象なんてこれっぽっちもなかった。
そりゃ嘘を吐かれてたのはちょっとショックだけど、きっと彼女なりの理由があるんだろう。完璧な人間なんてこの世にはいないのさ。
その時、おれを見つめる彼女の目からすーっと涙が頬を伝った。そのまま泣き顔になった彼女は両手で顔を覆った。
「ひっく……ずっと……ずっとぉ妹が羨ましかったのぉ。いっつも妹と比べられてる気がして……私はただのコピーなんじゃないかって。偽者なんじゃないかってぇ。うえぇぇぇぇん」
彼女は次々流れる涙を両手で
「よしよーし。リンダちゃんは十分魅力的だよ。この前の子供をあやしてる時の笑顔なんてもうズッキューンだったよ」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと! あの優しい笑顔見たら男はイチコロよ!」
「じゃあジョニーくんもうちに惚れた?」
「うん! キュンキュン惚れ――」
「じゃあ付き合って!」
「えぇっ! めっちゃ食い気味! それはその……」
「ふふっジョーダン。でもありがとう。なんかいろいろ吹っ切れた気がする」
ようやくいつもの彼女が戻ってきた。その
「よかったよかった。でももう嘘はだめだよ」
「はい。ごめんなさい……カスミンにも謝らないと」
「そーだ! カスミさん! リンダちゃん今すぐ電話!」
「え~もう遅いしぃ。明日でいいよ~」
「ダメダメ! あの正拳突きが夢に出てくるからっ!」
結局電話しても霞美さんは出てくれなかった。必ず朝一で電話するようにと、おれは強く念を押した。
その日はただひたすらに誰かに追われる夢を見た。
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