第7話 姉妹の確執という壁 中編


 泣きじゃくる鈴雫りんだちゃんをベンチに座らせ、落ち着くのを待った。おれは掛ける言葉も見つからず、隣でただただ彼女が泣き止むのを待った。


 行き交う人々がちらちらとこっちを見ながらひそひそ話をしている。これじゃ別れ話してるカップルみたいだな……ぽりぽりと人差し指で頭を掻いた。


「ごめんね~なんか嫌なとこ見せちゃって……」


 彼女はようやく泣き止むとティッシュで鼻をかみながら言った。


「いいよ気にしなくて。こんなとこで元カレと会ったら辛いよね」


 彼女のいつもの明るさはすっかり影を潜め、足元をぼんやりと見つめていた。


「うちがコスプレしてるのはね、妹を見返したかったからなの。うち、小さい頃はすっごい人見知りで、どっちかといえばおとなしくて目立たない子供だったんだ。逆に妹は明るくてコミュ力高くてね、いっつも周りに人がいて……」


 彼女はぽつりぽつりと小さい声で話した。おれはただ頷いて彼女の言葉を待つ。


「中三の時にね、クラスで白雪姫の劇をやったの。主役は妹だったんだけど当日風邪を引いちゃって、代わりにうちが白雪姫をやることになったんだ。家で練習に付き合ってたから台詞は覚えてて、それに見た目は全く同じだからね」


 彼女はふふっと自虐的な笑いをおれに向けた。つられるようにおれも少し笑い返した。


「白雪姫を演じていたら、なぜか妹になった気がしてさ~それからクラスのみんなの見る目も変わってね。自信が持てたからかなぁ、結構男子にモテるようになったの。

それで王子役やった男子と付き合うことになったんだけど……実は妹はその子のことが好きだったのよ。それからはしょっちゅう姉妹喧嘩。結局その彼氏は妹に取られちゃったけどね~」


「それで? コスプレをするようになったのは?」


「そうそう! 白雪姫をやった時の感動が忘れられなくってね~うちが唯一妹から奪ったモノだから。それで白雪姫のコスプレやったらはまっちゃって! でも結局は承認欲求かな~誰かにかわいいねって褒めてもらいたいからかな。うちは妹よりもかわいいんだって思いたいのかも」


「リンダちゃんは十分かわいいよ! 特に今日のコスプレは最高だったっす!」


 おれはニカっと笑い親指を立てた。彼女はおれを見てぷっと笑った。


「ありがとジョニーくん。なんかいろいろ話したらスッキリした! じゃあみんなと合流しよ~」


 彼女がすっくと立った時、おれたちの目の前で一人の少女が転んで泣き出した。鈴雫ちゃんは慌てて少女に駆け寄った。


「大丈夫~? よしよし、痛かったねぇ。パパかママはどこにいるの?」


「うぇぇぇーん! ママがいないのぉ! お姉ちゃんママはどこー?」


 鈴雫ちゃんは少女の前にしゃがみ込み微笑みながら頭を撫でていた。


「じゃあお姉ちゃんがママを探してあげる。実はお姉ちゃんは魔法使いなのよ」


 パチンとウィンクをするとコスプレで使っていた杖をバックから出した。少女はキラキラと目を輝かせる。


「すごーい! お空も飛べる?」


「お空は飛べないかな~ごめんね~」


 鈴雫ちゃんは少し苦笑いしながらおれの方を見た。おれは思わずぷぷっと笑った。それから三人でママを探していると意外とあっさり見つかった。丁寧にお礼を言われおれたちは少女に手を振り別れた。


「かわいい子だったね~母性が溢れちゃったよ~」


「リンダちゃんは子供好きなんだね。ずっとニコニコしてたよ」


「うん、かわいいよね~今なら母乳が出ちゃうかも」


「ぼ、ぼ、ぼぬー? さ、搾乳しましょうか?」


「きゃはは、ジョニーくんのエッチ~」


 うん。やっぱり鈴雫ちゃんは笑ってないとな。おれは杖でツンツンされながら、二人で集合場所の時計台へと向かった。


 すでに四人は着いており、なぜかカッキーが地面に座り込んでいた。それと霞美さんがなんとなくおれたちを睨んでいるような……


「甚、カッキーの奴どしたん?」


「なんかカルアちゃんに酔い潰されたんだと。こんなテーマパークで泥酔するかよ普通……」


 さすが酒豪のスキル持ち。花瑠愛ちゃんはケロっとした顔で鈴雫ちゃんたちと喋っていた。一方カッキーは青い顔で虚ろな表情をしていた。


「うっ! うっぷ……」


「バカっ! こんなとこでやめろよ! 飲み込め!」

  

 甚がカッキーの口を抑え、おれは念のためカッキーのバックを開けスタンバイした。さすがに自分のバックには出さないだろう。


 そしてその日は現地解散となり、おれと甚はカッキーを抱きかかえ家路へと着いた。



 

 それから数日後、授業も終わり、おれは一人で帰ろうとしていると不意に声を掛けられた。


「ジョニーくん! もう授業終わったー?」


「おぉリンダちゃん。うん終わったよ。あれ? 今日はカスミちゃんとカルアちゃんは一緒じゃないの?」


「うん。うちだけ終わって帰るとこー。よかったら今からご飯でも食べ行かない?」


「OKいいよ。何食べますかぁ」


 おれは鈴雫ちゃんに連れられてお洒落なカフェへとやってきた。今日の鈴雫ちゃんは、また一段と攻めた格好をしている。胸元ザックリにタイトなミニだ。食べる前からもう胸がいっぱいで……


「この前は楽しかったねー! また行こうねー」


「おう! 行こう行こう。てかあの後おれらは大変だったよ。カッキーが吐きそうになるたんびにいちいち電車降りてさぁ。帰るのに二時間くらいかかったよ」


「へぇー大変だったね」


 全然興味なさ気に鈴雫ちゃんはパスタをくるくる巻いた。まぁカッキーのことなんざどうでもいいか。


 それから楽しく食事をし、おれたちは店を出た。軽くお酒も飲んだせいで鈴雫ちゃんはちょっと千鳥足だ。おれに撓垂しなだれ掛かってまたも、むぎゅむぎゅむぎゅと……

心なしか今日はいつもよりパワーアップしているような。


「リンダちゃん大丈夫? ちょっとベンチで休もうか?」


「ダイジョブ、ダイジョブー! ねぇジョニーくん、チューしよ、チュー♡」


「ちょっ! 待って待ってリンダちゃん!」


 彼女はおれに抱きつきキスを迫ってきた。かわいい唇と胸の谷間ドアップのダブルパンチだ! これを耐えきれる男がこの世に何人いるだろうか……


「ジョニーくん? とリンダちゃん?」


 聞き覚えのある声に振り返るとそこには霞美さんが仁王立ちしていた。得も言えもいわれぬオーラが立ち込めている。こういうのもエモいって言うのだろうか。


「そうですか……もう二人はそういう仲なんですね……」


「ちょっと! カスミさん待って!」


 止める暇もなく霞美さんは走って行ってしまった。


 参ったなぁ。


「なんか見られちゃまずかった?」


「うーんまずいというか、カスミちゃんおれたちが付き合ってるとか勘違いしたんじゃないかなぁ」


「いーじゃん。あの人がどう思っても関係ないし。いっそほんとに付き合っちゃう?」


 霞美ちゃんと喧嘩でもしたんだろうか。この前まで仲良さそうにしてたんだけどなぁ。


「でもカスミちゃんは親友でしょ? やっぱり誤解は解いておかないと……」


「女の友情なんて表面的なもんだよー。ねぇ今日はジョニーくんち行っていい?」


 いつもと違う彼女におれは戸惑った。相変わらず抱きついてくる彼女をたしなめようとした時、目の前に一人の女性が現れた。


「え……? リンダちゃんが二人?」


 おれに抱きついていた彼女は気まずそうな顔で離れていった。


 まさか今までずっと一緒にいたのは妹だったのか……?




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