第12話


「いやぁ助かったわい」


 傷が癒えたばかりの老人がヤレヤレという様子で起き上がった。


「お前さんの持っとった治療薬のおかげで助かった。ありがとうよ」


 お礼を言われて俺は少しホッとする。大きなキャラバンで怪我人が多数いたが全員が完治した。自分が作った薬が人の役に立ったのだ。親友に奪われたとはいえ、やはりこの薬は人々の希望になり得る物だ。それが誇らしく同時に悔しい。本来なら俺もその栄誉を……


 少し物思いに耽っていたようだ。老人が俺の表情を覗き込んできた。


「大丈夫かね?」


 俺は現実へと引き戻されて頷く。


「皆さんが無事で良かったです」


 老人が言う。


「何かお礼をさせてくれ」


 しかし俺は首を左右に振った。


「いえ。大して損はしていないので。大丈夫です。ありがとう」


 懐は大して傷んでいない。まぁ確かに高価といえば高価だが。それは現在の薬の市場価格が、だ。俺の場合は自家生産なので材料費と手間代だけだ。


 しかし老人は食い下がる。


「この薬。王都で噂のトリートというポーションじゃろう? 儂らもこれを買いに行ったんじゃ。しかし一本も手に入らなんだ。やはり伝手がないと厳しくてな」


 老人の瞳には問いかけがある。これだけの数を持っていたことに対してだろう。俺は黙って下へ俯いていると老人が「訳有りか」と呟いた。本当はここで俺が作ったのだと叫びたかった。でも今更それを言っても不審がられるだけ。それどころか盗人猛々しいと思われるかもしれない。


「これだけの薬じゃ。このままじゃあ、さぞや損失じゃろう?」


 俺は再度、大丈夫ですと答えて立ち去ろうと馬車の方へ移動する。すると老人。


「儂はアトゥーレンと言う街で商人をしておる。結構大きな道具屋でな。もし何か入り用な物があったら尋ねてくれ。名前はホブスじゃ。ホブス・カカロッティ。カカロッティ商会の長じゃ。タダで入り用のものを融通しよう」


 俺は「ありがとう」と頷き馬車を動かし始めた。彼らの横を通過する時。その際に御者台にいた子供が手を振っていた。その隣にはショートヘアの黒髪の女性冒険者も居る。彼女も「ありがとう」と手を振っている。俺はそれに軽く頭を下げて、その場を去ったのだった。



 9日目は近くの村に泊まった。そこから最短距離で目的の街へ向かう。10日目は何もなかった。11日目。怪我人の治療した日から2日が経った。もう少しだ。もう少しでアトゥーレンの街に到着する。そう思っていた。


 しかしそこで思いがけない事態が起こる。


「停まれ!」


 突然の大声に馬が軽くいなないて停まった。


「馬車も含めて全て置いて行け!」


 野卑た感じの剣呑な雰囲気をたたえた男が3人。3人ともが剣を手にしている。以前に出会った若者の追い剥ぎたちとは雰囲気が全然違う。オドオドした様子もない。手慣れている。


 対応に苦慮していると、御者台に矢が突き立った。


「降りろ。全ての荷物を置いていけば命までは盗らない」


 抵抗しようか迷ったのは一瞬だけ。だが死んでしまっては元も子もない。俺はまだ死ねないのだ。


 奥歯を噛み締め、俺は御者台を降りた。


 そして剣も所持金も所持品も馬車も荷台の品も。果ては冒険者カードまで。本当に全てを盗られた。男達が言う。


「服は勘弁してやろう」


 そう言ってゲラゲラと笑った。


 惨めだ。


 俺は命と服以外の全てを失ったのだった。

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