第3話

 何処をどう歩いたのか。


 あの地獄の日から何日が経ったのか。それすら分からない。2日か?3日か?


「どうでもいっか」


 もう、どうでも……いい。


 死のう。


 全てを失った。全てだ。親友に裏切られて研究成果を持ち逃げされ、妻もいなくなった。


 両者が無関係だとは思えない。この二人は共謀してたんだ。きっと今頃は俺を笑っているんだ。そう思うと無性に心が軋みをあげた。


 今頃、あの二人は温かいベッドの上だろうか?


 暖かな暖炉の前だろうか?


 そこで愛を育んでいるのだろうか?


 吐き気がこみ上げてくる。気がつけば吐いていた。でもここ数日は何も食べていない。だから胃液しかでてこない。


「……」


 雪が降っている。結構な量だ。灰色の雲の隙間から雪が降っている。


 ふわふわと。


 俺は雪に足を取られて転んでしまった。しかしもう受け身を取る気力すらない。ドシャッと頭から地面に倒れた。その際に強かに顔をぶつけた。


 痛いような気がする。


 血が流れているようだ。額を切ったか?


 だが、どうでもいい。


 もういい。


 もう……終わったんだ。


 俺は静かに目を閉じた。



 夢を見た。日本という見たことも聞いたこともない国で生きた男の夢。羨ましいな。家族に囲まれ幸せそうにしている。仕事も趣味も充実しているようだ。


 なんだ。コイツは。


 はは。


 俺とは正反対だ。


 見ろよ。俺を。こんな酷い姿なんだぜ?


 だが、まぁいい。


 最後の最後に見た夢が、この幸せそうな男の夢なら悪くない。最後ぐらい。夢の中ぐらい幸せでも良いよな?


 しかし風景が突然変わった。その男の人生が突然、闇に飲み込まれたのだ。


 何があった。


 何が起きた?


 男が泣いている。


 喚いている。


 人を罵倒している。仕事仲間を。妻を。家族を罵倒している。


 あぁ……そうか。


 お前もか。


 お前も俺と同じなのか。


 男の死に際が見える。


 電車と呼ばれる乗り物に飛び込む映像。


 その一瞬。わずかな時間。男は確かに言った。


「来世は幸せになりますように」


 ごめんよ。


 お前は来世でも同じ運命をたどるんだ。


 幸せにはなれないんだよ。


 そういう運命らしい。


 そう思った瞬間。男の中で何かが切れた。


「なんで。こんな目にばかり会うんだ? 何で俺ばかりこんな目にあってんだ?」


 おかしいだろ。


 変だろ。なぁ! おかしいだろ!


 何がいけないんだ!


 確かに妻には寂しい思いをさせたが、でもこんな裏切り方はないだろ!


 なぁ!


 冷え切った胸に熱が灯った。熱い熱い激情が胸で渦巻いている。


「許さない。どいつもこいつも許さない!」


 俺の魂が強く。熱く。生きることを望み始めた。それに呼応するように体から熱が溢れ出す。復讐してやる……俺は、絶対に。あの二人を許さない!


 ピクリと指が動いた。


 次に腕が動いた。


 体が動く。


 足が動く。


 頭が回転を始めた。


 死ねない。


 まだ死ねない。


 奴等に絶望を味あわせるまでは!


 力は漲っているが、いかんせんエネルギー切れだ。ふらふらと体が飲み物と食べ物を求めている。


 俺は、とりあえず目に入った酒場に入ったのだった。

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