森の脱出戦⑨
森を抜け出すと、いかにも野盗らしい姿の男がギヨウの目に映る。
それは、当然ミュエネの目にも映っており、ミュエネが馬を操り、ギヨウ達はその男の側へとすぐに肉薄した。
「なんだ!?」
男の方も、馬の走る音を聞きつけ、ギヨウ達の方へ向き直すが、もう遅い。
「ふっ!」
馬が男と交錯する瞬間、ギヨウは剣を振り、男の首をすっぱりと飛ばしてしまう。
「あ」
男は断末魔を上げる間もなく絶命する。
まだ他の者達は森から出てきておらず、ギヨウが一番槍という形になることになる。
そして、一歩遅れて森から出て来た森の民達が、血を吹き出す死体を見て雄たけびをあげた。
「おおおおおお!」
「小僧に続けぇええええ!」
森から勢いよく出て来た森の民達は、勢いのままに次々に賊を殺戮して回るが、賊の数はたいしたことがなかった。
そもそも、敵はゼルバを逃がさないために、広い森の正面に、広く薄く布陣をしていたのだ。
その敵を各々が勝手に追い回すので、森の民達もバラバラに広がって行ってしまった。
♦
一方、その頃、盗賊団の長であるベギニは、急襲の報告を受けてテントから飛び出した。
「どうした!ゼルバが出て来たんじゃないのか!」
急いで飛び出したベギニは、裸に剣だけを持っている状態である。
ベギニも歴戦の戦士であり、もう敵の刃が迫っているという最悪の事態を想定したのだ。実際にはそんな状態ではなかったわけだが。
そのため、別の部下が鎧を準備するためにテントの中に入ったが、そのテントの中の熱気に一瞬たじろぐ。
テントの中では、汗だくの裸の女が数人、寝床でぐったりとしていたのだ。
部下は、すぐに気を取り直すと、ベギニの鎧を手早く手に持って、外にいるベギニへと渡す。
「得体の知れない奴等が現れまして……」
その間に、ベギニは部下からの報告を受けていた。
「何ぃ!二人だけじゃなかったのか!?」
ベギニは鎧をつけながら飛び出すと、少し離れた戦場を眺める。
「あれは、外の国の奴等か?」
ベギニは、ゼルバが外の国の者と交流があるなど考えもしなかった。
むしろ、外の国に逃げたゼルバが、外の国の者に殺される可能性もあるとさえ思っていたくらいである。
(伏兵が矢で射られていたから嫌な予感はしてたんだ)
ゼルバが弓矢を持っていたかは、記憶に定かではなかったが、持っていないかった気はしていたのである。
「だが、好都合じゃねえか」
ベギニから見た戦場は、無秩序で、バラバラに横に広がっていた。
それならば、まとめて相手にする必要がない。
「着いて来い!端から狩って行くぞ!」
ベギニは鎧を装着し終わると、馬にまたがり、残った部下を従えて出陣した。
♦
(随分圧倒的じゃないか?)
ギヨウは最初の賊を殺してから、まだ次の敵を殺せないでいた。
理由は、味方が強すぎるからである。
ミュエネが馬を走らせるが、その前に、別の森の民が賊を殺してしまうのだ。
「ゼルバは犠牲が出るって言ってたけど、そんなことはなさそうだな」
「いや、まずいわ」
余裕を見せたギヨウだったが、それをミュエネが否定する。
「え?」
ギヨウが困惑した瞬間、地鳴りが響いてくる。馬の駆ける音である。
急いでギヨウが音のする方を向くと、土煙があがり、荒野を駆ける多くの馬とそれに乗った賊が見えた。
その数は、数えきれないほどである。本隊、ということなのだろう。
「こっちに来るわね。捕まって!」
「うお!」
ミュエネが急速に馬を発進させ、ギヨウは急いでミュエネの腹に捕まる。
「いいのか」
ミュエネは馬を走らせるが、賊が突撃してきている方向とは少し外れた横へ走り込んでいる。
対して、近くにいた森の民達は、馬鹿正直に正面から突っ込んでいこうとしていた。
「私は、まだ死ねないの。弓を――」
そう言って、ミュエネはギヨウに弓を取るように言う。
ギヨウは、弓なら使ったことはある。
(だが、正直に言えば自信はないな)
それでも、やらなければならない時はあるわけである。
馬の走りも安定してきているので、ギヨウはミュエネに言われるがままに弓を取り、矢をつがえた。
(当たれよ)
仲間の森の民はたったの5人、対する賊は50人近い。
余りにも無謀な突撃は、まさに今激突するというところまで来ていた。
その戦闘を走る敵へと、ギヨウは集中して、矢を――射った。
「当たった」
その先頭の賊の馬へと、矢は命中し、賊は落馬して、仲間の馬へと踏みつぶされていく。確認するまでもなく、絶命しているだろう。
「下手くそ」
ミュエネが辛辣な言葉を投げかける。
結果としては良かったが、矢自体は馬に命中しただけなので仕方がない部分もある。
そして、そんなやり取りをしている間に、森の民と賊の本隊はぶつかり合う。
五人の森の民は精鋭である。
賊の本隊に呑み込まれながらも、奮戦しているのは横からでも確認できた。
しかし、それも数の暴力と、やたらと強い一人の賊によって、沈黙させられる。全滅したのだ。
(あれが、ベギニだ)
小柄ではあるが、横から見ていても別格に強いのが見て取れる男がいた。その男が盗賊団の長であることは、ギヨウでもわかる。
実際にベギニは、五人の森の民のうち、三人を仕留めていた。
「やりおるわ!」
ギヨウの近くで大きな声が響く。
いつの間にか族長が近くに来ていたのだ。
ただ、森の民が全員集まってきたわけではなく、族長と少しの者だけが間に合っただけという感じである。
「いいのかよ?」
族長の様子は普通であり、仲間の死を悲しんでいるようにも思えない。
族長は、一瞬何を言われたのかわからないようであったが、すぐに理解をしたようであった。
「ん?おお。あやつらは戦士として戦って死んだのだ。本望であろう」
そして、族長は言葉を続ける。
「まあ、俺なら一人でも全員蹴散らせたんだがな」
(流石にないだろ)
だが、族長は明らかに他の者よりも体は大きいし、強者の雰囲気を出していた。
あながち間違いとも言えないのかもしれない。
「無駄口はそれまでです。来ますよ」
ゼルバが注意をする。
賊の本隊は、まだ人数の集まらないゼルバ達の元へ、再び突撃を開始していた。
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