森の脱出戦⑩

「さて、ひと暴れしてくるとするか」


 族長の得物は、大柄な見た目に合っている大きな槌である。

 見た目通りに重そうな槌を軽々しく担ぎ上げると、族長は愉しそうに笑った。


 しかし、その族長を止める者が現れる。


「待て!」


 なんとか追いついてきたシルルだ。


「ゼルバ様を乗せたまま行く気か!」


(ブレねえな)


 こんな状況だというのに、シルルは変わらずゼルバ第一である。

 ゼルバは国の将軍であり、シルルが従者であるのなら、それはおかしいことではないが。


「おお!そうであった。降りるか?」


 族長がゼルバに聞くが、ゼルバが答えるよりも先に、やはりシルルが口を挟む。


「降りるわけないだろ!」


 迫りくる騎馬を前に、馬を降りるのは自殺行為である。そんなことをシルルが許すわけがない。


「カカカ、冗談だ」


 シルルの物言いは失礼ではあるが、族長は気にした様子もなく笑う。


「そんなことよりやばいぞ!どうするんだ!」


 ギヨウが叫ぶ。

 今こうしている間も、賊は迫ってきているのだ。


「頭を下げなさい!」


 その時、ゼルバが叫んだ。

 咄嗟に、族長以外の全員は頭を下げる。


「ふっ、流石じゃのゼルバよ。だが、俺達の腕を甘く見過ぎだ」


 族長がそう言うと、ギヨウ達の頭の上を矢の雨が通り過ぎた。

 そして、その矢の雨は、迫りくる賊へと降り注ぐ。


「うあ!」

「なんて距離から撃ちやがる!」


 降り注ぐ矢に、たまらず、賊の馬は鳴き声をあげながら、前足を上げて動きを止めてしまう。

 また、賊の何人かは、そのまま矢に貫かれて絶命した。


「俺達の馬の脚の速さと、俺達の弓の腕があれば、この程度の距離狙うのはたやすいわ。よし行くぞ!」


 それは、普通では考えられない程遠くから射られた矢であり、ベギニ達はこの距離から矢を降らせるのは不可能だと考えていた。

 実際に、バラバラになった森の民達が味方を避けながら弓を撃てたのは、全員が弓の名手だからである。


「続けぇえい!」


 足が止まり、数も減った賊への攻撃は容易であった。

 族長とゼルバを先頭に、たったの数騎で、賊へと突撃した森の民達だったが、圧倒的優勢のまま敵の数を減らしていく。

 更に、次第に合流してくる森の民達の事を考えれば、もう戦局は見えていると言えるであろう。


「おおおお!」

「ギャッ!」


 当然、ギヨウもその中の一人として、数人の賊へと剣を突き立てた。

 そして、更に今、一人に剣を突き立てたときに、ふと気づく。


「ベギニは?」


 ギヨウは一度顔は見たので、判別は出来る。

 だが、周囲を見渡しても、ベギニは見当たらなかった。


「あそこ」


 ギヨウの呟きを聞いたミュエネが、指を差す。

 そこには、どさくさに紛れて、一人で森へと逃げ込むベギニの姿があった。


「追いかけてくれ!」


 ギヨウは逃がしまいと焦って叫ぶが、対するミュエネは余裕である。


「いいけど。森に逃げても逃げられないのよ、私達、森の民からはね」


 それでも、この荒野で逃げる先は森しかないのだ。

 ゼルバ達がそうであったように。


 反論はしたものの、ミュエネは馬を走らせて、もう終わり始めている戦場から二人だけで抜けていった。

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