森の脱出戦⑧
ギヨウ達が外へと出ると、森の民達は馬に乗り、ずらりと並んでいた。
50人に50馬ではあるが、実際に並んでいる姿を見ると壮観である。
族長が、家から出たゼルバの元へ近づくと、ゼルバを自分の馬の背に乗せた。二人乗りである。
「ゼルバは俺の後ろ、シルルはスエラの後ろ、そして……小僧はミュエネの後ろに乗ると良い」
一瞬言い淀んだのは、名前がわからなかったからである。
ギヨウも自己紹介していないし、族長側からもされていない。
それよりも、ギヨウは少し安堵する。
(馬になんて乗ったことがないからな)
現代日本において、乗ったことがある人間の方が珍しいだろう。
ギヨウも、馬に乗って駆ける事があるなんて想定もしなかった。
「乗りなさい」
ギヨウの近くに来たのは、あの少女であった。
女性なのはわかっていたが、こんな少女の後ろに乗ることは少し抵抗がある。
そして、乗れと言われても乗り方がわからない。
「ほら」
ギヨウが何かを言ったわけではない。
しかし、わざわざ少女は馬上から手を伸ばしてきてくれる。
「ありがとう」
ギヨウは素直に礼を言うと、その手を掴み、思い切って馬へと飛び乗った。
馬に乗ったことないギヨウであったが、問題なく馬に乗ることに成功する。
「では行くぞ!皆の者!」
族長が大きな声を上げると、全員が、「うおおおおおお」と雄たけびをあげて馬を走らせ出した。
声と、馬が起こす地鳴りが重なり、轟音となって辺り一面に鳴り響く。
ギヨウは、その壮大な様子に身震いする。
また初めて乗る馬の感触に戸惑った。
(かなり揺れるな)
だからこそ、ギヨウは前に座るミュエネの腹をしっかりと掴んでしまう。森の民は、男性は上半身裸であるし、女性も軽装で腹を出しているので、素肌を直接触るような形になってしまう。
「掴まるなら肩にして!」
それを恥ずかしがったのか、ミュエネは前から抗議をする。
「あ、ああ。すまん」
そもそも、何故ギヨウを彼女にあてがったのかわからない。
他に男の屈強な戦士がいるだろうに。
だが、そんな疑問も吹き飛ぶような事がギヨウの目の前で起きる。
「お、おい!ぶつかるぞ!」
ギヨウ達の馬が走る先には、深い森があったのである。
ギヨウが止めたにも関わらず、その森へと、馬は一直線に走っていく。
「大丈夫よ。だからあなた達を後ろに乗せたの」
ミュエネはそう言うと、そのまま森の中へと突っ込んだ。
馬は、木々の合間を綺麗に駆け抜けて行き、平らな道と変わらない速度で森の中を駆けていく。
しかし、それに乗っているギヨウは気が気ではなく、とても恐ろしく、やはりミュエネの腹へと手を巻いてしまうのであった。
だが、それに対してミュエネがそれ以上文句を言う事はなかった。
♦
少し走り続けると、ギヨウにも余裕が出てきたため、周囲を見渡してみる。
相変わらず、凄い勢いで木が通り過ぎていく。
他の森の民達は、それぞれ好き勝手な道を通って、ギヨウ達と同じように馬を走らせていた。
その中にシルルの姿も見える。シルルは、筋肉質な女性の腹に、ギヨウと同じようにしがみついていた。
(気の強いシルルでも、流石に怖いんだな)
恐らく、馬に乗り慣れたシルルからしても、馬で深い森を駆け抜けるという行為は異常だという事である。
その時、ギヨウはふと疑問に思う。
森の戦士達の中には女性も多い。しかし、どの女性も筋肉質で、健康的な肌の色をしているのだ。
それに比べて、ミュエネは筋肉はあるものの控えめであり柔らかいし、肌も白い。それは始めて見た時にも感じた事である。
「なにをする!」
知らず知らずのうちに、ギヨウはミュエネの腹を無意味に触ってしまっていたため、ミュエネに怒られる。
「ああ!悪い」
別に下心があったわけではないが、ギヨウにだって女性の腹を触るのが良くない事なのはわかっている。だが気になって無意識に触ってしまったのだ。
「あんまり変な事をすると、落とすわよ」
「すまん……」
謝りながらも、ギヨウはその違和感について聞いて見る事にする。
「なあ、ミュエネって言うんだろ?あんた、他の連中とすこし違うよな?」
その言葉に、ミュエネは少し悩んでいるようであった。
しかし、すぐに返事をした。
「ええ、私は最近あの村に来たの」
だから、他の村人と様子が違うし、他の村人と距離があるということになる。
「へぇー。なんでだ?」
ギヨウは何も考えずに軽い気持ちで聞いてしまう。
それに対して、ミュエネは顔をこわばらせる。
「私の村が滅ぼされたから」
ギヨウは軽々しく聞いてしまった事を後悔する。
(そんなに珍しい事ではないんだろう……)
争いがある世と言うのは、そういうものなのは理解できる。
だが、実際に見たり聞いたりするのでは別である。
「すまない」
「気にしなくていいわ」
流石のギヨウも、気にするなと言われて気にしないほど無神経ではない。
そのため、少しの間気まずい空気が流れる。
「森を出るわ」
それは、今のギヨウにとっては渡りに船であった。
向かう先の森の隙間から、大きく光がさしていた。
それは、どんどんと近づいてきて、そしてギヨウ達は森を出た。
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