森の脱出戦⑦

 翌朝になり、ギヨウは目を覚ました。


(夢じゃないよな……良かった)


 別世界に来てから、初めての朝である。

 全て夢で、目を覚ましたら自宅だった。そんなことがなくて、ギヨウは安心する。

 それと同時に、両親にだけは悪い事をしたと思う。

 せっかく育ててもらったのに、果ては交通事故で死亡である。

 

(いや、やめよう)


 朝目を覚ましたばかりだから、余計な事を考えてしまうのだ。

 ギヨウは立ち上がると、人の気配を感じる。


「誰だ?」


 ギヨウが声を出すと、分け与えられた寝床の入り口の方から、あの少女が姿を現した。

 手には飯を持っている。


「朝ごはんよ」

「ああ、ありがとう」


 朝飯は簡素なものであった。と言っても、昨日宴で食べまくったギヨウからすれば、簡素なもので丁度良かったのだが。

 なので、すぐに食べ終える。

 しかし、何故か少女はギヨウが食べている間、ジッと見ていたのだ。


「なんのようだ?」


 ギヨウを見ているというよりは、何か用があって見ていたのだろうとギヨウは考える。


「案内しに来た」


 短くそれだけ言うと、少女はとっとと歩いて行ってしまう。

 ギヨウも、その後に急いで続くのだった。

 

 村の中を歩いて行き、すぐに一番大きい家へと辿り着く。人口100人程度の村であるのだから、家も数十件しかなく、端から端までだったとしても時間はたいしてかからない。


 家の中に入ると、ゼルバやシルル、昨日ゼルバと仲良さそうに話していた大柄な男、それに数人の村の人間が、大きい机を囲んで話し合っていた。

 しかし、少女はその中へと入って行かず、入り口のすぐ横の壁へと立ったままもたれかかる。

 ギヨウも同じように、入り口から見て、逆側の壁へと立ったままもたれかかった。


「何をしているんだお前は。せっかく席を開けて置いてやったというのに」


 そんなギヨウに、シルルが座ったまま声をかける。


「あ、ああ」


 ギヨウは横の少女を少し見てから、ゼルバの隣の席に着いた。シルルは偉そうに席を開けて置いたと言っていたが、ギヨウの逆側のゼルバの隣に座っていた。


「それで、ギヨウはどう思いますか?」

「え?何が?」


 急に振られても、なんの話をしているのかわからない。


「この後どうするかですよ。今のところ、三つの意見が出ています。私の、策を講じて戦う意見と」


 ゼルバは中途半端な所で話を切ると、大柄な男へと目線だけを送る。


「俺の正面から戦う意見と」


 それに、大柄な男はきっちりと乗っかって来た。


「私の、逃げる意見だな」


 最後に、シルルが締めた。


「急にそう言われてもな……」


(そもそも俺が口を挟むことでもないだろ)


 ギヨウはそうとしか思わない。


「相手が何人かはわかりませんが、最初に襲われた時は50人ほどでした。その時に何人か倒し、伏兵も倒しましたが、残りが何人かはわかりません。普通に考えて100人は超えないと思います。対するこちらは50人程度……策を講じるに越したことはないでしょう。例えば、私達で逃げるふりをして、しかし、それが失敗して、再び森に入って敵を引き寄せるのです」


 ゼルバが自分の意見を説明する。

 それは、つまりゼルバ達3人が囮になるという話だろう。

 確かに、相手の方が人数が多いのであれば、理にかなっている。


「相手が何人いようと同じだ。俺達は1人で100人でも1000人でも殺せる。それに仲間を集めれば1万人は集められる。もっとも、そんなに集める気はないがな。この村にいる人間だけでも、正面からでも問題はない」


 大柄な男がそう言うと、周りの者達も、「うおおお」と勝手に盛り上がる。

 見た目通りの野蛮さ加減である。だが、ギヨウは別にそういうのは嫌いではない。


(この男は村長――いや、族長なのだろうな)


 言っている事は大袈裟で胡散臭いが、高い位にいる人間なのだけは推測できた。


「私は、ゼルバ様さえ無事ならなんでもいい。だから逃げればいいと思う」


 シルルは平常運転である。

 言っている事は正しいとは思う。


(だけど、こいつらを連れて行ったら勝手に戦いだすだろうな)


 そうなるのは明白だろう。


(いや、その隙に逃げるのがシルルの狙いか)


 つまり、そういうことなのである。


「で、どうするのですか?」


 そして、結局ギヨウへと話は戻って来る。


(だから、なんで俺に聞くんだよ)


 はっきりと言えば、ギヨウは頭が悪い。

 なので、どの案がいいのかなんてわからないのだ。

 ギヨウはため息をつくと、


「正面から戦えばいいだろ」


 そう言った。

 その言葉を聞くと、森の民達が沸き上がり、大きな声で喜びだす。

 理由は単純で、森の民達が、策の通りに動けるとは思わなかったからである。

 本当ならば、世話になったゼルバの意見を尊重するべきなのだろうが、単純にギヨウも細かい事が苦手なだけでもあった。


「では、馬の用意をしよう」


 大柄な男が立ち上がると、付き添うように、周りの者達も部屋から出て行く。

 その際に、ギヨウへ、「よくやった」「おかげで楽しくなりそうだ」などと声をかけていく。


「あ、ああ」


 ギヨウは、急な事に、適当に返事をしながら戸惑うだけであった。

 そして、全員が出て行った後に、ギヨウとゼルバとシルルだけが残される。


「って、なんで俺の意見が通っちまったんだ?」


 気まずい空気の中、ギヨウが困惑しながら口を開けた。


「中々話がまとまらないので、最後に来るギヨウの意見にしようという話になったのです」

「へ、へぇー」


 知らない内に、とんでもない役割にされていたようである。


(だけど、それって、何でもよかったって事だよな?)


 本当に譲れないのであれば、そんな適当な決め方はしないだろう。


「それより――言葉がわかるのですか?」


 一瞬、ギヨウには何を言われているのかわからなかった。

 少し考えてから、その言葉の意味を理解する。

 わざわざ外の国と分けているのだ。言語が統一されていないということなのだろう。

 だが、ギヨウには、全ての言葉がわかってしまうのだ。


「あ、ああ。なんとなく言ってることはわかるだろ」


 実際に言っている事はたいしたことではなかった。

 だから、ギヨウは必死に誤魔化すことにする。

 ゼルバは、疑わしい視線を向けながらも、


「まあいいでしょう」


 特に追及はしてこなかった。


「それより着様!ゼルバ様を無駄に危険に巻き込みおって!」


 今度は、シルルが怒った。

 

(まあ、正直こうなると思ってたけど)


 ギヨウのせいで、ゼルバの意見もシルルの意見も通らなかったのである。


「落ち着きなさいシルル。私もこうなると思っていましたよ」


(なら、最初からそうまとめておいて欲しかった)


 ギヨウは、そうとしか思わない。ゼルバが話せば、シルルだって渋々納得はしただろう。


「ただ――敵のベギニも、それなりの腕があってこそ盗賊団の長をしていた男です。正面からとなると、何人か犠牲になるのは間違いないでしょう」

「え?」


 そうなると、ギヨウのせいで犠牲が増えたとも取れてしまう。


「まあ、仕方がありません。それに、彼らが戦う事が好きなのは間違いないのですからね」


 その時、扉が開いて、大柄な男が入って来る。


「準備が出来たぞ!早く来い!」


(早すぎるだろう)


 恐らく、元から準備はしていたのだ。

 つまり、最初から正面から戦うつもりしかなかったとも言える。


「では行きましょうか」

「はい!」


 ゼルバは涼しい顔で立ち上がり、外へと向かった。

 不本意な事だろうが、シルルは良い返事で、ゼルバの後を追う。

 そして、最後にギヨウも外へと出た。

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