森の脱出戦⑤

「まあ、聞きたいことはないっちゃないし、俺には関係ないことなんだが――」


 無駄に長い前置きをしてから、ギヨウは続ける。


「聞かせてくれるなら、聞かせてもらおうかな」

「ではやめておきましょうか」


 ゼルバは即答する。


「じゃあいいか」


 ギヨウもざっくりと答えた。

 その様子に、ゼルバは小さく笑う。


「ふふ……冗談ですよ。そもそも隠していませんからね」


 ギヨウも同じように、無駄なやり取りを鼻で笑うと話し始めた。


「じゃあ、まずおかしいのが、盗賊がこんなところまであんたを追ってることだ。森に逃げた二人くらい放っておけばいい。ものすげえ大事な物とか、金を持ってるとかなら別だけどな」

「生憎と持ち合わせは少ないですね」

 

 ゼルバは、懐から少ない金を出して見せびらかす。この世界の金を見たことがないギヨウだが、それでも、それが少ないという事は容易に理解できた。


「次に、あんたに渡されたこの剣だ。随分立派な剣だな。使い込まれてもいる。ただの商人とは思えないな」

「確かに、その剣は私と共に戦場を駆けて来た剣ですね」

「それにこの村だ。よくわからないが、あんた個人が村と交流があるようだが、それにしては異様な歓迎のされようだ」

「そこはまあ、私が人気者という事ですね」

「それで、あんたは何者なんだ?」


 前置きが長かった割に、ギヨウはあっさりと確信に入った。


「私は、そんな大層な人間ではありませんよ。ただ、フェズ国の将軍というだけです」


(将軍か……実は王様だとかいうオチかと思ったけど、そこまでではなかったな……)


 それでも、将軍と言えばかなりの地位であるのは予測できた。


「それで、その将軍様が、なんでこんなところで盗賊に襲われてるんだ?」


 別に、ゼルバが将軍であろうと、ギヨウにはやはりどうでもいい話であり、追われている事の方が気になる事である。


「そうですね……まず彼らは盗賊であり、盗賊ではないのでしょう。先ほどの話の通り、狙いは財産などではなく、私の首です」


 首が狙われるその理由は言うまでもなく、ゼルバが将軍だからであろう。


「盗賊じゃないのか?」

「いえ、相手は恐らく、金で雇われたものと、盗賊に扮した軍の者と――私に恨みを持つ者でしょうね」


 他はともかく、金で雇われたものということは、


「それじゃあ裏に誰かいるってことじゃないか」


 そういうことになる。


「それは単純に、私が将軍であるのを良く思わない者の仕業でしょう。心当たりが多すぎてわかりませんね。はっきりと言えば、フェズ国にはそういう人間が多すぎる」


 所謂内輪揉めというやつである。賊に扮した軍の者と言うのも、そこから出て来たものとなる。


「じゃあ、恨みってのはそいつらか?」

「いえ、それも違います。襲われた際に、見知った顔の者が盗賊の指揮をとっているのを見ました。あれは、ベギニという男です。私の領地で暴れていたので、かつて私が兵を率いて捕まえ、今もなお投獄されているはずの男です」


 個人的な恨みがある男というわけである。


 話はこれで終わりのようで、少し間が開く。


「それで、私がフェズ国将軍だとわかったあなたはどうするのですか?」


 ゼルバはギヨウに問うてきた。


(もう付き合う意味もないんだけどな)


 二人だけの時は、一人でも多く仲間を持たないといけなかったのは間違いないのであるだろう。

 だが、この村に着いた時点で、ゼルバは新しい兵を得たわけである。

 つまり、もうギヨウは必要ないとも言えるだろう。


 ギヨウが黙って考え込んでいると、ゼルバが続けた。


「あなたさえよければ、最後まで付き合って頂けないでしょうか?今は渡せる褒美もないので」


 上手いものである。褒美をちらつかせたとも言えるが、ゼルバは単純にギヨウに着いてくる理由を与えたのである。


「そうだな。このまま着いて行くよ」


 だから、ギヨウもそのままその話に乗っかる事にする。


「では、褒章はどうしましょう?命を助けてもらったわけですし、なんでも良いですよ」

「いや、別に……」


 急にそんな話になり、ギヨウは困る。

 何故なら、ギヨウは大したことをしていないのだ。

 道中で倒した敵は一人のみである。ギヨウがいなくても、この村に辿りついていた可能性だって高いのだ。


「望みはないのですか?」

「望み?俺は――戦いたいだけだ。最強を目指しているんだ」


 今、思い出した。と言うわけではない。だが、どことなく忘れていたような感覚である。

 それは、実のところ尻込みしていたとも言える。実際に命のやり取りをする世界に来たばかりで、ギヨウは深層心理で、気後れしたのだ。だが、その事実を、ギヨウ自身は認めたくなかったのだ。


「最強……なるほど。ふむ……」


 ゼルバは少し考えてから言った。


「天下無双。というわけですね」


 その言葉は、ギヨウの心にしっくりときた。


(あまり言わない言い方だから、そんな事は考えなかった)


 それに、現代では相応しくない言い方でもあったのだろう。

 だが、この戦乱の世に置いて、天下無双と言う言葉は、まさにギヨウが欲した物であった。


「それいいな!」


 だから、ギヨウは満面の笑みを浮かべながら声を大きくしたのだ。


「でしょう。そして、天下無双を目指すのであれば、私のように将軍になるのが良いでしょう」


 ゼルバは簡単に言うが、簡単になれるものではないだろう。

 しかし、それを今、口に出した理由があるというわけである。


「将軍になるには、戦場で戦功をあげればいいだけです。ですが、まずは領民にならないといけません」


 当然の事である。


「なので、褒章は領土という事にしましょう。私の統治する領地から、空いている家がある領土をあなたに与えましょう」

「いいのか?」


 この世界の土地の価値はわからないが、破格の条件としか思えない。


「構いませんよ。あなたが活躍すれば、私の為、フェズ国の為になりますからね。ただ、素性の知れぬものをいきなり私の権限で側近にするのは難しいです。一兵士として出陣して、武功を上げるといいでしょう」

「そのためにも、国に帰らなきゃってことだな」

「そうですね。期待していますよ。ギヨウ」


 そう言われれば、ギヨウだって悪い気はしない。


「ああ、任せて置け」


 だから、親指を立てて笑い返したのだ。

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